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第9章

 この日、エリザベス・ローズは居間の窓から時計と外の景色とを何度繰り返し見やったことだろう――居間の柱時計が九時を差す頃になると、台所の喧騒も静かになり、あとは準備を怠ったことはないかと、最後に皿やフォーク、スプーンの点検などをし、外にでているテーブルのセッティングが間違っていないかどうかなどを順番に見回る段となった。花盛りの庭には天幕が立てられ、ローズ家の広い居間と客間だけでなく、そこにも村の婦人会の人々が作った自慢料理の一品や、品評会で賞を受賞したことのあるお菓子などがずらりと並んでいる。

「こんなに豪華な結婚式は、村はじまって以来ですわね」

 みなの緊張をほぐすために、レナード牧師夫人が天幕の下に集まっている人々に話しかけた。牧師夫人は白の地味なモスリンのドレスを着ていたが、とてもシックで上品な印象を、誰の目にも与えていた――他の村の婦人たちはみな、ごてごてと着飾っており、サイレス・チェスター夫人などは家中の宝石を散りばめたかのように、一種異様な雰囲気を醸しだしているほどであった。スミス夫人は嫁の派手な衣裳に負けじと、年齢に似合わぬ若向けのドレスを着ていたし、マイケル・クレイマー夫人に至っては、ロカルノンの街で今流行しているとかいう、大きな白い羽つきの、つばの広い奇妙な帽子を被っていた――みなその格好を内心おかしく思っていたが、口にだしては何も言わなかった。「最新流行の……」と言われてしまっては、それ以上誰も何も言えなかったのである。

 が、それにしてもしかし、その場にいる他の誰もが――「他人のふり見て我がふり直せ」と思わなかったのは、大変に奇妙なことであったと言わざるをえない。


「ねえローラ、ごらんなさいよ。うちのお義母さんのあの変な格好といったら!お義父さんがとめるのも構わず、自分の花嫁衣裳を仕立て直してあの服を作ったのよ!しまいにはそんなナフタリンくさい服、ブタにでもくれてやれ!と怒鳴られてたけど……あの太った体をコルセットで締め上げるのは一苦労だったわ。わたしと義妹のアイリーンのふたりがかりで手伝ったんだけど、お義母さんあれで昼すぎまで果たして持つかしらねえ。しかもあの人、それでいて力いっぱいパーティの食事まで楽しもうっていうんですからね!」

「あら、それはあんただっていけないのよ」と、姉のジェシカがたしなめた。「あんたがそんな、派手なモスリンのドレスをうちの店に注文したりするから、スミスさんも対抗心を燃やしたのでしょうよ」

 シンシアがぺろりと小さく舌をだすと、フラナガン家の五人姉妹はみな笑いさざめいた――ローラはすでにウェディングドレスの着付けも終わり、背の高い椅子に腰かけて、部屋の華やかな様子を眺めていた。長女のメアリは七人の子持ちらしく落ち着いた中にも気品のある装いをしていたし、次女のジェシカは素敵な男物のネイビーブルーのスーツに身を包み、三女のシンシアは水色の、胸元が大きく開いたタイプのドレスを着、四女のステイシーはシンプルなオーガンディーの白のドレスを、五女のケイシーはレースとフリルをふんだんに使った、クリーム色の素敵なドレスを着ていた。

「あの……みなさん、本当にありがとう。わたし、女の友達がほとんどいないものだから、ブライズメイドを頼めるような人もひとりもいなくて……」

「あーら、そんな気遣いはまるきり無用よ、我らが未来の妹よ」

 渦巻き型に金の髪を結いあげているシンシアが、窓辺から離れて、ローラの後ろへまわると、彼女の両肩にそっと手をおいた。

「何しろあののんびり屋のトミーが、やっとの思いで射止めた花嫁ですもの。うちのシンディも喜んでたわ。伯爵夫人出席の結婚式でブライズメイドになれるなんて夢みたい!って瞳を輝かせながらね」

「うちのマリーとミミも一緒よ。もっともマリーはこれまで二度友達のブライズメイドをやってるものだから、今回が最後だわ!なんて言っていたけど」

 噂をすれば影、と言うべきか、その時ちょうどメアリのふたりの娘であるマリーとミミ、そしてシンシアのひとり娘であるシンディが部屋のドアをノックした。

「お母さん、入ってもいい?」

 シンディの声を受けて、シンシアがお入りなさいな、と優しく声をかける。三人の十代の娘たちはどことなく慎ましやかにドアのノブをまわし、そっとローラの部屋へと入室した――まるで神殿の至聖所にでも足を踏み入れるかのように。

「わあ!ローラさん綺麗!」

 ミミとシンディが同時に声を上げた。そしてマリーはうっとりしたようにローラの様子をじっと眺め、「トミーおじさん、きっとびっくりするわ」と独り言を呟くように言った。

「あなたたちも、とても素敵よ」

 ローラはブライズメイドを引き受けてくれた三人の天使のような娘たちに、優しく微笑みかけた。マリーもミミもシンディも、おそろいのピンク色の、デコレーションケーキのように可愛らしい絹のドレスを着ている――といってもこの衣裳はローラが色や形などを指定したわけではなく、この三人の娘たちの衣裳もまた、ジェシカの手によるものであった。

 今年十八歳のマリーはロカルノン大学で博士号を目指して勉強中の、母親にそっくりな顔つきをした娘で、黒い髪に黒い瞳をしていた。聡明で、大人しそうな雰囲気の娘でいる。次女のミミは赤毛で、そばかすのある愛嬌たっぷりの娘で、十六歳だった。どことなく、雰囲気がジェシカに似ており、本人もジェシカのことが大好きで、今年の九月からお針子として街のジェシカの店で働くことになっているということだった。シンシアのひとり娘のシンディは、お転婆娘としてロチェスター村では知らぬ者はなく、いくら姪とはいえケイシーもほとほと彼女には手を焼いていた。

 メアリとシンシアは自分たちの子供の晴れ姿を嬉しい思いで眺め、髪に挿したピンク色の薔薇をちょっと直してやったりした。そしてその時、開け放してあった窓から馬車の音と馬の蹄の音とが聞こえ、一同はみな外へと関心の眼差しを向けたのだった。

「フランシス・ミネルヴァ伯爵夫人がお出でになりました!」

 アーヴィング村長がミネルヴァ夫人に手を貸していると、御者が大きな声でそう叫んだ。ローズ邸の中にいる者も庭にいた者も、みな同様に居ずまいを正し、門の入口付近へと馳せ参じるように列を作った。そして屋敷の入口からエリザベスが銀灰色の気品あるドレス姿で現れると、人はみなよけて彼女を通し、一張羅のスーツに身を包んだエドとフレディも、どきまぎしながら姉のあとに続いた。

「この度は姪の結婚式へ、ようこそお越しくださいました」

 エリザベスが敬意を表して足を後ろに引いてお辞儀をすると、エドとフレディもまた帽子を胸のところへあてたまま、同じように敬礼した。

「まあまあ、大袈裟なことはよしてくださいな。わたしたちは親戚ではありませんか」

 伯爵夫人は鈴の音が転がるような愉快な声で笑うと、エリザベスの両手をぎゅっと握りしめた。

「わたしはあなたのお母さまのはとこに当たるのですよ。といっても、わたしは父が晩年になって再婚したローズマリー一族の者なので、本当に遠い遠戚関係かもしれませんけれど――どちらかというと、ハクスレイ公爵夫人とのほうが、血縁としては近いのではないかしら?」

「わたくしもこの度家系図を紐解いてみたのでございますが、父の従兄弟に養子として公爵家に入られた方がいらっしゃるということがわかった次第でございます……こんなところで立ち話もなんですから、ミネルヴァ夫人、どうぞ中で一休みしてくださいませ。今、姪のローラをば呼んでまいりますから」

 ミネルヴァ夫人は一目見て、エリザベスのことを気に入った。やや滑稽な挨拶の仕方ではあったが、自分の前で動揺したり落ち着きをなくしたりすることもなく、威厳を保っているところが、自分の遠い親戚として、誇り高く思われたのである。それに比べるとエドとフレディは山羊の村長と同じ部類の人間であると彼女は判断したが、それよりも一番大切なのはなんといっても結婚式の花嫁であるローラであった。

(このようないかつい感じの老女に育てられたのであれば、きっと心根の真っすぐな、よい娘であるに違いない。それにこのローズ邸というところは、なんと気持ちのいいところでしょうね!おやおや、随分奇妙に着飾った、アヒルのようにがあがあうるさそうな御夫人方が何人もいらっしゃること!きっと彼女たちは白髪頭のおばあさんになってからも、こう孫たちに言って聞かせるでしょうよ――自分はその昔、伯爵夫人の出席した結婚式に同席したことがある、とね!)

「ミス=エリザベス・ローズ、何も花嫁を下まで呼びつけることはありませんよ。わたしのほうから二階へゆきましょう。あなたから写真を送っていただいてからというもの、あの娘がまるで自分の娘のように親しく思われるのですもの。本当に可愛らしい、素敵なお嬢さんですわ」

 エリザベスはどう答えてよいかわからず、御随意のままに、というように小さく伯爵夫人に向かって会釈した。二階ではローラが生唾を飲みこみ、(よし!)と意気ごみながら立ち上がったところであったが、階下から人の話声と足音が聞こえると、今度はどうしたものかと立ち往生した。その場にいた八人の若い娘たちや夫人たちも、どうしてよいかわからず、ただ部屋の隅に一塊にまとまるばかりであった――が、緊張の瞬間はそう長くは続かなかった。

「おお、あなたがローラ・リーね!写真どおりの、なんて可愛らしい娘だこと!」

 マリーとミミとシンディがドアを開けっ放しにしていたため、ミネルヴァ夫人は両手を上げて、いかにも親しげに、昔からつきあいのある親戚であるかのように抱擁を求めてきた。

「初めまして、ミネルヴァ伯爵夫人。お会いできるのを楽しみにしておりましたわ」

 ローラはなんとなく、抱擁のあとにキスをすべきでないかという気がして、伯爵夫人の頬紅が斜めにさりげなく入った桃色の頬に、軽く口接けた。

「あらまあ、そちらにいらっしゃるのはあなたのお友達かしら?なんて器量よしな方ばかりなんでしょうね!そしてあのピンク色の天使のような人たちは、あなたのブライズメイドね?そうでしょう?」

 長女のメアリ・ボールドウィンは、意を決して、一同を代表するかのように進みでると、伯爵夫人に向かってスカートを持ち上げ、優雅に挨拶してみせた。

「わたくしどもはみな、新郎のほうの親戚にあたる者なのですわ、ミネルヴァ伯爵夫人。お会いできて嬉しゅうございます」

「じゃあ、フラナガン家のみなさんなのね!お話はミス=エリザベス・ローズからお手紙で伺ってますよ。あなたが御長女のメアリさんで、ロカルノンのあの有名なボールドウィン医学博士の奥さまでらっしゃるのでしょう?わたし、博士の御著書を何冊か持ってますのよ」

「まあ、それは光栄ですわ」メアリは控えめに微笑むと、次女のジェシカ、三女のシンシア、四女のステイシー、五女のケイシーと、順番に紹介していった。それから自分のふたりの娘と、シンシアのひとり娘、シンディのことも。

 娘たちはメアリを見習うように、ひとりひとり伯爵夫人の前に進みでると、スカートを軽くつまんで挨拶した。そしてシンディは、最後に伯爵夫人に対して特に自分を印象づけようとしたのかどうか――

「お会いできて、恐悦至極に存じますわ、ミネルヴァ伯爵夫人」

 と気どった調子でスカートを高々と持ち上げた。一同はみな、一瞬呆気にとられ――何故かといえば、スカートを高く持ち上げすぎたせいで、ペチコートがその下から丸見えだったからだ――そして同時に笑いだした。年端のゆかぬ、十二歳の娘への、親しみをこめた優しい笑い声であった。

「上じゃあなんだか、盛り上がっているようだね」

 エリザベスは階段の下の玄関ホールのところで、二階のほうを見上げながら気を揉んでいたが、そのさざ波のような豊かな笑い声が耳に届くと、なんとなくほっとした。玄関ホールのところでは村人たちが男も女も、花嫁と伯爵夫人が一緒に下りてくるのを今か今かと待っている。

 やがて伯爵夫人に手を引かれたローラが、優雅な足どりで静々と階段をゆっくり下りてくると、誰もがみなその美しさに打たれたように息を飲んだ。

「ヒュー!トミーの奴が羨ましいなあ!」

 ビリーは思わず伯爵夫人の面前であることも忘れ、口笛を吹いたが、誰も彼に何も言わなかった――ただその場にいたビリーの母親であるオリヴィア・マーシャルだけが、息子の軽率な言動を戒めるように彼を睨んだだけだった。

 松葉杖はもうついていないものの、まだびっこを引いているエリザベスは村長と伯爵夫人と一緒に箱馬車で、あとの者は花嫁を先頭に一マイルほど歩いて、教会へと向かった。人々は口々にローラは村はじまって以来の美しい花嫁だと褒めたたえ、またミネルヴァ伯爵夫人はなんと威厳ある高貴な、それでいて親しみやすい感じのよい女性だろうと噂しあった――実際のところ、五十名にもなる村人がみなこれほどまでに着飾って列となり、茶色い道を教会まで歩いていくなどという光景は――二百年近い歴史を持つロチェスター村が生まれてから、はじめて経験する出来事であった。






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