第11章
ドナとロゼッタは受付係として、次から次へとプレゼントを脇においたり名簿をチェックしたりして忙しく立ち働いていた。この時ドナの頭には毒入りスープのことなどはすっかり頭になく――ローラとトミーが教会の祭壇の上で誓いの言葉を述べている時には、絶えずそのことが頭にあったのだが――ただ機械のように型通りの挨拶の言葉を述べては、愛想よくプレゼントの品々を受けとっていた。
そして招待された二百名以上もの客たちが広間やポーチや庭など、思い思いの場所で寛ぎつつ食事を楽しむという段になって、ようやくドナとロゼッタは自分たちの引き受けた義務から解放されたのだった。
「ふう、やれやれ。それにしても凄い数のプレゼントだわね。みんな、伯爵夫人がいらっしゃるというので、見栄を張ったんじゃないかしら」
ロゼッタは美しく巻いた金の髪がほつれているのに気づくと、玄関ホールにある鏡を見ながら、ヘアピンで綺麗にそれをまとめ直した。
「さあ、わたしたちもパーティのご馳走を楽しみにいくとしましょうか。新郎新婦の挨拶とミネルヴァ伯爵夫人のスピーチ、アーヴィング村長の乾杯の音頭は終わってしまったけど、楽しいのはまだまだこれからですものね」
「ええ、そうね」
鈍いロゼッタは、ドナの様子がどことなく暗く、沈んだ調子であることに、この時まるで気づかなかった。それで、客間でフルーツポンチを飲んでいた婚約者のハリーの姿に気づくと、ドナのことなどすっかり忘れ、恋人と腕を組み合わせながら、自分はライムジュースを飲むことにしたのだった。
庭先では街から呼んだロカルノン管弦楽団の若きヴァイオリニストたちが四重奏を奏でていたし、天幕の下では伯爵夫人を囲んで、村の婦人会の面々が料理自慢を繰り広げている。ローラとトミーは招待客のひとりひとりに挨拶するので忙しく、ここからはみな、結婚式そのものをではなく、美味しい食べ物をたくさん食べて好きなだけおしゃべりに興じることができるという場そのものを、純粋に楽しむようになっていた。
ドナはマクドナルド家の者やミラー家の者と固まって食事を楽しみながら、絶えずジョスリン・フラナガンの特製スープに目を配っていた――実をいうと、自分の父親や母親、姉や弟、あるいは従姉妹、伯父や叔母、ミラー家の人々などがそれを口にするかもしれないという可能性を、彼女は失念していたのである。
そのせいでドナは絶えずそわそわと落ち着かず、せっかくの料理の数々も、あまり楽しめなかった。ドナの周囲の人々は、彼女がケネスとの結婚式のことを思いだしているのだろうと思い、そのことを不審に思ったりすることもなかったのだが。
フルーツケーキやマフィンやミンスパイ、ジェリークッキーやドーナツ、サンドイッチ、薄切りのハムをのせたクラッカー、七面鳥料理、マッシュポテトにプディング……人々はみなまずは軽くつまめるものを食べながら、結婚式の素晴らしかったことや、ミネルヴァ伯爵夫人のスピーチのこと、レナード牧師の説教の、珍しくよかったことなどを和気あいあいと話し合っていた――今のところ、誰もがみな会話とちょっとつまめる食事とを楽しんでいるので、ジョスリンの特製スープはその美味しさにも関わらず、人の注目がまるで集まっていなかった。
ドナはこのままあのスープを誰も飲まなければいいとこの時には祈るようにさえなっていたが、とうとう――天幕の下から伯爵夫人を中心に村の婦人たちが彼女を囲むようにして出てき、七面鳥の胸肉などを伯爵夫人に勧めはじめた。
「ああ、そうですわ!伯爵夫人に是非ともジョスリンの特製スープを飲んでいただかなくちゃ!」
サイレス・チェスター夫人が、いつもは反目しあっているジョスリン・フラナガンのスープを勧めるとは――人々は内心驚いていた。レイチェル・チェスターはいつも村の料理の品評会で二位で、大抵ジョスリンが一位をとってきたという歴史があるだけに――村の人々はみな、レイチェルがよほど伯爵夫人にお会いできて浮かれているのだろうと思った。
そこで給仕係をつとめているボーイに――といってもそれはマーシー少年であったが――深皿にジョスリンのコンソメスープを持ってくるよう命じたのだった。
ドナはその光景を見て、心が凍りつかんばかりだったが――実際、彼女はソーダ水の入ったグラスを、芝生の上に落としていた――もはやどうすることもできないと思った。まさか伯爵夫人の前で、自分が毒を入れたと告白するわけにもいかない。ドナにできたのはただ、突然気分が悪くなったと言って、その場から退場することだけであった。
伯爵夫人は七面鳥の胸肉や、ジョスリン特製のスープを食べたり飲んだりし、またもやお世辞抜きの賛辞の言葉を並べたてた。
「まあ!なんて美味しいのかしらね!みなさんはきっとわたしが宮廷で、もっと珍しくて美味しいものをたくさん食べているに違いないと思ってらっしゃるでしょうけど――ちっともそんなことはないのよ。ここに並べられた食事のほうが、宮廷の雉料理なんかよりよほど美味しいと言ってもいいわ――それにお菓子はどれもみな、詩や音楽を奏でているかのような美味しさですもの!みなさん、繰り返しますけれど、これは本当にお世辞でもなんでもありません!」
ああ、気の毒なドナ!ミネルヴァ伯爵夫人は、ジョスリンの特製スープを飲んでから、三十分経っても、一時間経っても、二時間経っても――また三時間が経過してからも――元気にぴんぴんしていた。その間彼女は家で、これから恐ろしい報告がいつなされるかと、自分の部屋のベッドで悔悟の念に駆られていたのだ。またそれが彼女に対してふさわしい、神が与えた公正な罰であったのかもしれない――それでは果たして、イヌサフランの毒は一体どうなったのであろうか?実はドナは、ギョウジャニンニクとイヌサフランの葉を間違えて採取していたのであった!その植物はまったくの無害で、むしろ食用として用いられることさえあるのだった。
だがやはりドナが美味しい食事の一切を放棄して家へ帰ったのは正解であったかもしれない。何故ならそのあとスミス夫人がジョスリンのスープを飲んだ直後に、苦しそうに呻いて、すぐ倒れたのであったから。もっともスミス夫人はあまりにもきつくコルセットを締めすぎたそのせいで、スープをいくらか飲んだ時に「ウッ!」と吐き気を催しただけではあったが。