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トリスとセーラ その一

 「トリス! ベアトリクスってば!」

 幼なじみの行かず後家同盟セーラが、いきなり背後からタックルをかましてくる。

 私は危うく本棚に頭をぶつけそうになったが、何とか踏ん張って彼女を支えた。

 「セーラ、こう言うのは危険だから止めてって言ってるでしょう?

 頭を強打すると、ずっと後で倒れることがままあるのよ。

 こんなところで倒れたら、私、一週間は見つけてもらえないかもしれないわ。

 死後一週間よ!」

 ここは王城の中でも、一際端っこにあって、一際人の気配の薄い、その名も王室史編纂室。またの名を流刑地という。

 私はここの室長をしていた。部下はいない。肩書きだけは立派だけど、実質立派な閑職だ。

 仕事と言えば、王家にあった出来事を執筆し、編纂し、保管し、たまに来る司法関係者や王室マニアの方々に、過去にどういうことがあったのか、とか、こう言った前例をもってこういう結果に落ち着いたことがあったよ、というのを伝えることである。

 誰も来なければ一日ず~っと暇な、そんな職場だ。

 多分、私が三日くらい休んでも、誰も気づかないような、そんなお仕事。


 ちなみに、私に強烈タックルをかました幼なじみのセーラは、王室付きのメイドをやっている。無駄に身辺が清いため、メイドの中でもどんどん出世している出世頭だ。

 そりゃそうだろう。可愛いメイドは、あっという間に伴侶を見つけて、寿退社していく。セーラもそのことは十分自覚していて、仕事になれないうちに退職していく若人達を、恨みがましく見ていることが度々ある。

 その度に、私が哀れみの眼差しで見てやると、そっくりの目で見返してくるセーラに遭遇し、二人で脱力する、というのが日課だ。


 「それどころじゃないのよ! ねぇ、新しい王太子、見た? すっごいわよ!

 二人寄り添ってるところを、是非あんたも目に焼き付けなきゃ!」

 「二人? 王太子が二人?」

 どういうことなのかわからず首を傾げると、じれったそうにセーラが地団駄を踏んだ。

 「もう! こんな苔むしたところにいるから、世間に取り残されるのよ!

 離宮に閉じこめられてた双子王子よ!

 ほら、弟のレスリー殿下が王太子になられたでしょう?

 体調も回復されて、今日、登城なさったの!

 そこに、兄王子のルシオ様もご同行なさったのよ!」

 「あぁ、そんな話も聞いたな……」

 十六才の双子王子だったか。弟に魔力の才が認められ、王太子になるはずだったのに、急な事故とやらで半年以上も登城が伸びたのだった。

 双子は不吉、という慣例を王と宰相に示したのは、三代前の編纂室長だったはずだ。

 怪我の後遺症でもあるのか、ルシオ殿下が従者としてレスリー殿下に付き従うことになった、と聞いたときには耳を疑ったものだ。

 だけど、私はこの役職のあるべき姿に拘っているわけではないので、どうでもいいと放置している。

 そのせいで、ウィンベリー公サイドの貴族達からやたら突き上げを食らっていたけど、気にしなかった。

 「で? 二人そろってやってきたお坊ちゃん達がどうしたって?」

 話の要点がつかめずに問い返すと、セーラはニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。

 そして、辺りを憚るように声を潜めて囁く。

 「鏡に映したみたいにそっくりな……絶世の美少年二人よ」

 「……なんと?」

 私は驚き、セーラを見つめた。

 「肩までに切りそろえた癖のない黒髪に、神秘的な青い瞳。少年から青年に脱皮する過程にあるものだけが持つエロスを兼ね備えた、双子の美少年よ」

 「まじか!?」

 思わずセーラの肩をつかんで、ゆらゆらと揺らす。

 セーラはそれでもニヤニヤ笑いを止めない。

 「馬車からは先にルシオ殿下が降りられたわ。毅然とした態度だったわよ。

 それからレスリー殿下が降りてきてね。なんだか俯いて、具合が悪そうだったの。緊張なさっていたのかもしれないわ。

 ところが! ルシオ殿下がレスリー殿下の手をとって何か呟いた途端、それまでの青ざめた顔が嘘のように明るく輝かれて!

 堂々とお歩きになったわ!

 あの瞬間の、双子王子の視線の絡み!

 至高とはこのことかと思ったわよ!」


 何と、希少性の高い双子王子であらせられることか!

 そして、三代前の爺は節穴か! これほど尊いものを葬り去ろうとしていたとは!

 私の胸は歓喜で打ち震えていた。

 がっしりとセーラの手を握り、力強く頷いて返す。

 早速、明日、理由を付けて王宮中央部をうろちょろすることにした。

 ワンダリング王子ズに会えるかもしれない。


 「私の見立てでは、ルシオ×レスリーね。ドSでツンデレ」

 セーラが断言する。

 「いや、リバースも行けそう。寝室では立場が逆転するとか、旨味しかない」

 私は溢れそうな涎を苦労して飲み込んだ。


 ここは王室史編纂室。

 またの名を、王城BL友の会。

 それだけはたっぷりある紙に、試し書きと推考と称して様々なカップリングの薄い本を作り出し、王城内のブラックマーケットで売りさばく秘密結社である。


 「この間のベルン伯×ウィンベリー公はマイナーすぎて受けなかったから。

 次は絶対に爆発的ムーブメントを作りたかったんだ!」

 「容姿的にベルン伯がちょっとねぇ。女の子はどうしても夢見がちな王子様タイプに惚れるから」

 「いける、美少年双子王子はいける! 成功する未来しか見えない!」

 「その調子、その調子♪ 私、王太子棟の担当になるようねじ込んできたから、ネタはいくらでも集めてこれそうよ」


 編纂室は今日も何事もなく過ぎていった。




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