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世界で唯一のフィロソファー  作者: 新月 望


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第九十九話『私の最優先』

 フィロス君が私の目の前で倒れている。私をかばって、お腹から血液を流している。赤い、赤い液体を。はやく、はやく、なんとかしないと。邪魔者は誰ですか? クラーケン? 海賊?


 感情が上手くまとまってくれません。様々な色が混じり合って、心が真っ黒になる。なのに、頭の中は真っ白なんです。でも不思議と、私は、次に何をするべきかを理解していました。


 そんな思考も束の間、フィロス君を襲ったクラーケンの触手が私の眼前に迫る。しかし、不思議と焦りは感じません。


「ラルム!!」


 近くで他の触手の相手をしているアンス王女がこちらに向かって叫んでいます。


 大丈夫、私は大丈夫です。それよりも、何よりも、今はフィロス君を……。


 私の中の知らない私が、私の口を勝手に動かします。


(アリス)に従え」


 自分の口から出たはずの言葉なのに、何処か他人が喋っているような感覚があり、酷く冷たいその言葉が、瞬く間に怪物を支配していくのを感じます。


 私に迫り来る触手がピタリと動きを止め、みんなを襲う他の足も完全に停止しました。


 ともすれば、それは、八つ当たりだったのかも知れません。私はそのまま、精神魔法でクラーケンを操り、接近していた海賊船を壊れない程度に襲いました。中にいた船員さんには、クラーケンの足を使って、どいて貰いました。海賊さん達は泳げるはずなので、きっと大丈夫です。そして、そのまま、船を拝借することにしましょう。海に投げ出された海賊さん達が悲鳴をあげていますが、仕方がないのです。彼ら数十人の命とフィロス君の命は天秤にかけるまでもないのですから。


 フィロス君を助けなければいけない。その為ならば、他のことなど、どうでも良かったのです。


 周りのみんなが唖然とする中、私はじっと、フィロス君を見つめます。


 彼の色は消えていません。まだ、助かる証拠です。それに、何故か、フィロス君のお腹の傷痕が綺麗さっぱり無くなっているのです。


「リザさん、フィロス君を運んで下さい……」


「お、おう」


 流石のリザさんも、この急展開の連続に動揺を露わにします。しかし、彼女はすぐさま気持ちを切り替え、優しくフィロス君を抱きかかえると、私達の船から、巨大な海賊船へと飛び移りました。その後を追う形でみんなも、次々と飛び移ります。私は最後に、イーリスに抱えられて、向こうの船へと乗り込みました。


 海賊船の中には、救護室のような部屋があったので、そこのベッドにリザさんがフィロス君をゆっくりと寝かせます。


 アンスちゃんは涙を浮かべて、ベッドに横たわるフィロス君を見つめています。


「ラルム、フィロスは大丈夫よね?」


 彼女のその問いかけは、確認と言うよりも、懇願のそれに近いのでしょう。


 アイちゃん達は目をつぶり、必死にフィロス君との意識の同調を試みています。


「命の色は、ちゃんとあります……。それに何故か、お腹に受けた傷が完治してる……」


 私のその言葉を受けて、リザさんが口を開く。


「この、異常な傷の治り、女神の聖水で間違いないが、そんな貴重なもん、フィロスが持ってたのか?」


 フィロス君のローブをたくし上げ、直接彼のお腹を確認するリザさん。それを見たアンスちゃんの顔は、真っ赤になっています。


「首飾りが割れている……」


 フィロス君がローブの下に着けていた、首飾りが砕けており、現在首にかかっているのは茶色の細長いヒモだけです。


「確か、ギルドの依頼で薬草を届けた村で貰った首飾りよね?」


 アンスちゃんが問いかけてくる。


「はい、緑色の石がはまっていました……」


 私は朧げな記憶を手繰(たぐ)る。


「なるほどな、その緑の石の中に、女神の聖水が入ってたわけか」


 リザさんが一人頷きます。


 触手の攻撃と同時に石が割れて、中の液体がフィロス君の傷を治したようです。つまり、私達が救った村の人達のおかげで、フィロス君は救われたわけです。なんだか、不思議な縁を感じます。



 * * *


 あれから、半日が過ぎ去り、ついに、視界に陸の姿が見え始めました。


「おっ! ヴェルメリオだ!」


 先程までの豪雨も収まり、快晴の空の下、甲板に出てきたリザさんが叫んでいます。


「あ、あれ? なんか、砲台がこっち向いてない?」


 アンスちゃんが不安を感じさせる声音で言いました。


「この船が、海賊船だからでは?」


 アイちゃんが淡々と指摘します。


「あぁ、なるほど、って! 大ピンチじゃない⁉︎」


 大慌てのアンスちゃん。しかし、大丈夫なのです。


「リザさん、ヴェルメリオの方々にメッセージを考えて下さい、私がそれを精神魔法で伝えます……」


「よし、わかったぜ!」


 私のことを一ミリも疑わないリザさん。その信頼に応えなくては。


 ヘクセレイ族の里で身に付けた力が、こんなにもはやく出番を迎えるとは思いもしませんでしたが、今は全力を尽くすだけです。


 まずは、リザさんの精神へと同調する。


 彼女の素直で真っ直ぐな強靭な心が、私の中へと流れ込む。鮮やかな朱色。混じり気のない単色。それをそのまま、向こう側へと届けるのです。範囲を大まかにとらえ、空間全体に広げるイメージを作る。


《俺がここにいる、砲撃準備をやめろ!》


 リザさんの力強く、簡潔な言葉を私が向こうの陸へと届ける。


 私の瞳は、確かな手ごたえを感じていた。向こう側に見える、敵意の色が薄れていく。


 瞳が手ごたえを感じるなんて言ったら、きっとフィロス君は笑うだろう。


 あぁ、はやく、彼の笑う顔が見たいな……。


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