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世界で唯一のフィロソファー  作者: 新月 望


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第八十八話『指針』

 重苦しい沈黙がこの場の空気を支配していた。


「そんな馬鹿な話……」


 しばらくの間をおいて、アンス王女が口を開く。その震えた声から、酷く動揺した様子が伺える。


「ヴェルメリオとノイラートは友好関係にある、それに、オヤジはノイラートに仕掛けるつもりは無いと言っていた」


 リザが珍しく、深刻な表情で口にする。


「よりにもよって、ノイラートとヴェルメリオが戦争なんて……。それは確かな情報なのかい?」


 僕は、先程名前を得たばかりの少女達に尋ねる。


「少なくとも、アリス様は、そう仰っています」


 僕の問いかけに、ソラが代表して答えた。


 信じたくない情報だが、無視するには、問題が大き過ぎる……。


「と、とにかく、ノイラートとヴェルメリオの現状を把握しないことには、何とも言えないわね」


 翡翠色の美しい瞳に、不安の色をうつしながらアンス王女が言った。


「確かに、アンスの言う通りだな。俺達は一度それぞれの国に戻る必要があるみたいだな」


「戻るって言っても、移動手段は?」


 僕達は、強行手段で空を渡ってきた為、正規のルートを知らないのだ。


「あぁ、船だよ。魔大陸とヴェルメリオを繋ぐ便が不定期で出ているんだ。俺はそれに乗ってきたのさ」


 なるほど、リザはその船で魔大陸まで来たのか。

 

「次の便はいつかしら……」


 あごに手をやり、思案顔でアンス王女が呟く。


「あまりにも遅いようなら、別の移動手段を考えないとな」


 リザがそう言った直後、自らの名付け親に助け舟を出すかのように、フレアが口を開く。


「船の運航予定ならば、確認が取れます」


「まじかよ、どうやって?」


 リザがフレアに問いかける。

 

「ヴェルメリオと魔大陸を繋ぐ船着き場には、私達の中の一人がいます」


 名付け親のリザに、淡々と説明するフレア。左手にはめている朱色のブレスレットが夕陽を反射して、燃えるように輝いている。


「なるほど、意識の共有で確認が取れるのか」


 感心した様子でリザが呟く。


「なんで、そんなピンポイントな場所にいるの?」


 僕は素直な疑問を口にした。


「私達の存在意義は、戦闘と連絡です。連絡の面を考慮し、魔大陸の重要な施設や場所には、私達が配置されていることが多いのです」


 僕の疑問には、ソラが答えた。


「なるほどね、じゃあ、早速確認して貰えるかな?」


 僕がそう言うと、彼女達は全員、目をつぶり始め、しばらくの間、無言の時間が過ぎた。


『ただいま確認したところ、次の便は三ヶ月後の予定だそうです』


 今度は彼女達全員が一斉に答えた。


「なるほどな、それなら、船で帰っても、事が起きるまで三ヶ月の猶予はあるわけだな」


 リザが冷静に状況を把握する。


「その前に、手紙で危険を知らせることは可能かしら?」


 アンス王女がそう言うと、それには、ラルムが答えた。


「もし、何かの罠や作略で戦争が起きるなら、どちらかの国の中に裏切り者がいるかも知れない……」


 鎮痛な面持ちでラルムは言った。

 彼女の両の眼は、人間の様々な感情を見てきたはずだ。誰よりも、人の本質が見えてしまう小さな少女。だからこそ、ラルムの放つ言葉には、十分な説得力がこもっていた。


「確かに、それはそうね……」


 そう言ってアンス王女は小さく頷く。


 普段の聡明な彼女ならば、ラルムの言った可能性にも気がついたはずだが、今はそんな余裕は無いのだろう。なにせ、自分の国が戦争を行うかも知れないのだ。


「だからって、大人しく待ってるわけにも、いかねーよな?」


 リザがおもむろに、全員に問いかける。


「そうだね、今出来ることを探そう」


 僕もリザの考え方に賛成だ。


「戦争を止めるのに必要なもんは二つだ。一つ目は力。二つ目は心なんだよ」


 リザが真っ直ぐな瞳で自論を展開する。


「つまり?」


 アンス王女がリザに続きを催促する。


「修業しかねーだろ!」


 自信たっぷりに言い放つリザ。


「え?」


 唐突な発言に、思わず声が漏れてしまった。


「俺とアンスは身体魔法を磨いて、フィロスとラルムは精神魔法の修業をすんだよ。三ヶ月もあれば、別人になるさ」


 リザの様子はいたって真剣だ。


「確かに、急な戦争の原因が精神魔法による大規模な洗脳の可能性もあるわけだしね。それに、万が一戦いが始まった場合には、身を守る力が今以上に必要になるものね」


 いつもの落ち着きを取り戻しはじめたアンス王女が言った。


「それに、どの道、俺にはこれしかねーからよ!」


 そう言って、背中の大剣を指差すリザ。


「でも、あてはあるの? 闇雲に修業するわけにもいかないわよ?」


 アンス王女がリザを見つめる。


「あぁ、俺とアンスの身体魔法師組は、オグル族の里へと向かう。あいつらの身体魔法からは学べることが多いからな。そして何より、強い奴と戦うのが一番だからだ」


 確かに、オグル族のゲヴァルト族長の戦いぶりは、鬼神の如く激しいものだった……。


「では、僕とラルムはヘクセレイ族の里に残り、精神魔法の修業になりますね」


 何せ、ソピアさんは、バールさんの師匠でもあるのだから、ここで修業するのが一番だろう。


「アイ、私達がいない間、フィロスとラルムを守るのはあなたの役目だからね」


 アンス王女の視線が真っ直ぐにアイを見つめる。


「はい、任せて下さい!」


 そう言って、アイが勢いよく、返事をする。


「で、でも、その、私がいない時に、あんまり仲良くし過ぎるのはダメだからね!」


 顔を真っ赤にしながら、アイに向かって忠告するアンス王女。


 アンス王女のその言葉に、何故だか不敵な笑みを浮かべて返すアイ。


「おいおい、一国の王女がそんな小さいこと言うなよー」


 そう言ってリザがアンス王女を茶化した。


 そんなやりとりの後に、意外な少女が口を開く。


「すみません。私はリザ様についていきたいのですが」


 あくまでも淡々とした声音ではあるが、フレアがリザのオトモを志願した。


「それならば、私もアンス様についていきたいです」


 そう言って手を挙げたのは、胸元に翡翠色のペンダントを下げた、リーフだ。


「マスター、彼女達の意思を尊重しては?」


 アイが僕に提案する。


「そうだね、オグル族の里へは、リザ、アンス王女、フレア、リーフの四人で向かって貰おうかな」


 僕がそう言うと、フレアとリーフの二人は、ほんの少しだけ笑顔を浮かべた気がする。

 彼女達はもう、番号の集合体ではないのだ。

名前を得て、個性を得ようとしている。


 その事実が、この薄っすらと浮かぶ笑顔なのだろう。


「そうと決まれば善は急げだな!」


 リザの言葉を原動力とするかのように、僕達は再び、力強く動き出すのであった。


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