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世界で唯一のフィロソファー  作者: 新月 望


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第八十七話『自我』

 目蓋ごしでもわかる、強烈な視線を感じる……。


 視線の主を確かめるべく、僕はゆっくりと目蓋を開く。


『おはようございます、マスター』


 聞き慣れたいつもの台詞の筈だが、どうにも違和感を覚える。


 その違和感の正体は、目の前で整列している、彼女達が原因だろう。


 アリスのお人形さん達に自分の役目を取られたアイは、部屋の隅でいじけている。


 隣のベッドでは、ラルムがすやすやと眠っている。アンス王女とリザの姿が見当たらないが、朝早くから出かけているのか?


「あぁ、おはよう、ええっと……」


 そう言えば、この子達の呼び名を決めていなかった。


「私が420番です」


「私が437番です」


「私が553番です」


「私が650番です」


 僕の思考に答えるようにして、各々が識別ナンバーを名乗る。


「うーん、ごめん。正直、僕からでは君達を区別して認識することが出来ないんだよ」


 全員が同じ見た目をしており、表情や口調までもが同じ為、区別するのは至難の技だ……。アイの様に表情や個性が豊かになれば分かりやすいのだが。


『そもそも、私達を一人一人として区別することに必要性を感じません』


 僕を見つめる四人の少女達が同時に発言した。


 確かに、彼女達の精神は繋がっており、肉体を複数持つ一人の存在として見れば、そうなのかも知れないが、どうにも僕にはその考え方がしっくりこない。


 肉体が複数ある以上、彼女達の自我もまた、複数生まれてくるのではないか?

 そんな考えが頭をよぎったからだろうか、僕の口は自然と彼女達へと問いかける。


「それぞれに名前をつけてもいいかな?」


『名前ですか。番号でも問題はないのでは?』


 横並びの彼女達が淡々という。


「それじゃ何だか、味気ないよ」


 我ながら曖昧な理由だが、僕が今感じている気持ちその物が曖昧模糊としている。


『味気ですか……』


 そう言って、四人の少女が同時に首を傾げる。


「よし、じゃあ、一人ずつ、僕と一緒に出かけるってのはどうかな?」


 これから仲間になる彼女達の事をもっと知る必要がある。それに、彼女達の事を理解することは、複数の肉体に対応する精神といった、僕にとっては他人事ではない仕組みについて触れる良い機会でもある。


『それは命令ですか?』


 僕の誘いに疑問を持った彼女達がそう問いかけてくる。


「うーん、提案かな?」


『ことわればどうなりますか?』


「僕が悲しむだけさ」


『なるほど、わかりました。では、行きましょう』


 疑問はまだ残っている様子だが、取り敢えずは了承してくれたようだ。


 こうして、僕の一日は、やっとのことで動き始める。


 * * *


 彼女達と番号順で出かける事にした僕は現在、420番の子とヘクセレイ族の里を散策している。

 当たり前のようについて来ようとしたアイを説得してから部屋を出るのには、少々手を焼いた。何かお土産を買ってくるからといって、なんとかなだめて部屋を出てきたのだ。

 彼女達の様子を見るのなら、一対一でなければと考えたからである。アンス王女達にはアイがきっと説明してくれているだろう。



 ガラスの建物が立ち並ぶ綺麗な道を真っ直ぐに歩く。


 隣の少女は美しい建築物に目を奪われながら、その視線をあっちへヒラヒラこっちへヒラヒラとさせている。


「確か君は、僕達について来る四人を決める際に真っ先に手を挙げていたよね」


 記憶を辿りながら話す僕。


「はい、あの中では識別ナンバーが一番古い私が、マスターに仕えるのは自然な流れだと考えたので」


 口調は硬いが、彼女のこの発言その物が、彼女達が持つ個別の自我を示唆しているように思える。


「それってつまり、自分は他の子と違うって事だろう?」


「私達は私達以外の感覚を知りません。ですから、マスターの言う、一般的な人間が持つ、個別の自我と言う言葉が私達にも適応するのかが分かりません」


 なるほど、複数の意識が共有されている事が自然な彼女達にとっては、身体ごとに全く別の自我を持つ、普通の人間の感覚は分からないと言うことか。


「他の人の感覚がわからないのは、僕達だってそうさ。他者の感覚を完全に理解することは出来ないよ。たとえ精神魔法があってもね?」


 例えば、アンス王女と精神魔法で意識を同調したとする。すると、アンス王女が感じている感覚が僕にも流れてくるわけだが、それでもやはり、それは、アンス王女が感じている事を僕が感じているだけで、彼女が感じた感覚を純粋に汲み取る事は不可能なのだ。どうしたって、僕が僕としてその感覚を感じない以上は、僕はその感覚を理解出来ないのだから。


 僕は僕として、全ての事柄に触れる。人は皆、自身のフィルターを通して、理解を始める。当たり前の事だ。なんだか、クオリア問題のような考え方に近い。


「すみません。私は、102のようにマスターの言葉を完璧に理解する事は出来ません」


 僕の思考を理解しようとした彼女が呟く。


「謝ることじゃないさ、それにアイだって、僕の考えを理解出来ないことがあるさ」


 その逆も然り、僕だってアイの感情が分からないことがある。


 疑問に思っていた事だが、アイの存在は彼女達にとって、どの様な位置づけなのだろうか。


「102は特別です。私達が戦闘と連絡を目的に作られたシリーズならば、彼女のコンセプトは、唯一無二になることです。ですから彼女にだけは、私達との意識の繋がりはありません」


「唯一無二?」


 言葉の意味が広過ぎて、捉えきれない。


「はい。人間の再現です」


 事の重大性に関わらず、彼女はあくまでも淡々と質問に応じる。


 人間の再現……。その言葉の響きには、空恐ろしいものがある。しかし、アイの精神面での成長速度を鑑みると、納得してしまう部分もある。


「なんの目的があって……」


「それを知るのはアリス様だけです」


 僅かではあるが、彼女の声音は先程よりも緊張を帯びているようにも思えた。

 恐らく彼女は嘘がつけない。ならば、これ以上の追求は無駄足だ。


 そんな思いからか僕は話の矛先を変えた。


「なにかお店が並んでる場所があるね?」


 先程から視界の端には捉えていたのだが、どうやらこの辺りはヘクセレイ族のお店が建ち並ぶエリアらしい。


 どのお店もガラス張りで中が見える為、何のお店かが分かりやすくなっている。


 その中の一軒に何気なく立ち寄る僕ら。


 店内にはガラスのテーブルがいくつか並んでおり、その上にガラスの髪飾りやガラスの指輪などが陳列されている。それらが、外から降り注ぐ太陽を反射し、幻想的な光景を生み出している。


「綺麗……」


 僕の後ろに並ぶ少女が、短く呟く。


 ここで僕は名案を思いつく。


「どれか欲しいものを一つ買ってあげるよ」


 幸いなことに、魔大陸で最初に稼いだギャンブルでのお金もまだ残っているし、それに、彼女が何かを身につければ、他の子達とも見分けがつきやすくなる。


「いいのですか? 戦闘にも連絡にも必要の無い物ですが」


 彼女達にとってはきっと、自分達に課せられた役目を果たすことが最優先で、それ以外のことは二の次なのだろう。


「あぁ、君の意思で選ぶのさ」


「選別ですか?」


 彼女のその言葉は、僕達にとって深い意味を持つ。


「そんな堅苦しい意味合いじゃないさ。単純に好きなものを選びなよ」


「はい、マスターがそう言うのなら」


 そう言って彼女は、真剣な表情で、ガラス細工と向き合う。


 そして、彼女の視線がある一点で止まる。


「これがいいです」


 そう言って、彼女が手に取ったものは、淡い水色のガラスの髪留めだった。


「なんでそれを選んだの?」


「空の色と似ていたからです」


「え?」


 無機質な口調からは想像し難い返答に、思わず、問い返してしまう僕。


「私達はこの世に意識が目覚めた時にはすでに、あの迷宮区にいました。ですから、マスター達があの迷宮区を踏破した時に、はじめて、外の世界を知りました。そして、空を知ったのです。元々、空と言う言葉の意味は理解していましたが、それでも、私はあの瞬間に、空を知ったのです」


 迷宮区では武器を握りしめていた、その小さな手の中にはいま、空色の髪留めが優しく握られている。


「そっか、じゃあ、それを貸してもらえるかな?」


 僕の言葉に、素直に従い、手の中の髪留めを差し出す彼女。僕はそれを受け取り、そのまま、彼女の美しい銀色の前髪を空色の髪留めで留めた。


 白くて小さな額があらわになり、とても良く似合っている。


「あ、ありがとうございます」


 その言葉は、髪飾りに向けたものだろうか、それとも、僕の心の感想に対しての返答だろうか。


「とても良く似合っているよ、ソラ」


「ソラ?」


「今日から、君の名さ」


 僕の言葉に戸惑いながらも、その響きを確かめるように、何度もソラと口ずさむ少女。その名が気に入ったようで、何度も首肯を繰り返している。


 それから、会計を済まし、僕達が店を出ると、そこにはアンス王女達の姿が……。



「ちょっと、フィロスどう言うこと?」


 アンス王女が腰に手をやり、僕を詰問する。


「えっと、アイから説明は受けてませんか?」


「私とリザが剣の稽古をしているのに、フィロスはデートに出かけたって聞いたわよ!!」


 顔を真っ赤にさせ、憤慨するアンス王女。


「ご、誤解ですよ。僕は、これから仲間になる彼女達に名前をつける為、彼女達のことをよく知ろうとしただけです」


 僕は釈明しつつも、この窮地を作り出したアイに視線をぶつける。


「なんですか? 朝からアイをほっぽり出して、新しい子達ばかりにかまけているマスター」


 不満気な面持ちで意思表示するアイ。


「フィロス君は少し、そう言う所がある……」


 抽象的な言葉のはずが、的確に急所を突いてくるラルム。


「まぁまぁ、みんな、落ち着けよ、大魔法師、色を好むって言うだろ?」


 リザが仲裁してくれると見せかけて、さらなる追い討ちを仕掛けてくる。


「だ、だから、名前をつける為だったんだよ」


 なぜ、僕は追い詰められているんだ?


 この理不尽な状況に頭を悩ましていると、リザが再び口を開く。


「思ったんだけどよ、こいつらは俺達の仲間でもあるんだから、俺達にも一緒に考えさせてくれないか」


「確かにそれはそうね、残りの三人の名前は私達が考えても良いかしら?」


 先程まで、ご立腹だったアンス王女が、リザの意見に興味をうつした。


 確かに、全員の名前を僕一人が決めるよりも多様性があって、彼女達の個性を引き出せるかも知れない。しかし、肝心の彼女達はいいのだろうか?


『私達はそれで構いません』


 名前の決まったソラ以外の三人がアンス王女の後ろから現れ、同時に返事をする。


「じゃあ、まずは一緒に買い物でもして、この子達と親睦を深めましょう」


 アンス王女の言葉に従い、僕はまた、店内へと足を踏み入れる。



 * * *


 彼女達とのショッピングも終わり、無事、それぞれの命名も完了した所で、僕達は帰り道を歩いている。


 僕の隣を歩いているのがソラ。髪留めで前髪を分けている為か、他の子よりも少し、大人びて見える。


 アンス王女の少し後ろを歩いているのが、リーフ。胸元には、翡翠色のペンダントがぶら下がっている。


 リザの前を歩いているのが、フレア。名付け親の髪色によく似た朱色のブレスレットを左手にはめている。


 ラルムの隣を歩いているのが、イーリス。彼女の右手の人差し指には、光の角度で色の変わる指輪がはめられている。


 あぁ、僕の懐はすっかり寒くなったが、不思議と心は温かさを感じている。


 同一な個体として生産された彼女達は、名前を得た。ならば、きっと、個性を身につけるだろう。

 人間の発達は生まれた後の経験や学習で決まるという環境説を唱えたワトソンならば、きっと大いに喜ぶに違いない。

 

 そんな彼女達の未来に思いを馳せていると、

アンス王女がおもむろに口を開く。


「ねぇ、何か忘れていない?」


 忘れる? 何か、何か……。


『昨日、報告しそびれた件についてでしょうか?』


 ソラ、リーフ、フレア、イーリスが同時に話し出す。


「あぁ、忘れていた。昨日は疲れていたから、今日にしたんだよね」


『はい、アリス様からの言伝です。この情報が迷宮区攻略のもう一つの報酬です』


 彼女達の淡々とした声音とは裏腹に、僕達の間には、急速に緊張感が広がっていく。

 何故だかとても、嫌な予感がする……。


『今から半年後、ノイラートとヴェルメリオが戦争をはじめるそうです』


 彼女達の平坦な声が僕達にかつてない衝撃を与えた瞬間だった……。


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