表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界で唯一のフィロソファー  作者: 新月 望


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/141

第八十六話『真実』

 私が日本を出て海外で研究職についているのは、弟と距離を置くためだ。


 私は私を保つ為に海を渡った。


 でも、日本にいる時くらいは、いいわよね? 私は、自らに問いかける。そして、弟の部屋のドアを一度だけ叩く。


 それから、少しの間を空けて部屋のドアを開き、中へと入る。


「哲也、懐かしいものが見つかったわよ」


 私の右手には一冊の絵本が握られている。


「確か、人の心が読める泣き虫な少女の話だよね?」


 私が手にしている絵本にすぐさま反応する哲也。


「なぜか、私の部屋の本棚にあったのよ」


 これは、嘘だ。十年近く前に、私がこの絵本を哲也の目の届かない場所へと隠したのだ。


 私がベッドに腰掛け、絵本を眺めはじめると、哲也も隣に並んで腰掛ける。


 近くて遠い距離。


 哲也は私を見ない。彼は私の持つ絵本にばかり視線を向ける。


 私がページをめくる度に、哲也の目にはうっすらと涙が浮かぶ。


 隣にいる私には決して注がれることのない感情。早い話が、私は嫉妬しているのだ、この絵本の中の少女に。そして同時に憧れている。哲也の視線を独り占めするこの少女に。


 哲也の視線に合わせてページをめくる私。

 私がその視線に合わせてページをめくっていることにも、きっとあなたは気づかない。


 あなたの心は絵本の中だから。


 最後のページがきた。


 ルディもメアリも笑っている。でも、あなただけは泣いている。


「ねぇ、どうして、泣いているの?」


 私は絵本の冒頭をなぞり、弟へと問いかける。そうしなければ、彼はこちらに帰ってこないから。


「わからない」


 弟は、ただ一言だけ、ぽつりと呟く。


「みんなって言葉は嘘、この言葉は印象的ね。それにしても、哲也は本当にこの絵本が好きだったわよね。小さな頃は必ずこの絵本を読んで、泣いてから眠るのが習慣だったものね」


 私にはそれが理解出来なかった。いや、理解はしていた。理解したくなかっただけ……。


「なんだかこの泣き虫の少女が不思議で、とても気になっていたのは覚えてる」


 大切な思い出をなぞるように、ゆっくりと話す哲也。


「周りの女の子が強い子ばかりだったから、泣き虫の女の子が不思議に感じたのかもね?」


 私のような可愛げとは縁の無い女ばかりを見て育てば、そんな風に感じるのは当然の感覚かも知れない。


「一番近くにいた女の子の所為かもね?」


 皮肉交じりではあるが、少し楽しそうな哲也。その控え目な笑顔が、私の中身を丸ごと揺さぶる。


「そうね、私は、泣き虫の女の子にはなれない」


「わざわざ、なるものでもないだろ?」


 言葉の端に違和感を覚えたのか、不思議そうに問いかけてくる哲也。


「それでも私は憧れたのよ」


 あなたの心を揺らす、か弱い少女に。


「姉さんもよく読んでいたよね。なんだかんだ好きなんだろ?」


 気軽な調子で問いかけてくる哲也。


「嫌いよ」


 私が好きなのは、あなた。


 私のあなたが奪われた気分だもの。


 あぁ、困った顔をしているわね。


「うそよ、哲也もまだまだ正直者の少年ね」


 嘘であなたの顔が晴れるなら、私は嘘つきでいい。


 こうして嘘つきの少女は、泣き虫の少女に憧れながら、平気なフリをして、嘘を重ねるのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ