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世界で唯一のフィロソファー  作者: 新月 望


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第八十五話『嘘と』

 いつものように、イデアで眠りについた僕はすぐさま、こちらの世界で目を覚ました。


 身体の疲れや思考による精神的な疲れはいつものように綺麗さっぱり消えている。


 そもそも人間は寝ている間に、脳と体を休めるものだ。深い眠りのノンレム睡眠では主に脳を休め、浅い眠りのレム睡眠で体を休めるように出来ている。そして僕の現在の状況は、この仕組みから大きく逸脱しているように思える。それなのに僕の体は平常運転が出来ている。


 この状況で平常なこと、それ自体が異常だとも言えるだろう。この不可思議な現象さえも、彼女であれば分かるのだろうか。


 自らの考えに取り憑かれたかのように、思考のドツボに嵌っていく。


 それから、数分が過ぎ、自室のドアがノックされた音で、僕はこの底なし沼から脱出する。


「哲也、懐かしいものが見つかったわよ」


 部屋に入ってきた姉の手には一冊の絵本が。

 その表紙には見覚えがある。


「確か、人の心が読める泣き虫な少女の話だよね?」


 人の心が流れ込んできてしまう少女と、嘘のつき方を知らない少年の話だったはずだ。


「なぜか、私の部屋の本棚にあったのよ」


 そう言いながら、手に持つ絵本をゆっくりと開きつつ、ベッドに腰掛ける姉。僕も寝そべっていた体勢を整え、その隣へと腰掛ける。


 小さな頃はよくこうして、並びながら絵本を読んだものだ。当時は二人並んでいても広く感じたベッドも、十数年も経つと、流石に手狭に感じる。そのベッドが、時の流れを感じとったかのように、僅かに軋む。


 姉がゆっくりとめくるページを、自然と目で追いかけている自分がいた。


 * * *


『ねぇ、どうして、ないているの?』


 うそをしらない、しょうじきもののルディがメアリにいいました。


『みんな、いなくなるの』


 ひとのこころがよめてしまうメアリはかなしそうにいいます。


『どうしてさ?』


 メアリのことをよくしらないルディはふしぎそうにききます。


『わたし、ひとのこころがよめるの』


 メアリはちいさなこえでつぶやきました。


『それはすごい! ぼくのこころもよんでみてよ!』


 ルディがたのしそうにそういうと、メアリはまた、かなしそうな、かおになります。


『だめよ、ほんとうのことをいうと、みんながこまるの』


 そういって、メアリは、したをむいてしまいます。メアリのなみだで、じめんはびしょびしょです。


『どうして、ほんとうのことをいうと、こまるの?』


 ルディにはメアリのいっていることが、わかりません。


『ひとはうそをつくから、うそがばれちゃうと、みんなこまるの』


 メアリのなみだはとまりません。


『うそってなに? みんなってだれ?』


 ルディはふしぎそうにいいます。

 

 ルディのことばは、メアリをなやませます。


『うそは、ほんとうじゃないこと。みんなは、わたしのまわりのひと』


 メアリはいっしょうけんめいにかんがえながらいいました。


『じゃあ、みんなってことばはうそだね。だってぼくは、ほんとうのことをいわれてもこまらないもん』


 ルディのふしぎなことばをきくうちに、いつのまにかメアリのなみだはとまっていました。


 ルディのことをしりたくなったメアリは、ルディのこころのなかをのぞいてみます。


 ルディのこころのなかにはうそがひとつもありません。

 そんなひとをはじめてみたメアリはおどろきました。そして、じぶんのこころが、あったかくなるのをかんじます。


『あ、やっと、わらった』


 そういって、ルディはメアリよりも、おおきくわらうのでした。


 * * *


「ねぇ、どうして、泣いているの?」


 絵本の冒頭をなぞるように姉が呟く。


「わからない」


 正直者でもなければ泣き虫でもない僕は、この物語のどこに共感しているのだろうか。この絵本を読んでいる時だけは、十年前の僕に戻っているのだろうか?


「みんなって言葉は嘘、この言葉は印象的ね。それにしても、哲也は本当にこの絵本が好きだったわよね。小さな頃は必ずこの絵本を読んで、泣いてから眠るのが習慣だったものね」


 姉の言う通り、小さな頃の僕は寝る前によくこの絵本を読んでいた。当時は、作者の意図など理解していなかったが、それでも、優しい絵のタッチと言葉が僕の心を揺らしていた。


「なんだかこの泣き虫の少女が不思議で、とても気になっていたのは覚えてる」


 そこには、僕の知り得ない女の子の姿があった。


「周りの女の子が強い子ばかりだったから、泣き虫の女の子が不思議に感じたのかもね?」


 冗談交じりに姉が言う。


「一番近くにいた女の子の所為かもね?」


 僕は皮肉交じりに返す。


「そうね、私は、泣き虫の女の子にはなれない」


「わざわざ、なるものでもないだろ?」


「それでも私は憧れたのよ」


 そう言って、少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべた姉。


「姉さんもよく読んでいたよね。なんだかんだ好きなんだろ?」


「嫌いよ」


 ふざけた様子もなく、ただ短く、温度を感じさせない言葉を言い放つ姉。


 呆気にとられた僕は口を(つぐ)む。


「うそよ、哲也もまだまだ正直者の少年ね」


 小さく笑いながら姉は僕をからかう。


 今この瞬間、はじめて僕は、絵本の中の少年に共感しているかも知れない。


 うそってなに?


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