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世界で唯一のフィロソファー  作者: 新月 望


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第八十一話『最深部へ』

 扉が開いた瞬間、僕達の視界に入ってきたのは、異形の怪物が一体。獅子のような顔に、山羊のような胴体、その後ろには、蛇のような尾が生えている。

 その姿はまさに、ギリシャ神話に登場するキマイラそのものだ……。


 なるほど、このフロアのクリア条件は、単純明解なようだ。このキマイラの討伐で間違いないだろう。


 そんな思考も束の間、咆哮の主がその鋭い爪を武器に、僕達目がけて襲いかかる。


「おもしれーじゃねーか!」


 振りかざされた凶悪な爪を、一歩前に出たリザが大剣で弾き返す。

 そのまま、追撃の姿勢に入ろうと、リザが足に力を溜める。


「ちょっと待って!」


 今にも、敵に突進しようとしていたリザを、セレネの叫び声が止める。


「あ、なんだよ?」


 リザが動きを止め、セレネに問いかける。


「その子、多分、ここに居たくているわけじゃないんだと思う」


 キマイラの方に視線を向けながら、セレネが言った。


「じゃあ、このまま、食い殺されんのか?」


 リザが、敵の鋭い攻撃をもう一度弾き返しながら言う。


「三十秒でいいの。あたしに時間を下さい」


 リザに向かって、真っ直ぐな視線をぶつけるセレネ。


「わかった、三十秒だな。それ以上は待てねーぞ。マハト、お前も手伝ってくれ」


 リザのその言葉に反応したマハトが、金棒を片手に躍り出る。


「オラの金砕棒(かなさいぼう)が暴れたがってるぜ!」


「おい、マハト、話聞いてたか? 倒すわけじゃねーからな?」


 リザが、マハトに釘をさす。


「わかっとる、ただ言ってみただけだべ」


 二人はそんなやりとりを交わしながらも、見事な連携で、キマイラの視線を散らしながら戦う。


 そんな二人の連携が作り出した隙に、セレネが懐から、小さなオカリナらしき笛を取り出す。


 彼女の唇がその笛に触れる。

 

 次の瞬間、部屋中に優しい音色が響き渡る。


 温かい空気が、心の隅にまで浸透していくのを感じる。



 演奏がはじまり、数十秒が経過した。

 先程まで、暴れまわっていた姿が嘘かのように、キマイラが動きを止めた。そして、ゆっくりとセレネの方に近づいてくる。


「信じられない……」


 セレネの足元に、子猫のように微睡(まどろ)む魔物の姿を凝視して、アンス王女が呟いた。


「これは、セレネちゃんのファインプレーだね。このフロアのクリア条件はひょっとすると、この魔物の討伐ではなく、懐柔だった可能性もあるのだから」


 ソピアさんはそう言って、セレネに優しく笑いかける。

 確かに、言われてみればそうだ。僕は、敵の凶悪な外見だけを元に、このキマイラを討伐対象として見てしまっていた。


「この子は、実験で作られた魔物みたいです。一つの身体にいくつもの精神が……」


 演奏を終えたセレネが呟く。


「中を覗いたのかい?」


 ソピアさんが静かに問いかける。


「はい、笛の音色を通して、会話をしました」


 複雑な表情を浮かべつつも、膝下にきたキマイラを優しく撫でながら、セレネが言った。


 身体と精神についての実験だったのだろうか。今の僕には他人事ではない……。


「まぁ、いいじゃねーか。一先ずはこいつの命も助かったし、俺らの目的も達成したんだからよ」


 リザが次のフロアに繋がる扉を見つめながら言った。


 その視線の先の扉に刻まれている数字は五。


「五ですか……」


 残りのメンバーは八人。


「フィロス君、ちょっとこちらに来てくれるかな?」


 ソピアさんが不意に語りかけてくる。

 その言葉に従い、僕はゆっくりと、ソピアさんに近づく。


 ーー僕の額にソピアさんの額が重なる。


「ふふ、なるほどね。君が信じる者を、私も信じるとするよ」


 ゆっくりと額を離したソピアさんが、囁くようにそう言った。その横顔に添えられた微笑は、どこか満足気にも見える。


「えっと……」


 僕はその囁きの意味を捉えきれないでいた。


「ここには、私とセレネちゃんとマハト君が残るよ」


 ソピアさんが、迷わずにそう言った。


「お、オラも残るのか?」


 いきなりの宣告にマハトが驚く。


「か弱いレディが二人もいるんだ、強い男手が必要なのさ」


 その美しい声でそう言われれば、逆らえる男はいないだろう。


「フィロス君、後は任せたよ」


 ソピアさんの優しい声音に背を押され、僕達は次のフロアに向かう。


 残ったメンバーは、僕、アンス王女、ラルム、アイ、リザの五名だ。僕がこちら側の世界で最も信頼を寄せるメンバーだと言える。



 部屋が降下する揺れにも慣れて来たものだ。三度目ともなると、皆、落ち着いている。


 また、しばらくすると、揺れが止まり、扉が開く。


 ーー視界が一気に開ける。


 次のフロアの中央には巨大な石造りの祭壇が置かれていた。


「でっけー、祭壇だなー」


 リザがそう言って、祭壇に近づく。


「少しは警戒しなさいよ」


 小言を漏らしながらもアンス王女が続いて歩く。


「この部屋に敵意の色は感じられないから、多分、大丈夫……」


 先程までは大勢で行動していた為、緊張で口を開かなかったラルムがようやく静かに発言をする。


 僕も、四人の後に続き、祭壇の前まで近づく。


 祭壇の上には、大きな石版が三枚並んでいる。何やら、それぞれの石版には文字が刻まれている。


 欲望、意思、理性。


 なるほど、この三つの単語は馴染み深いものだ。間違いなく、イデア論についてのことだろう。ふと、ある後輩との、やりとりが頭をよぎった。


 あの時、僕が選んだ答えは……。


「リザ、この石版を次の扉の前まで運んでくれないか?」


 おそらくは、これが正解なはず。部屋の最奥にある扉の隣には、丁度、石版と同じ位のくぼみが出来ている。正解の石版を選び出し、それをそこに嵌めれば良いのだろう。


 リザは僕の選んだ石版を扉の前まで運ぶ。


「よし、そこのくぼみに嵌めて貰えるかな」


 僕の言葉を合図に、リザが石版を嵌める。


 その作業を皆が固唾を飲んで見守る。


 僕の選んだ石版は、理性だ。


 これがイデア論における問いかけならば、この答えで間違いない。


 一瞬出来た沈黙を破るようにして、扉が開く。この扉には、数字が刻まれていない。つまり、この部屋では、人数を減らす選別は不要と言うことだろう。


 あの、二十人の少女達が語った情報によれば、次が最後の選別のはずだ……。


 先程よりも、降下の時間が明らかに長い。

 最後のフロアは、相当な地下深くにあるのだろう。


 独特の緊張感に包まれながらも、僕達は最後の選別へと向かう。


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