第八十話『選別』
「あの、質問いいかな?」
僕は、つい先程まで命のやり取りをしていた少女達に問いかける。
『はい、何なりと』
二十人の少女達の声が同時に重なる。
「君達はどう言った目的でここにいるの?」
おそらくは、迷宮区を守る為に配置されているのだろうが。
『選別です』
「選別?」
『はい、アリス様のお戯れです』
口を揃えて、少女達が語る。
今一つ要領を得ない説明だが……。
微妙に出来た沈黙を埋めるかのように、ソピアさんが口を開く。
「なぜ、君達はフィロス君をマスターとして認識したんだい?」
「……。」
ソピアさんの問いかけに彼女達はだんまりだ。
「えっと、答えられない理由があるのかい?」
僕が再度問いかける。
『いえ、マスター以外の問いかけには、不必要に応じないだけです。マスターの認証は、アリスコードによって行われます』
彼女達が、僕のことをマスターと呼ぶたびに、アイが複雑な表情を浮かべている。
「アリスコードとは?」
『アリスコードをアリスコード以外の言葉で説明することは非常に困難です』
僕の問いかけに、淡々と答える彼女達。
つまり、この件は聞いても仕方がないと言うことだ。
現状で役に立つ質問はないだろうか。
「何か、聞いておいた方が良いことはありますか?」
僕はこの場にいる十人の仲間へと問いかける。
「迷宮区の最深部へは、あとどれ位なのじゃろうか?」
カルブ族長が重要な疑問を口にした。
そして、その問いかけを僕がもう一度、彼女達に伝える。なんだか、伝言ゲームのような状況だ。明らかに無駄な手順を踏んでいる。
『選別の為のフロアは、残り四つです』
なるほど、あと四つもあるのか……。
「次のフロアにはどうやって行けばいい?」
『あの扉の奥に入って下さい』
そう言って彼女達が指差したのは、このフロアの最奥にある鉄の扉だ。
「よし! あの扉だな!」
リザが勢い良くそう言って、一足飛びで扉の前まで移動した。
「ちょっとリザ、もう少し慎重に!」
アンス王女が慌てて忠告する。
「あれ、中は行き止まりだぞ? 小さな部屋があるだけだ」
アンス王女の制止も虚しく、当たり前のように扉を開けてその先に入るリザ。
ゲヴァルト族長もそうだが、身体魔法に優れた人達は皆、警戒心が弱い気がする……。獅子は自分が狩られることなど微塵も考えないのだろう。まぁ、リザにはその心構えすらも強さに変えている節がある。
「行き止まりだそうだが、どうすればいい?」
再び僕は、彼女達に問いかける。
『あの部屋は選別をクリアし、指定された人数が中に入った時のみ起動します』
起動? 部屋自体に仕掛けがあるのか?
「その、指定の人数は?」
『扉自体に刻まれています』
彼女達の言葉に誘われ、僕達は皆、フロアの最奥にある、扉の前まで移動する。
扉に刻まれている数字は……。
「十ですね。どうしましょうか?」
現在、僕達は十一名。誰か一人を置いて進まねばならない。もしかすると、この選択自体も、ある種の選別なのかも知れない。
一瞬の沈黙の後、意外な人物が手を挙げる。
「角の力も使っちまったからな、ここには、俺が残ろう」
悔しそうな表情でゲヴァルト族長が言った。
「族長……」
彼の部下であるマハトは、族長の意外な言葉に動揺している様子だ。
「後は任せた」
その短い言葉の中に、様々な思いがこもっているように感じるのは、共に命をかけ、死線を越えたからだろうか。
ゲヴァルト族長の言葉を受け、僕達は扉の奥へと足を踏み入れる。
十人が部屋に入った瞬間、扉が閉まり、部屋全体に大きな揺れが……。
「おぉー、揺れ始めた〜」
カプリス族長がノンビリとした声音で言う。
しかし、声音とは裏腹に、ピンっと張り詰めた尻尾が、今の状況をしっかりと警戒していることを示している。
部屋全体が緩やかに降下しているのを感じる。この部屋は、エレベーターの様な物なのだろうか。
それから、数秒が過ぎ、部屋の揺れはピタリと止んだ。そして同時に扉が開く。
開いた扉の先には、先程のフロアよりもワンサイズ小さくなった、正方形の部屋が見える。
部屋の中央にはテーブルがあり、その上には朱色の盃が二つ置かれている。
「なるほど、この臭いは、あれで間違いないのぅ」
カルブ族長が文字通り、鼻を利かせながら呟く。
「リザードマンの腸の臭いだね〜〜」
マイペースにカプリス族長が言った。
「ならば、ワシらがやるべきじゃろうな?」
「ちっ、ジジィと晩酌かよ〜」
嫌そうな表情を浮かべながらも話を進めるカプリス族長。
「話が見えてこないのですが、どう言うことですか?」
すでに、このフロアのクリア条件を把握している様子の二人だが、僕にはさっぱりわからなかった。
「ここにある二つの盃の中にはリザードマンの腸をたっぷり染み込ませた酒が入っておる」
まだ、直接中身を見ていないはずのカルブ族長が盃の中身を断定した。
「他には何もなさそうだし、それを飲み干すのが、このフロアのクリア条件みたいだね〜〜」
カプリス族長は気軽にそう言うが、リザードマンの腸には確か、強力な睡眠作用があったはず。料理に使われる適量でさえ、僕は意識を失ったことがあるのだから……。
「まぁ、ククル族とマオ族にとってはこの位、果実酒のようなもんじゃ」
そう言いながら盃のあるテーブルへと近づくカルブ族長。
「おじいさま! 流石にこの量を飲めば只事では済まないです……」
カルブ族長の態度とは裏腹に、横にいたセレネが切迫した様子で言った。
「そんな顔をするでない。ワシらが適任だから、やるだけじゃよ」
孫娘の頭に手を置き、優しい声音で言い聞かせるカルブ族長。
「あたしだって、ククル族よ、だからあたしも飲む」
そう言って、盃へと近づくセレネ。
「すまんなソピアよ、宜しく頼む……」
カルブ族長が不意にそう言うと、無言で頷くソピアさん。
すると、次の瞬間、セレネの動きが止まる。
同時にカルブ族長とカプリス族長が盃の前へと一歩踏み出す。
「お前と盃を交わす日が来るとは、人生何が起こるか分からないものじゃのぅ?」
盃の片方を手に持ち、ニヤリと笑ってみせるカルブ族長。
「これ飲んで、そのまま、目覚めなければいいのに〜〜」
のほほんとした態度とは裏腹に、どぎつい言葉で返答するカプリス族長。
「では、迷宮区攻略の前祝いといこうかの」
カルブ族長の言葉を合図に、二人の族長は盃を呷る。
盃の中身が半分ほどになった頃、突如として二人の動きが止まった。
二人の身体が激しく震えはじめた。明らかに限界の様子だ。
それを僕達は見守ることしか出来ない……。
『トレース……』
カルブ族長とカプリス族長の声が重なった。
限界を迎えた二人の身体が息を吹き返したかのように、再び盃を呷りはじめる。
おそらくは、互いに精神魔法をかけ合い、互いの身体を無理矢理動かしているのだ……。
それから数秒後、盃の中身を飲み干した二人は、同時に地に伏した。
精神魔法によって動きを止められていたセレネの瞳には大粒の涙が……。
「おじいさま……」
ソピアさんの魔法から解放されたセレネが静かに呟く。
「二人とも、命に別状はない。我々は先に進まなくては」
ソピアさんが毅然とした態度でそう言った。
「そうですね……」
床に倒れた祖父の顔を一度見つめた後、ゆっくりと立ち上がったセレネがそう言った。
その瞳には、決意の色が見てとれる。
その後、倒れている二人の族長を部屋の隅にまで移動させ、セレネが自らの上着を二人に優しくかけるのであった。
そして、誰からと言うこともなく、皆が一歩前へと進む。
次の扉には、大きく八と刻まれている。
残ったメンバーは八人。考えるまでもなく、全員が扉の先へと進む。
再び、先程の揺れがはじまり、部屋全体が降下を始めた。
揺れが止まるのと同時に扉が開く。
次のフロアの全貌が明らかになる瞬間、激しい咆哮が僕達の鼓膜を揺らした。




