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世界で唯一のフィロソファー  作者: 新月 望


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第七十八話『再会と始まり』

 あの衝撃的な記憶の共有から十日が過ぎた。

 まあ、僕の体感では日本での生活も含むため、二十日間なのだが。

 

 今日はいよいよ、迷宮区に足を踏み入れる日だ。思えば、さらわれるようにして魔大陸に来た僕達だったが、様々な経験を積んだものだ。


「さて、フィロス君、準備はいいかい?」


 ガラス作りの家の中、落ち着き払った声音でソピアさんが問いかけてくる。


「はい」


 そう短く答えたのは良いものの、現段階で僕が行える準備など、心の準備だけである……。


「それさえあれば大丈夫です」


 僕の思考を読み取ったアイが、隣で静かにそう言った。僕を励ます意味合いもあったのだろうが、その姿はどちらかと言えば、自分に言い聞かせている風にも見えた。


「ではまずは、迷宮区付近の多種族との合流地点へと向かおう」


 ソピアさんのその言葉に従い、ガラスの扉を開け、外に出る僕ら。


 行きに乗ってきた、馬車へと乗り込む。


 馬車に乗ったメンバーは、僕、アイ、アンス王女、ラルム、ソピアさんの五名だ。十一名での迷宮区探索らしいが、残りの六名とは合流地点で落ち合うようだ。


 馬車が動き出して数分、ヘクセレイ族の精神魔法が働いている証拠に、既にガラスの里は森の風景と同化してしまい、目視では探すことは出来ない。


「名残惜しいかい?」


 僕の心を見透かすかのように、ソピアさんが言う。


「えぇ、とても美しい場所だったので」


 建物も、そこに住まう住人も全てが美しい場所だった。


「ふふ、また来るといいさ。君達ならば、いつでも歓迎するよ」


「ありがとうございます。あの、他の探索メンバーはどう言った人達がいるのですか?」


 命を預ける可能性があるメンバーだ。事前に少しでも情報が欲しい。


「あぁ、それぞれの族長達が全員参加する。残りのメンバーは、族長達の総意で選出した。君の護衛に関しては、ゲヴァルト族長が相当な手練れを連れてくるそうだ」


 馬車に揺られながら、ソピアさんが語る。


「ソピアさんもそうですが、族長自らが危険を冒してまで、迷宮区攻略に挑む意味はなんなのですか?」


 僕のイメージでは、身分の高い人と言うのは、極力、危険を避けるものだと思うのだが。


「我々亜人種と通常種の人間の価値観がどれだけ離れているかはわからないが、我々族長は、常に先頭を走る事が出来るから、族長なのだよ」


 ソピアさんのその言葉には、一切の迷いも無かった。自らが先導となり、人々を引っ張る姿は、二人の王女を連想させた。


「フィロスにつく護衛は信用出来る人物なのよね?」


 アンス王女が割って入る。


「あぁ、オグル族は戦闘に秀でた種族だ。その族長が太鼓判を押している」


「ふーん、まぁ、フィロスは私が守るからいいけれどね」


 当たり前の事実確認をするかのように、淡々と述べるアンス王女。


「アイもいます!」


 そう言って、座りながら、小さくシャドーボクシングをするアイ。拳を突き出す度に、シュッ、シュッ、っと口ずさむのが愛らしい。


 そんなアイの姿を見て小さく微笑むラルムの瞳は優しさで溢れていた。



 * * *


 馬車の揺れが止まった。どうやら、目的地に着いたようだ。


「もう着いたのですね」


 正確な時間はわからないが、二時間近くしか経過していないように思える。


「あぁ、認識阻害の精神魔法を使っていたから、魔物との戦闘を避けれたのが大きいね。まぁ、ここからの道はその必要はないがね」


 ソピアさんがそう答えながら、さっと馬車を降りる。僕らもその後ろに続く。


 開けた土地に馬車が四台。それぞれの族長が乗ってきた馬車なのだろう。


 ククル族の馬車からは、カルブ族長とその孫娘のセレネが降りてきた。


「セレネも来たんだね?」


 危険は承知なのだろうが、どう言った意図での人選なのか?


「うん、私の精神魔法が必要だったみたい」


 セレネが少し誇らしげに言った。確かに、好奇心の塊のこの子にとっては、居ても立っても居られない状況なのだろう。セレネの精神魔法は確か、笛の音を使った精神魔法だったよな。動物との意思疎通を可能にしていた。


「お互い、気をつけながら、頑張ろう」


 僕達、精神魔法師は、身体魔法師に比べ、直接的に身を守る手段がないのだから。


「うん、そうだね」


 先程までの笑顔とは裏腹に神妙に頷くセレネ。


 少し遠くに止まった馬車からは、マオ族のカプリス族長が出て来た。気紛れに揺れている猫耳についつい目がいく。カルブ族長と目が合うと、嫌悪感丸出しの表情を見せるカプリス族長。やはり、犬と猫は相性が良くないのだろうか?


 最後に馬車から出て来たのは、オグル族のゲヴァルト族長だ。その後ろには、もう一人、一本角を生やした青年の姿が。確か、彼は、族長会議の前夜祭でアンス王女と一悶着あった、マハトとか言う青年だ。


「よう、また会ったな!」


 そう言って、アンス王女に話しかけるマハト。


「あら、はじめまして」


 そう言って、意地の悪い笑みを浮かべるアンス王女。


「オメェ、相変わらずいい性格してんな」


 少し引きつった表情で返すマハト。


 そして、彼らの降りてきた馬車から、最後のメンバーが顔を出す。


「よう、久しぶりだな、フィロス!」


 背中にまで伸びた美しい深紅の髪を揺らし、燃え盛る紅蓮の炎を連想させる凛々しいその瞳……。


「リザ! どうして、ここに?」


「あぁ、姉貴から、フィロス達が魔大陸にいるって話を聞いてな。ノイラートで色々あったみてーだな。まぁ、それで俺もこっちに来て色々あったんだよ」


 そう言って、豪快に笑うリザ。


「リザが護衛に付いてくれるの?」


「おう、任せな!」


 背中の大剣が日の光を反射して輝く。相変わらず頼もしい姿だ。

 

「久しぶりですね、リザさん」


 アイが嬉しそうに微笑む。


「あぁ、すげー良い笑顔だな!」


 リザと会っていない期間で更にアイは感情表現を豊かにしていた。


 それから、少し話をしてみると、どうやらリザは、僕達に会いに魔大陸まで足を運んでくれたようだったのだが、偶然オグル族の里に着いたらしく、それならばと、戦闘に秀でた彼らと修行に励んでいたそうだ。そこで、ゲヴァルト族長に気に入られ、今に至るのだとか。実にリザらしい豪快な話だ。


「積もる話もあるとは思うが、そろそろ向かおう」


 ソピアさんが優しく言った。


 どうやら、迷宮区までの残りの道程は歩いて向かうらしい。


「ふむ、デカイ奴が来るのぅ」


 歩きはじめて数分。鼻をヒクつかせた、カルブ族長が言った。


「確かに、ジジィの言う通りだね。この臭いは、ゴブリンデーモンが五体ってとこかな〜?」


 カプリス族長がのんびりとそう言った、次の瞬間、少し遠くに、一度見た事のある、あの巨大なシルエットが見えた。


「よし、俺が三体やるぜ、マハトは二体頼む」


 リザはそう言うと、弾丸のように、真っ直ぐに敵の方角へと駆ける。


「おい、ちょっと待つべ、オラが三体だ!」


 その後を慌てて、追いかけるマハト。


 数秒後、少し距離のある場所から、こちらへと爆風が届く。


「オメェ、オラごと殺す気か!?」


 煤だらけの顔を手で拭いながらマハトが言った。


「あぁ、良いだろ? 角の力を使えばすぐ治るだろ?」


 黒い煙の中から出て来たリザが笑いながら喋っている。(えぐ)り取られた地面が彼女の豪快な戦闘を物語っている。戦闘と言うよりも蹂躙に近いかも知れない。


 それにしても、はやい。瞬く間に、ゴブリンデーモンの群れを倒してしまった。

 僕達が魔大陸に来たばかりの頃に遭遇した時は一体を倒すのがやっとだったのだが。

 心なしか隣のアンス王女が少し、悔しそうな表情を浮かべている。


 その後も、数回、魔物との戦闘が行われたが、そのどれもが、リザによる豪快な戦いによって終わりを告げた。それにしても、また一段と強くなった印象がある。


「ちょっとだけ、悔しいです」


 僕の思考に答えるかのように、アイが小さく呟く。


 僕らも全員、様々な経験を積み、以前よりも自力が上がっているのは間違いないが、煉獄姫の名は伊達では無いようだ。


「さて、ここからが本番だね」


 ソピアさんは何もない地面を指差し言った。


「え?」


「リリース」


 僕の短い疑問に答えるかのように、ソピアさんが唱えた。


 すると次の瞬間、先程まで何もなかった地面に、巨大な岩の扉が出現した。


「アリスの認識阻害さ。まぁ、彼女にとっては、人を軽く選別するお遊びだろうけれどね」


 ソピアさんが暴いた扉を、ゲヴァルト族長がこじ開ける。中には、巨大な階段が口を開けて待っている。


 ゲヴァルト族長とマハトを先頭にして、迷宮区に入っていく。リザの後ろについて、いよいよ僕が階段に足をのせる。


 靴裏に階段の硬い感触が伝わる瞬間、脳内に声が響く。


《やぁ、待ちくたびれたよ、哲也(フィロス)君、いや、新たな神よ》


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