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世界で唯一のフィロソファー  作者: 新月 望


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第七十七話『報告と動揺』

 昨日はあれから、意気投合した理沙と姉が、僕抜きで喫茶店に行ってしまった。残された僕は、当初の目的であった哲学書を借りて、一人黙々と読書に(いそ)しんだ。


 そして現在、僕はヘクセレイ族の里で、アリス・ステラが残した文献を読み漁っていた。どちらの世界の僕も文字列を追いかけてばかりだ。


「どうだい、フィロス君、何か進捗はあるかい?」


 文献が保管されている地下室の中、ソピアさんの問いかけが室内に響く。


「まぁ、収穫がないわけではないのですが、資料が所々なくなっていまして……」


 急にページがとぶ所があり、結論がわからない場合が多い。


「あぁ、これらは迷宮区から見つけ出したものを片っ端から書き写したのでね、まだ見つかっていないモノもあると思うよ」


 なるほど。そうなってくると、やはり、自分の足で迷宮区に入り、現物をこの目で確認したい。僕に起きている、この奇妙な現象への手がかりが見つかるかも知れない。


「やはり、アリス・ステラに関する情報は、彼女の残した迷宮区を探索するのが一番はやいのでしょうか?」


「いや、本当ならば、魔大陸の首都にある知恵の塔に行くのが一番なのだろうが、あそこはね……」


 珍しく、歯切れの悪いソピアさん。

 知恵の塔……。確か、魔大陸に連れて来られた時に、エオンさんの口から聞いたような記憶がある。


 そうして、知恵の塔について、質問をするか迷っていると、地下室の扉が激しくノックされた。


「先遣隊が帰ってきたようだ」


 ソピアさんには、ノックの主が分かっているらしい。


 ゆっくりと扉を開けるソピアさん。

 扉の先には、細身の身体に鎧を纏った、美しい女性の姿が。


「アリス・ステラの迷宮区調査について、報告があります」


 鎧姿の女性がよく通る声で言った。


「記憶の共有をしよう。一旦、上に行こう」


 ソピアさんの指示に従い、そのまま部屋を出てガラスの階段を登る。


 ガラス張りの吹き抜けのリビングでは、アンス王女、ラルム、アイが、仲良く談笑している。


「みんな、少し集まって貰えるかな」


 ソピアさんが全体に語りかけ、アンス王女達がこちらに近づいてくる。ソピアさんは一度頷き、報告に来た鎧姿の女性の額に自らの額を重ねる。


 すると次の瞬間、報告に来た女性の記憶と思わしき映像が、頭の中に流れてくる。



 そこは、仄暗い洞窟のような空間。周りには十人ほどの兵士らしき人達がいる。各々の身体的特徴から察するに、四種族合同で組まれた先遣隊のようだ。


 大小様々な足音が洞窟内に広がる。

 兵士達の慎重な足取りからも、緊張感が伝わってくる。等間隔に並ぶ薄暗く光るライトが距離感を鈍らせる。


 歩き始めて、五分程が経過しただろうか? 全員の足音が一斉に止んだ。


 なんだ……。この、異様な光景は……。

 視線の先には、大勢のアイがいた。いや、アイ達がいた……。銀色の髪に青色の瞳の少女達が静かにこちらを見ている。寸分違わぬ姿で並ぶ彼女達が、感情を感じさせない瞳で、ただひたすらにこちらを見ているのだ。

 ざっと見ただけでも二十人はいる……。


 そうして、三分程の膠着(こうちゃく)状態が続き、張り詰める緊張の中、ようやく、誰かが一歩を踏み出した。

 すると次の瞬間、その一歩を踏み出した者の首が跳ね、鮮血が宙を舞い、見知らぬ誰かの死を告げた。少女達の手には短いナイフが。その内の一人のナイフが赤黒く光っていた。あんな短いナイフで首を……。


 しかし、周りの対応は冷静だった。すぐ様、撤退を開始した先遣隊。迅速な対応だったのだろう。しかし、結果として、生き残った者は四名……。後ろに控えていた、それぞれの種族の連絡役だけが命を繋いだようだ。


 そこで記憶は終わっており、僕達の意識はガラスの部屋へと戻ってきた。


「なるほど、アリスの傀儡か……」


 深刻な表情で静かにそう言うソピアさん。


「たくさんの私がいました……」


 悲しげな表情で、床を見つめながら、アイが呟く。その声は震えていた。


 実際にあの光景を目の当たりした、鎧姿の女性は、アイを化け物でも見るかのように、怯えた表情で見つめている。


「どこにアイがいたって言うのよ? アイはもっと憎たらしくて、可愛いわよ!」


 凍りついた場の空気をアンス王女の言葉が溶かす。


「た、確かにそうですよね。そもそも、アイにはあそこまでの戦闘スキルはありませんし」


 主人として、迅速なフォローを入れる。


「マスター、それはそれで傷つきます……」


 さらに(うつむ)くアイ。しかし、先程の深刻そうな顔よりは、いくらか和らいだ気がする。


「やはり、この迷宮区攻略の鍵は君になりそうだね」


 真剣な表情でこちらを見つめるソピアさん。


「直接的な戦闘で、僕はあまり役に立ちませんよ?」


 自分で言っていて悲しくなる台詞だ。


「君は実際に、アイちゃんと良好な関係を築いているからね。ひょっとすれば、あの傀儡達もどうにか出来る可能性がある」


 ソピアさんが僕に問いかける。


「そんなのダメよ! さっきの記憶を見たでしょ? 危険すぎるわ」


 アンス王女が大きな声で反論する。


「先程の記憶を見て気づいたとは思うけれど、アリスの傀儡が襲ってきたのは、ある一定のラインを踏み越えた瞬間だった。だから、フィロス君には、そのラインの手前から、精神の同調を試してもらうのはどうだろう?」


 ソピアさんが順を追って説明する。


「それでも、フィロスが危険に晒されるのには、変わりないわ!」


 すぐさま、反論を重ねるアンス王女。


「フィロス君には腕利きの護衛もつけた上で、安全圏から試してもらう。それでも、無理だろうか?」


「わかりました。次の探索には僕も同行します」


「ちょっと、フィロス⁉︎」


「この件にはおそらく、僕とアイに関わる重要な情報が秘められています」


 リスクを取らなければ、手に入らないものもある。


「付いてくるな、なんて言わないわよね?」


 アンス王女が鋭い目つきで言った。


「言っても聞いてくれないのは、重々承知です。ですから、一番安全な位置で自分の命を最優先にして下さい」


「フィロスがちゃんと安全な位置にいればね?」


 その言葉はつまり、アンス王女の立ち位置は僕の隣であることを示していた。


「この件は私も無関係ではないと思う……」


 紫色の瞳を揺らし、ラルムが静かに呟く。

 

 彼女は自らの瞳に眠る謎を、知りたいのかも知れない。


「では、決まりだね。探索メンバーは十一人が限界、それ以上は増やせない。多種族との合意の上で慎重にメンバーを選出しよう。今すぐに伝令を飛ばしてくれ」


 決まるやいなや、鎧姿の女性に指示を出すソピアさん。


「あの、探索メンバーの人数を増やす事は出来ないのですか?」


 単純に、メンバーは多い方が良い気がするのだが。


「私が正確に意識を同調出来る限界の数が十名までなのさ。だから探索は私を含めた十一名で行う。これが、あの規模の迷宮区で統率の取れる限界の数字でもあるからね」


 なるほど、そう言った理由があったのか。


「あの、魔大陸の迷宮区に入るには、一定のギルドランクが必要なんですよね?」


 そもそも、ギルドランクを上げる為に合同会議の護衛を引き受けていたのだから。


「あぁ、それなら大丈夫さ。私はこれでも、ギルドに顔が利くからね」


 そう言って、優しく微笑むソピアさん。心なしか少し誇らしげな様子だ。


 ギルドにまで影響力があるとは、流石だ。

 最年長の族長は伊達ではないと言うことらしい。


「マスター、女性に対して、最年長と言う言葉はどうなのでしょう?」


 アイが心を読んで、余計な疑問を投げかける。


「ふふ、私の年齢が気になるかい?」


 年齢を感じさせない美しい笑顔でソピアさんがそう言った。

 

 心なしか、無言の圧力を感じる気がするが、これはひょっとすると、まだ見ぬ冒険への不安が押し寄せているだけなのかも知れない。そう言うことにしておこう。


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