第七十話『目的論』
「では、これより、亜人種合同族長会議を始める」
透き通る綺麗な声が円卓内に響き渡る。会議の進行を務めるのは、最年長のソピアさんのようだ。ついに四種族の会議が幕を開けた。場に流れる緊張感が僕の背筋を正す。
護衛の僕達は現在、円卓に腰掛けるカルブ族長の後ろに立っている。
「今回の議題は二つ。まず最初はコンコードの所有権について話し合おう」
ソピアさんが真剣な面持ちで話し始める。
事前にヴォルフさんから聞いていた情報によれば、コンコードとは、様々な資源が眠る、魔大陸でも有数の非常に有益な土地らしい。
四種族はコンコードの所有権を巡って、数十年前まで争ってきた。しかし、その争いは拮抗し、結果、どの種族にも多大な損害をもたらし、四種族全ての痛み分けで終わったらしい。
そしてコンコードという土地はどこの領土になるでもなく、野放しにされているという。
「うむ。一年おきに所有権を移転していくのはどうじゃろうか?」
カルブ族長が、長い髭に手を当てながら、口を開いた。
「一年もあれば、四種族のパワーバランスは崩れる。最初に手にした種族がそのまま勝ち逃げするに決まっている」
オグル族のゲヴァルト族長がつまらなさそうに言った。
「そうだね〜。それに、どっかの狸爺ならやりかねない」
猫耳をピンと張り詰めながら、マオ族のカプリス族長が言った。
「言うではないか小娘。お主らがコンコードを所有したところで、日がな一日、魚釣りをするだけではないのか?」
カルブ族長がカプリス族長に言い返す。
マオ族はククル族に対して敵対心のようなものを持っていると聞いてはいたが、どうやらそれは一方的なものではないようだ。お互い様なのだろう。
「やっぱり、話し合いじゃ、拉致があかねーか?」
ゲヴァルト族長が先程とは一変して、愉快そうに言った。やはり、オグル族の争いを好む性質が如実に表れている。
「皆さん、一旦落ち着きましょう。私にいい案があります。いや、私に案があるわけではないのですが」
ソピアさんが静かな声音で言った。
「相変わらず回りくどいやつだな。何が言いたいんだ?」
ゲヴァルト族長が少しいらつきながら言った。
「私達四種族だけで話し合っていても平行線なのは明白です。新たな視点を入れてみませんか?」
一瞬、ソピアさんの視線がこちらに向いた気がする。
「つまり、ど〜ゆ〜こと?」
カプリス族長が細長い尻尾を揺らしながら言った。
「フィロス君、君の意見を聞かせてはくれないか?」
ソピアさんが真っ直ぐな瞳を向けこちらに問いかけてきた。
「えっと、僕ですか?」
「あぁ、君は亜人種ではない普通の人間だからね。私達よりも客観的に現状を捉えているのじゃないかと思ってね」
ソピアさんが真っ直ぐにこちらを見つめながら言った。
「俺たちがなんで、そんなガキの話を聞かなきゃなんねーんだ?」
苛立ち混じりにゲヴァルト族長が言い放つ。
「そうだね〜。それに彼はククル族に雇われているんだろ? 操られてる可能性もあるよね?」
のんびりとした口調とは裏腹に、警戒心の強い発言をするカプリス族長。
「その点に関しては問題ありません。彼は操られてなどいません。それは私が保証します」
ソピアさんの良く通る美しい声がきっぱりと言い切る。
「ほぅ、ヘクセレイ族の長として、間違いはないのだな?」
ゲヴァルト族長が爛々と目を光らせながら言った。
「もちろん。族長として、一人の精神魔法師として、今の発言に偽りはない」
「わかった。お前のヘクセレイ族に対する誇りは信用に値する。話だけは聞いてやろう」
そう言って、ゲヴァルト族長はゆっくりと首肯した。
「じゃあ、お願いするよ」
涼しい顔で僕に話を振るソピアさん。
「フィロスと申します。僭越ながら、意見を述べさせていただきます」
本音を言うならば、大人しくしていたい所だが、僕が一番知りたい情報を握っているであろうソピアさんからのご指名をここで断るわけにはいかない。
「僕達は皆、人の話を聞く際には、自分の教養知識と経験してきた事柄のみで理解を示します。例えば、相手が正義とは何か? 悪とは何かと問いかけてきたとして、その時に僕達は必ず、自分が知っている範囲の知識でしか、正義と悪について考えることができない」
僕は慎重に言葉を選びながら語る。
「何が言いたい?」
ゲヴァルト族長が怪訝な表情でこちらを睨みつける。
「そうすると、二人の理解には差が生まれます。そしてこの差が溝となり、ズレや誤解を生む。これは同じ種族でさえ起き得る当たり前のことです。異種間での話し合いともなれば、尚のことです。そのズレや誤解が今度は争いを生みます」
なるべく刺激の少ない単語を選びながら、会話を進める。
「ほう、そこまで言うならお前には何か案があるのか?」
少しだけ興味を持ったのか、ゲヴァルト族長が前のめりになる。
「世界で一番綺麗な音色を奏でる笛があるとします。そして、この笛を欲しがる人が二人います。一人は、世界一の笛吹きです。二人目は大富豪のコレクターです。そしてこの大富豪のコレクターは世界一の笛吹きよりも莫大のお金を出すことが出来ます。そう言った場合、どちらの人が笛を手に入れるべきでしょうか」
急な僕の例え話に、皆が訝しげな表情を見せる。隣に立っているアンス王女は、僕の真意に気づいたのか、一人小さく頷いている。
「そんなもん、大富豪に決まってるだろ! 力を持っているやつが、全てを手にする。単純明快な理屈だ」
ゲヴァルト族長が鋭い眼光で言い放つ。
「では、どちらの方がその笛の価値を引き出せますか?」
新たな問いを投げかける僕。
「それは、笛吹きじゃろうな。笛の本来の目的は吹くことにあるのじゃから」
目の前に座るカルブ族長が、一瞬こちらを振り返り答えた。
「それに、みんながその演奏を聴けて、ハッピーだよね〜」
カプリス族長が気軽な調子で言う。
「僕もそう思います。そして、このコンコードを巡った論争にも、この考え方は当てはまるのではないでしょうか?」
円卓に座る四人の族長全員に問いかける僕。
「というと?」
ソピアさんが四人を代表するかのように反応した。
「ガラスの原料となる石灰の採掘権はガラス細工の技術に秀でたヘクセレイ族が所持するべきです。そうすれば、完成度の高いガラス製品が出回り、必然的に、他の多くの人達がその恩恵を授かります。それと同じように、鉄鉱石の採掘権は、金属の製品が盛んなオグル族。薬草が取れる森は、薬の生産が盛んなククル族。魚の取れる川は、魚の消費量が一番のマオ族が手にするべきだと思います」
事前に四種族の文化について、ヴォルフさんに教わっていたのが功を奏した。
「なるほど、それらの資源を各々の種族が加工して流通させれば全体の生産性も上がると言うことね」
ソピアさんが静かに頷く。
「四種族が牽制しあって、コンコードと言う土地そのものが使われないことが何よりの損失ですからね。この考え方が正解と言うつもりはありませんが、一意見として提示させていただきます」
これが無難な落とし所ではあると思う。
「さて、私はこの考えに賛成なのですが、皆さんはどうだろう?」
そう言ってソピアさんは円卓を見回す。
カルブ族長とカプリス族長が頷くなか、ゲヴァルト族長だけは不服そうな顔をしている。
「何か不満がありますか?」
ソピアさんがゲヴァルト族長に問いかける。
「理解はした。ただ性に合わない考えだと思っただけだ」
ゲヴァルト族長が短く言った。
「では、また争いを始めると? その場合、次は三対一ですよ?」
先程よりもワントーン低い声音でソピアさんが言った。
「いや、ここは信念よりも実を取ることが重要なこと位はわかっている」
そう言って渋々頷くゲヴァルト族長。
「では決まりですね。細かいことはもっと詰めていく必要はありますが、大まかな所は、先程の彼の意見を採用しましょう。では、いよいよ、もう一つの議題について話し合いましょうか」
ソピアさんのその言葉に神妙に頷くそれぞれの族長達。
少しの間を空けて、もう一度口を開くソピアさん。
「二つ目の議題、アリス・ステラの残した、迷宮区の攻略について」
ソピアさんの美しい声が響き渡り、先程までとは種類の異なる緊張感がこの場を支配するのを感じた。




