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世界で唯一のフィロソファー  作者: 新月 望


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第六十一話『好奇心』

 ヴォルフさんとシフォンとの散歩も終わり、一旦、僕はログハウスに戻ってきた。

 部屋の扉を開けると、まだ元気に質問し続けているセレネの姿とぐったりとした表情の三人の姿があった。


「フィロス、あとは、任せたわよ」


 そう言ってアンス王女は自分が借りている部屋へと戻って行った。ラルムもくたびれた様子で部屋を後にする。


「本当に外の世界の話は面白いわね! 次はフィロスの話を聞かせて!」


 セレネが目を輝かせながら、こちらに視線を向ける。

 

「うん、どんな話をしようか?」


 アンス王女とラルムの疲労具合から察するに、セレネの質問攻めは長くなりそうだ。

 僕がそんな覚悟を決めていると、僕の思考を読み取ったアイが小さく頷いている。


「フィロスはアンスに対して敬語だけれど、一体どんな関係性なの?」


 大きな瞳をパチパチさせながら僕に問いかけるセレネ。


「僕はアンス王女に雇われて学問を教えているから、関係性としては講師と生徒かつ使用人と雇い主かな?」


 改めて説明するとなると、なんだか不思議な関係性だな。


「どんな勉強を教えているの?」


「僕の故郷に伝わる、哲学って学問なんだけれど、聞いたことはないよね?」


「うん、知らない。どんな学問なの?」


 セレネの話を聞く姿勢から、彼女が好奇心旺盛なタイプであることが、わずか数回のやりとりで伝わってくる。


「じゃあ逆に僕から質問するけれど、セレネはなんで哲学という学問の内容が気になるんだい?」


 質問を投げ返す僕。


「うーん、聞き慣れない単語だし、村の外のことをたくさん知りたいの」


 犬耳をパタパタさせながら答えるセレネ。

 村の外どころか、違う世界の学問なんだけれど。


「では、なぜ村の外のことを知りたいの?」


 僕はまたも、問いかける。


「えっと、自分の知らない世界に触れられるから」


 少し間を開けてから、ゆっくりと考えながら口を開くセレネ。


「なら、自分の知らない世界に触れたいのはなぜ?」


 僕はしつこい位に質問を繰り返す。


「えっと、自分の中の知識が増えるから?」


 少し自信なさげな表情のセレネ。


「なんで、自分の中の知識を増やしたいの?」


「うーん……」


 繰り返される質問にセレネの返事が止まる。


「今のやりとりも哲学だよ」


「え?」


 僕の言葉に首を傾げるセレネ。


「あることをするのには別の目的があって、その目的を実行するのにはまた違う目的があったりして、そう言うことが延々と続くって考え方もあるんだよ」


 カントの言う他律的な考え方だ。


「なるほど、面白いわね! これがてつがく?」


 哲学のイントネーションがまだしっくりきていないセレネ。


「この考え方も哲学的な考え方の一部ではあるけれど、これはその、極々一部に過ぎなくて、他にも数え切れないほどの考え方が寄り集まって出来ているのが哲学かな?」


 哲学のことを何かの枠に入れて考えようとするのが無茶な気もするが、今はこんなところだろう。


「なんだかわかったようでわからないような不思議な感じがする。けど、楽しいわね!」


 村から出た事のないセレネだからこそ、知らない知識への欲望は誰よりも強いのかも知れない。それはある意味、哲学を学ぶ上では才能と言い換えることも出来る。



「それなら良かったよ」


 僕がそう返すと、すぐさまセレネも口を開く。


「じゃあ、おかえしに、面白いモノ見せてあげる。ついてきて!」


 セレネが勢いよく立ち上がりそのまま部屋から出て行く。僕とアイも置いて行かれないようにその後を追う。


 外に出て五分ほど歩いた所で彼女は足を止めた。そしてそのまま懐からオカリナに似た小さな笛を取り出し演奏を始めた。心地良い音色が森の中に響く。


「マスター、なんだか優しい音ですね」


 小さな切り株に腰をかけながら、そっと呟くアイ。


「あぁ、心にすっと入ってくるような音色だね」


 僕とアイはその心地良い音色に身を預けて、ゆっくりと目をつむる。


 そして、次に目蓋を開けた瞬間、そこには驚きの光景が広がっていた。セレネの周囲を小鳥達が飛んでいる。その鳥達は低空飛行でまわりながら、まるで航空ショーのように隊列を組み、彼女の吹く音色に合わせて飛んでいるのだ。その幻想的な空のショーはセレネの演奏が終わるまで続き、彼女が笛を仕舞ったのと同時に小鳥達は帰っていった。


「凄い! 今のはセレネが?」


 僕は感動のあまり、思わず声を張っていた。


「うん。笛の音色と精神魔法を合わせて使っているの。まぁ、あたしはこの魔法しか使えないんだけどね」


 少し照れた声音のセレネ。


「他の動物とかにも出来るの?」


 僕は続けざまに質問する。


「えぇ、出来るわ。でも、村の中の生き物でしか試したことはないけれど」


「すごいね、音の聞こえる範囲なら操れるの?」


 もしそうなら、とんでもなく広範囲の精神魔法が使えることになるが。


「うーん。あんまり考えたことなかったなぁ。あたしのイメージでは、操るわけじゃなくて、対話する感じかな?」


 今一つ要領を得ない説明だが、そのおおらかで独特の考え方が、先程の精神魔法を可能にしているのかも知れない。


 その後はセレネの質問攻めに付き合い、ノイラートで起きた事件や、今までに戦ってきた魔物の話などをした。僕が新しい話をするたびに、瞳を爛々と輝かせ、尻尾を大きく振り回すセレネ。そんなやりとりをしばらく続けていると、遠くから僕らを呼ぶ声が聞こえてきた。


「おーい、フィロス君、そろそろ会議が始まるから、族長の家に集合してくれ」


 ヴォルフさんが大きな声で叫んでいる。


「はーい、わかりました、今行きます!」


 僕はヴォルフさんに返事をして、族長の家に向かって歩き出す。


「もうちょっと話していたかったなぁ〜」


 セレネが残念そうに言う。

 ある意味この子の集中力は驚異的だ。昼間の太陽が沈み、夜の月がはっきりと見え始める時間までずっと話を続けていたのだから。


 僕達は月明かりが煌々と照らす細長い道を小走りで進む。


 この村に来た本当の目的がいよいよ始まろうとしている。適度な緊張感を持ちながらも、頭の中はとてもクリアだ。セレネとの会話がいいウォーミングアップになったのかも知れない。


「さぁ、入って」


 ヴォルフさんの優しい声に導かれるようにして、僕は再び、族長の家へと足を踏み入れる。


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