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世界で唯一のフィロソファー  作者: 新月 望


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第五十七話『依頼と再会』

 魔大陸にたどり着いてから一カ月と数週間が過ぎた。

 あれから、ウェスタ王女と別れた僕達は、魔大陸での生活を安定させる為、ギルドランクの上昇を目指し、いくつかの依頼をこなしていた。

 それに、僕の個人的な要件ではあるが、アリス・ステラの情報を集めるには高難度の迷宮区を探索する必要があり、その為には今よりも高いギルドランクが必要であった。


「うーん、そろそろ、派手な依頼を受けたいわね」


 アンス王女が依頼内容の書かれた紙が大量に貼り出されている掲示板の前で腕組みをしながら唸っている。


「護衛の依頼なんかもあるんですね」


 僕は掲示板に貼られた一枚の依頼用紙を指差しながら言った。


「ククル族の(おさ)の護衛?」


 アイが首を傾げながら読み上げる。


「ククル族と言えば、シフォンとヴォルフさんもそうだったわよね?」


 アンス王女が記憶をたぐりながら話す。

 確かに、ヴォルフさんがそんなことを言っていた記憶がある。あの犬耳の一族は総じて、ククル族と呼ばれていたはずだ。


「この依頼受けませんか?」


 シフォンやヴォルフさん達の一族の長が一体どのような人なのかにも興味はあるし、ひょっとすると新たな出会いが待っているかも知れない。


「耳ですか?」


 じーっと、僕を見つめながら、ボソッと呟くアイ。彼女の言葉に、勢いよく反応するアンス王女。


「ちょっと、フィロス! 私情なの!?」


「ち、違いますよ。ただ、どの道、依頼を受けるなら、少しでも僕達と関連性のある物がいいかと思いまして」


 確かに、頭の中にピョコピョコ動く耳と、モフモフの尾がチラつかなかったと言えば嘘にはなるが……。


 アイとラルムから無言の圧力を感じる……。


「なんだか釈然としないけれど、まぁ、一理あるわね」


 そう言ってアンス王女は掲示板の依頼用紙を剥がし、受付へと持っていった。


「あら、次はこの依頼を受けるのね」


 僕達のギルド入会試験を担当してくれた、受付嬢のミレアさんが優しい声音でアンス王女へと語りかける。


「えぇ、フィロスの強い希望でね」


 心なしか語気が荒いアンス王女。


「あら、これはヴォルフを通してククル族がギルドに申し込んだ依頼よ。貴方達なら適任かもね」


 そう言って、依頼の手続きを始めるミレアさん。しばらく待っていると、彼女の操るペン先が止まり、手続きの書類が完成したようだ。


「この書類を持って、地図に書かれた村にまで行ってちょうだい。詳しい依頼内容は依頼主から聞いてね」


 そう言って、数枚の書類を手渡してくれるミレアさん。それらの書類を数日前に購入した背中の鞄へと丁寧に仕舞う僕。書類の紙の質も、鞄の作りも、ノイラートの物に比べるといささか見劣りする物であったが、充分に使える範囲の物である。


「じゃあ、行きますか!」


 とりあえずの方針も決まったことだし、気合いを入れる意味も込めて、僕は勢いよく声をかける。


 * * *


 ギルドを出発して二時間近くが経過した。現在僕達は、ギルドが運営している馬車の荷台で揺られている。村の近くまでは馬車で行き、そこからは地図をもとに徒歩で向かう手筈だ。


「ねぇ、フィロス。なぜ私達はこの依頼を受けたのかしらね?」


 馬車に揺られながら、改めて問い直してくるアンス王女。


「それは、先ほども言いましたが、他の依頼よりも少しだけ、僕たちに関わりのある情報が含まれていたからです」


 僕は再度確認をする。


「そうなんだけど、その、そうじゃないのよ」


 珍しく歯切れの悪い言葉を口にするアンス王女。


「アンス王女は遠近法という言葉はご存知ですか?」


 僕は一見すると的外れのような質問を投げかける。


「絵を描くときの基礎的な手法よね? 現実の距離感を平面であるキャンバスに表現するための」


「そうですね。遠くのものは小さく、近くのものは大きく描く手法のことです。でも、それは絵に限った話ではないのです」


 僕がゆっくりとそう言うと、正面に座るアンス王女は興味深げに身を乗り出し、アンス王女の隣に座っているラルムと、僕の横にいるアイも、真剣な表情で話を聞いていた。


「どう言うこと?」


 首を傾げながら、話の続きを促すアンス王女。


「人間の認識方法にも、遠近法は取り入れられています」


 僕の発言に、無言で首肯する三人。


「自分に関連がある事柄は近くに見えるものだし、反対に、興味が薄く、関わらなくてもよいと感じたものは遠くに見えるものなんです。あくまでも意識の感覚的な話ではありますが」


 この考え方はニーチェの受け売りだが、人間の本質の一部を見事に言い表しているように思える。

 皆一様にエゴイスト的な一面を持ち合わせているのだ。


「つまり、マスターはあのモフモフな耳に興味がある故に、この依頼を他の依頼よりも近くに認識したと言うことですね」


 アイが淡々と語る。

 あれ? そんな話の流れでは無かったはずだが……。それにしても、アイも成長したものだ。今では僕に対論をぶつけてくる程に。


 僕がそんな考えに思いを馳せながら、冷や汗をかいていると、馬車の動きが止まり、荷台の揺れが止んだ。


「あ、ありがとうございます。ここから先は歩きますので」


 僕は馬車を運転してくれた御者に礼を述べ、素早く外に出た。


「話が有耶無耶になりましたが、あれが私達の目指す村であっていますか?」


 アイが遠くに見える集落を指差して言った。


「そうね、ひとまずは注意しながら進みましょうか」


 馬車がここまでしか進めないのは、ここから先の道程には魔物が出るからだそうだ。


 歩くこと数十分、周囲はいつの間にか木々で覆われている。枝と枝とが触れ合う音が妙な緊張感を生んでいる。ざわざわと梢が揺らぐたびに、アイが警戒態勢に入っていた。


「十メートル程先の木々に敵意の色がみえる……」


 ラルムが僕らに警戒を促す。


「おそらく、トレントね」


 アンス王女が少し先に待ち受ける魔物の正体に心あたりがあるようだ。


「たしか、森の中で木々に擬態して通りかかった人間を襲う魔物でしたよね?」


 僕は本で得た知識を思い出しながら、確認をする。ラルムがいると、このように、不意打ちを受ける心配が大幅に減るので、移動の際の気持ちへの負担が楽になるのだ。


「えぇ、でも、はじめから正体がわかっていれば戦闘力はゴブリン以下よ」


 そう言って、腰からレイピアを引き抜くアンス王女。レイピアの刀身が木々の隙間から入る日の光を浴びて怪しく光った瞬間、アンス王女の姿が掻き消えた。


 すると次の瞬間には、目にも止まらぬ連撃によって、二本の木々が粉々になっていた。植物が鳴らすはずのない激しい断末魔から、その木々達が魔物であったことが証明された。


「流石ですね、アンス王女」


 僕がそう言うと、不服そうに首を捻るアンス王女。


「いや、ダメよ。まだ、あの速さには届かない……」


 きっとアンス王女は、ウェスタ王女のあの烈火の如く激しい圧倒的な戦いぶりを思い出しているのだろう……。

 上昇思考の強いアンス王女はあれから、毎日訓練に余念がない。


「マスター、村はすぐそこですね」


 古びた木造の家々を指差しながら、アイがみんなに語りかける。


 アイの一言をきっかけに、駆け足になる僕ら。


 * * *


 森の木々達に囲まれた木造の小さな家が等間隔で並んでいる。そうして、僕らが、目的地までたどり着くと、意外な人物が僕達を出迎えてくれた。


「やぁ、一カ月ぶりですね、フィロス君」


 そこには、狼のような耳がトレードマークのヴォルフさんの姿があった。


「フィロスお兄ちゃん!」


 父の背に隠れていたシフォンが僕の姿を見つけるやいなや、トタトタと駆け寄ってくる。じゃれてくるシフォンの尻尾は右に左にごきげんに揺れている。


「まさか、依頼を受けてくれたのが、フィロス君達とは思いませんでした」


 ヴォルフさんが驚きながらも、優しい笑顔を浮かべている。


「僕達もまた会えて嬉しいです」


 じゃれてくるシフォンの犬耳を優しく撫でながら、返事をする僕。


「詳しい事情は中で説明します。どうぞお入りください」


 そう言ってヴォルフさんが僕らを家の中へと案内してくれる。


 父の背を追ってトコトコ歩くシフォンの尻尾を目で追いながら、僕らも中へと足を踏み入れる。


「やっぱり私も尻尾つけます」


 アイが僕の隣で小さく呟いたことは聞こえなかったことにしよう。


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