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世界で唯一のフィロソファー  作者: 新月 望


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第四十二話『激動』

 ラルムの驚異的な予測力とアンス王女の目にも留まらぬスピードに、僕とアイの連携が噛み合い、囲まれて二分、何とか戦線を持ちこたえられている。しかし、このバランスも正直、あと一分が限界だ。哲学を利用した魔法も流石にこの人数の足止めは不可能。正に絶対絶命と言える状況だ。


 ラルムに迫る斬撃をアイの拳で弾く。

 しかしその瞬間、僕の守りが手薄になった所を狙いすましたかのように、一本の刃が首筋に迫る。アンス王女も他の敵を抑えるので手一杯のようだ。

 首筋に迫る死の匂いからは逃げられそうにない。あぁ、このまま死ねば僕はどうなるのだろうか。この世界の僕は消え、あちらの世界に戻るだけなのか。それとも二度と目覚めずにどちらの僕も死ぬのだろうか。

 そんな思考が瞬間的に僕の脳内を駆け巡った。


 しかし、待てど暮らせど、その瞬間は訪れない。気になって目を開けるとそこには、予想だにしない人物がいた。


「やぁ、久しぶりだね、フィロス君」


 そこには、女性のような長く美しい髪を背中にまで流した、ノイラート最強の騎士、エオン・アルジャンが立っていた。いや、今はもう裏切りの騎士と呼ぶべきか?

 彼は微笑みを浮かべながらも、次々と敵の首を地に落とす。

 敵兵の一人が震えながら最強の男に語りかける。


「き、貴様なぜ? 牢獄にいるはずだろ!」


 敵の震えは止まらない。


「私をあんなオモチャの部屋に閉じ込めておくのは不可能だよ。料理も口に合わないしね?」


 そう言って彼は、質問の答えと同時に死を与えた。


「さて、茶番は終わらせよう。シェイネ頼むよ」


 周囲の木々が激しく揺れはじめた。


「そ、そんなまさか……」


 ラルムが紫色の瞳を大きく開き、驚きの表情を浮かべている。


 ラルムの視線の先のはるか上空。そこには巨大な何かが空を飛んでいた。赤い体に黒い翼。口から覗かせるのは巨大過ぎる牙。その口から発せられた咆哮は、その場全ての人間を威圧している。中には音の衝撃だけで意識を失った者もいる。


「ま、まさか、ど、ドラゴン?」


 僕は恐る恐るその伝説の生物の名を口にした。はっきり言って規格外だ。ワイバーンなどとは比べるべくもない風格だ。

 そしてその背には、一人の女性が乗っている。


「久しぶりね、坊や」


 上空から艶のある声が僕に話しかける。香りを使った精神魔法で僕を苦しめた、シェイネさんの姿が龍の背に見える。


「なぜ、ここに?」


 恐る恐る僕が問いかけると、蠱惑的な笑みを浮かべつつ、彼女は答えた。


「私の監視を男に任せるなんて、脱獄して下さいって言っているようなものよ」


 そう言ってウィンクを決めるシェイネさん。


「シェイネ、香りによる赤龍の支配はあと何分程続く?」


 エオンさんがシェイネさんに問いかける。


「この子は鼻が効くからね。あと二時間は大丈夫よ」


 なるほど、この赤龍と呼ばれる龍は彼女の嗅覚を刺激する精神魔法で支配されているわけだ。


「よし、じゃあブレスを頼む」


 そう言ってエオンさんは目にも止まらぬ速度で消え去り、僕を左にラルムを右に抱えて赤龍の上に飛び乗る。

 危険を察知したのか、アンス王女もとっさにアイを抱えてこちらへ飛び込んできた。


 全員が龍の背に乗った瞬間、龍の口が大きく開き、口内が真っ赤に輝き、灼熱の炎を吐きだした。

 先程まで僕達がいた場所は、一面炎に包まれた。

 当然、白の仮面の軍団は跡形もなく灰と化した。


「フィロス君、君は今から私達と一緒に魔大陸に来てもらうよ? どのみちこの国に残っても殺されるだけだ。少なくとも私達は君に危害は加えない」


 あまりに怒涛の展開に僕の思考はパンク寸前だ。


「この人、嘘はついていないみたい……」


 ラルムが小さな声でそう言った。


「なるほど、寵愛を受けているのだね」


 エオンさんが、ラルムの瞳に視線をやり、小さくつぶやいた。


「あ、あの、僕はこのまま魔大陸に亡命と言う形で構わないのですが、他の三人は安全な地帯で降ろして貰えませんか」


 このまま、なし崩し的に巻き込むことは避けねばならない。


「もう近々この国に安全な場所はなくなるさ、いや、イデア全体かな? まぁ、どのみちそこの少女三人達は君を置いて帰る気など毛頭ないようだけれどね」


 エオンさんはそう言って、アイ、アンス王女、ラルムの順に見た。

 

「私はマスターなしでは、文字通り生きてはいけません。私が起動した時から、私の運命はマスターと共にあります」


 アイは小さく頷き、そう口にする。


「今度は私が助ける番よ、それにフィロスがいなくなったら、誰が私に哲学を教えるのよ?」


 頬をほんのり赤らめながら、力強い言葉を発するアンス王女。


「フィロス君が色をなくしたら、私の色が必要になると思う。だから、一緒にいてもいいかな……」


 物腰は控えめながらも強い意志を感じさせるラルムの瞳。


 三人の意思は固いもののようだ。


「ありがとう」


 肝心な時に気の利いた言葉が出てこないのは僕のダメな所だろう。


「よし、シェイネ、スピードを上げてくれ」


 エオンさんの合図で、龍の羽ばたきが加速する。龍の背が大きく揺れ、バランスを崩しかけた僕とラルム。僕の背をアイが支え、ラルムの体はアンス王女がしっかりと抱きとめていた。


 雲を切り裂き進んでいく。上空からノイラートの景色を見る日が来るとは考えもしなかった。あっと言う間に王都が視界から消え去り、次に見えてきたのはヴェルメリオ王国だ。


「シェイネ、ヴェルメリオの王都にある要塞の上空は横切らないでくれよ。下手をすれば撃ち落とされるからね」


 エオンさんが珍しく警戒した表情を見せる。

 確かに、リザ達が住んでいるヴェルメリオ王の要塞にはいくつもの砲台が設置されていた記憶がある。


 ヴェルメリオの王都上空を迂回して飛行する僕達。


 その先の海を渡り、視界では捉えきれない程の巨大な大陸が姿を見せはじめた。

 夕日が沈みはじめており、真っ赤な大地に暗闇が混じり合っている。

 この景色は鮮烈だ。鮮やかでありながらもどこか恐怖を与えてくる。


「どうだいフィロス君、これが魔大陸さ」


 視界いっぱいに広がる大陸を指差し僕に問いかけるエオンさん。


「あ、あの中央にそびえ立つ塔のようなものはなんですか?」


 大陸の中央に立つ、この世界にとっては少々異質とも言える建物が遠くのこの空からでも見える。塔というよりかはビルのイメージに近いだろう。だからこそ、この世界からは、ぽっかり浮いて見えるのだ。


「あれは、魔大陸の首都、ミレトスにある、知恵の塔だよ。君達は今からあそこを目指すのさ」


 エオンさんが、含みのある言い方で語った。


「君達? 今からこのまま、全員で向かうのではないのですか?」


 僕が当然の疑問を口にした。


「いいや、予定を前倒ししたからね。フィロス君の眼がまだ、未完成なのさ」


 エオンさんの謎の言葉と共に龍がゆっくりと高度を下げた。


「じゃあ、ここからは坊や達の力だけであそこを目指してね」


 シェイネさんが龍を着陸させ、エオンさんがゆっくりと頷き、僕達四人を大地へと解放する。


「僕達があの塔を目指すとは限りませんよ?」


 僕が試すようにそう言うと、エオンさんは不敵な笑みを浮かべてこう返した。


「いいや、君達は必ずあの塔へ向かうことになるよ。それは決定された未来だ」


 そこまで言う根拠がどこにあるのだろうか、発言の真意どころか、その断片すらも掴めない僕であった。

 僕がそのまま、無言で押し黙っていると、エオンさんがまた口を開いた。


「またね」


 たった三文字と膨大な謎を残してエオンさんとシェイネさんは飛び去っていった……。


 くそ、訳がわからない。少しでもいいから、僕が理解出来る範囲の情報が欲しかった。

 僕が思考の海に身を沈めていると、アンス王女が口を開いた。


「まずは情報ね。こうしてぼけっとしていても、魔物の餌になるだけよ」


 そう言ってアンス王女は、いつの間にか近づいてきていたゴブリンの首をはねる。

 

 その行為が呼び水となったかのように、ゴブリンの群れが七匹程姿を見せた。

 群れの中央には見たこともない程の大きなゴブリンがいた。いや、ゴブリンなのか? その見た目からは普通のゴブリンのような弱々しさは微塵も感じないのだが。


「気をつけて! ゴブリンデーモンよ」


 続けざまにアンス王女が皆に忠告する。


「マスター、指示を!」


 アイがこちらに顔を向ける。


「まずは周りのゴブリンを減らしましょう。アンス王女は右から仕掛けて下さい。アイは左からいくよ」


 アンス王女は大きく頷くと、猛烈なダッシュでゴブリンデーモンの取り巻きである右側のゴブリン達に斬りかかる。

 それに合わせてアイへの指示をおくる僕。

 アンス王女のタイミングに少し遅れて左の取り巻きを相手取るアイ。


 アンス王女が右側の二体のゴブリンを貫き、アイが左側の一体を殴り飛ばした。

 取り巻きの数は残り三体。順調に思えた戦いだったが、そこで、ゴブリンデーモンと呼ばれる群れのボスが、動物の骨と思しき武器を振り上げ、アイへと振り下ろす。

 しかしそれを寸での所でラルムの精神魔法が食い止める。その隙にアイを武器の軌道から外れるよう後退させた。

 その間にもアンス王女は冷静に残りの取り巻きを全て串刺しにしていた。


「さ、流石です……」


 アンス王女のあまりにも冷静かつ俊敏な立ち回りに思わず言葉を漏らす僕。


「これからが、本番よ」


 ゴブリンデーモンの、体格に似合わぬ俊敏な攻撃を紙一重のタイミングでさけつつ、反撃のタイミングをうかがうアンス王女。


〈アイ、攻撃のパターンは学習したか?〉


 僕がアイに思考を送ると、アイは小さく頷いた。

 アンス王女が稼いだ時間でアイが敵の動きを学習したようだ。


「トレース!」


 僕はアイへの指示をやめ、ラルムと意識の同調をはじめた。僕とラルムの二人分の精神魔法がゴブリンデーモンの動きをしっかりと停止させた。

 その隙にアンス王女が怒涛の連撃を打ち込み、アイが助走をつけた回し蹴りを敵の腹に決める。敵の足はふらついており、今にも倒れそうだが、最後の悪あがきかのように、握りしめた骨の棍棒をアイへと振り下ろす。

 しかし、その動きはもう学習済みだ。アイは華麗なステップで攻撃を避け、その勢いのままに拳を振るった。

 その顔面への一撃が最後となり、ゴブリンデーモンは地に伏した。


「やりました、マスター」


 アイが緊張感の欠ける平坦な声で言った。


「なんとかなったわね」


 額にうっすらと浮かぶ汗を拭いながらアンス王女がそう言った。


「あちらに、町の明かりが見えます……」


 ラルムが静かに口を開いた。気がつけば、あたりはすっかり闇に覆われており、遠くに人工の光が灯ってみえる。


「じゃあ、まずは今夜の寝床を目指しますか」


 僕がそう言うと、アンス王女がこう答えた。


「そうね、夜が深まれば魔物もより活性化するしね。でもその前にこれね!」


 アンス王女がおもむろにゴブリンデーモンの死体へと近づき、その口の中の大きな牙を一本引き抜いた。


「えっ! 何やってるんですか!?」


 僕が驚きながらそう言うと、当たり前のことのようにアンス王女がこう答えた。


「今日の宿屋代よ。バールが前に、ゴブリンデーモンの牙は高く売れると言っていたから」


 アンス王女の言葉を聞いたアイも死体へと近づき、無表情で牙を引っこ抜いた。血が飛び散るが、アイの青いドレスはしっかりと血を弾いていた。


「マスター、抜けました」


 この二人、頼もし過ぎる……。


「え、あの、その……」


 唯一少女らしい反応をみせるラルム。瞳の色が次々に変化している。そうとう動揺しているのだろう。

 もちろん僕も、牙を引っこ抜くまでの度胸はなかった。


 その後は、数匹の普通のゴブリンと対峙しただけで、無事に町へと辿りついた。


 魔大陸と言う語感から、てっきり人はあまりいないイメージがあったが、そんなこともないようだった。町の中は活気に満ちており、露天商が商売を開いている。

 しかし、何よりも驚く点はそこではない。

 いるのだ! 耳を生やした少女やら、トカゲの尻尾をぶら下げたまま歩く男の姿が。


 僕があまりの衝撃に絶句しているとアンス王女が説明をしてくれた。


 アリス・ステラの研究が色濃く残る魔大陸では、こうした亜人と呼ばれる人たちが普通に生活をしていると言う。ノイラートやヴェルメリオで彼らを見かけなかった最大の理由は、魔大陸以外には亜人への差別意識がとても強く根付いているからだそうだ……。他の土地で暮らす亜人も中にはいるらしいが極わずかだと言う。


 それから町を探索し、アンス王女とアイが運んできた牙をある露天商で買い取ってもらうことにした。鼠のような耳を生やした怪しい男の店主が、最初は値段を安くつけてきたのだが、ラルムがその嘘を見破り、アンス王女がレイピアに手を添えると、適切な値段で買い取ってもらえた。

 こうして、魔大陸の金貨を手にした僕達は今夜の寝床を探した。しかし、どこの宿屋も満室で、見つかったのは、天井に穴が空いている埃っぽい小さな部屋が一つ。

 煌びやかな宮殿暮らしが当たり前だったアンス王女にはさぞかしきつかろうと思い、ゆっくりとアンス王女の表情を盗み見る。


「こんな経験はじめてだわ! 小さな部屋に四人で集まって寝るなんて……。楽しいわね!」


 アンス王女が持ち前のポジティブさを発揮していた。


「マスターがいるならば、場所は関係ありません」


 淡々とアイが言う。

 それに続き、ラルムが口を開く。


「ちょっとワクワクする……」


 黄色の瞳を輝かせながらラルムが言った。



 なんだか、三人の言葉を聞いていると、今朝から張り詰めていた気持ちが少しだけ軽くなった気がする。

 宿屋から貸し出されたボロボロの布を敷き、横になると、予想通りの感触が背中に伝わり、痛いのだが、皆で川の字に並ぶと不思議な安心感がある。

 

 背中の冷たい感触と心に感じるぬくもりを抱きしめて、僕はゆっくりと目蓋を閉じた。

 

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