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世界で唯一のフィロソファー  作者: 新月 望


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第三十九話『オープンキャンパス』

 スマートフォンが小刻みに震え、メールの着信を告げる。

 机の上のスマホを手に取り画面を覗く。どうやら、井上教授からのメールのようだ。 文面には一言、『今日はよろしく』とだけ書かれていた。この短さは僕への信頼の証として受け取ればいいのか?


 今日はうちの大学でオープンキャンパスが開かれる。様々な高校から多くの生徒達が見学に来るのだ。

 本当であれば、論文を貸すだけで、僕は休みを満喫する予定だったのだが、教授の頼みで、学生代表としてスピーチをすることになった。


 僕はまとめてあった原稿用紙を鞄に入れ、自宅を出た。


 オープンキャンパスは朝から行なわれる為、ちょうど通勤ラッシュと被ってしまった。八時台の総武線は缶詰め状態だ。


 電車が不規則に揺れるたびに、見知らぬ人の肘やら肩とぶつかる。これでは、パーソナルスペースなどあったものではない。都会の不思議な所は、パーソナルスペースが確保出来ないわりには、皆一様によそよそしいことだ。コンクリートジャングルに広がる悲しい習性なのだろう。


 電車が止まり、狭苦しい車内から解き放たれる。外の空気が心地よい。


 駅からの道程は、今日のスピーチ内容について頭の中で復習しながら歩いた。


 少し早く大学に着いたので、図書館で時間を潰してから講堂へと向かった。


 講堂内には、僕の想像よりもはるかに多くの高校生達が集まっていた。この中でスピーチをするのか。少しばかり緊張する。


 見知らぬ先輩のスピーチが終わり、僕の番がまわってきた。

 一度全体に軽い挨拶を済ませると、思いの外、口は達者に動きはじめた。これはノイラートでの講師の経験が活きているのだろう。結局最後まで言葉に詰まるシーンはなかった。


 スピーチの内容としては、人工知能の起源、哲学者が考えるAIへのアプローチ、そして最後に人工知能が人間を超えた場合について語った。要するに、人工知能の面白味の強い部分だけをすくいとったダイジェスト版だ。あまり濃い内容ではないが、わかりやすい分、聞き手の反応は良かったように思える。


 スピーチが終わり、井上教授からの賛辞を受け取ると役目の終えた僕は講堂を後にした。

 すると、僕が出てくるのを待っていたのだろうか? 見知らぬ高校の制服に身を包む、小さな女の子が話しかけてきた。


「逢沢凛と言います。先輩のスピーチ、とても面白かったです!」


 小さな体の割にパワフルな喋り方をする子だ。短く切り揃えてある襟足がバサッと揺れた。


「そうだね、為になるというよりは面白味を重視したかも知れない」


 僕は複雑な心境でそう答えた。


「先輩の書いた論文の内容自体はもっと難しかったですもんね」


 あれ? 今日は結局、僕が直でスピーチを行なったから、論文自体は配布していないはずだが。


「どうして論文の内容を?」


「ネットに掲載されていましたので」


 そう言えば、教授が載せると言っていたような気がする。


「君はわざわざ調べたのかい?」


 こう言っては何だが、あまりこの手の話に興味があるようには見えないのだが。


「凛と呼んでください」


「失礼、凛さんはわざわざ調べたのかい?」


「凛と呼んでください」


 なるほど、さん付けも許さないと。この子は意外に強情かも知れない。


「凛はわざわざ調べたのかい?」


 わざわざをわざわざ言い直す羽目になるとは。


「はい! 先輩が書いた論文は全部読ませて貰ってます!」


 やっと返事をくれた……。それにしてもなぜ有名でもない一般大学生の論文を読むのだろう。


「なんで僕の論文を?」


 理由が見当たらない。


「覚えてませんか?」


 彼女が逆に問いかけてくる。


「ごめん、なんのことやら」


「ですよね。良かった」


 そう言って満面の笑みを見せる凛。何が良かったのだろう?


 その後も、何度か探ってみたが、その都度、上手く流されてしまった。

 見た目のゆるさに反して、中々に手強い。


 僕が年下の女子高生に手こずっていると、遠くから井上教授に呼ばれた。


「あぁ、ごめん、行かなくちゃ」


「いえ、こちらこそ急に話しかけてしまい、すみませんでした。では、今度は春にお会いしましょう!」


 凛はそう言って、満面の笑みで手を振った。

 次会うのが春ということは、うちに進路を決めたのだろう。決め手が僕のスピーチだったとは限らないが、悪い気はしなかった。

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