第三十五話『ぬくもり』
ワイバーン討伐から数日が過ぎた。僕とアイとリザの三人は現在、国からワイバーン討伐の報酬として受け取ったお金を握りしめ、ヴェルメリオの中心部に買い物に来ていた。
「フィロスは何を買うつもりなんだ?」
朝から上機嫌なリザが僕に問いかける。
「とりあえずは、アイの着替えを買わないとだね」
アイは汗をかくことのない体だが、外を歩いているだけでも服は汚れるものだ。
それに、ワイバーン討伐の功労者であるアイの為にお金を使うのは当然の流れだ。
とは言っても、普通の服を取り扱っている店を探すのが困難な状況だった。ヴェルメリオの多くの店は、武具を取り扱っている店が多く、服というよりかは、甲冑や鎧などの防具と呼ばれるような類の物ばかりが目立つ。
「マスター、私は防具でも構いません。むしろ実用性があってよいのではないですか?」
アイが淡々と話す。
「そもそも、鎧の類だとアイに合うサイズはねーだろ。一応、俺の行きつけの店があるから、覗いてみるか?」
リザの提案にのり、彼女の行きつけの店へと向かう。
道行く人達がリザに手を振る光景にももう慣れたものだ。その度にリザは足を止め、人々の話を聞く。分け隔てなく人と接することを当たり前のように出来る王女。自然と人々が集まるのも納得である。そんなやりとりを数回繰り返したのち、僕達は目的の店に辿り着いた。
ヴェルメリオでは珍しい木造建ての小さなお店のようだ。リザが、躊躇なくお店の扉を開け、中へと入っていく。
店内には、ハーブの香りがふんわりと漂い、心なしか、気持ちが落ち着くようだ。
「あら、リザちゃん、久しぶりね」
店主らしき女性がゆっくりと話しかけてきた。
「おぅ! 今日はコイツの服が欲しくてな!」
そういって、アイの方を向くリザ。
「まぁ、可愛らしい兄妹ね」
僕とアイの方に視線を移し、女性店主は顔を綻ばせながらそう言った。
はたから見れば僕らはやはり兄妹に見えるのだろうか? まぁ、わざわざ説明をする必要も無いのだから、この場はそういうことにしておこう。
「すみませんが、この子に合うサイズの服はありますか?」
僕が店主に話しかける。
「そうね、あまり種類はないけれど、これなんてどうかしら?」
そう言って女性店主が手にしたのは、小さなサイズの青色のワンピースだった。
鮮やかなブルーが印象的でアイの瞳とも相まってよく似合いそうだ。
「ありがとうございます。マスター」
僕の思考を読み取ったアイがそう言うと、女性店主が少しだけ不思議そうな顔をした。
〈アイ、店の中では僕の思考に返事をするのは無しだ。怪しまれるからね〉
僕の思考を読み取ったアイは無言で小さく頷いた。
「試着してみてもよろしいでしょうか?」
アイが店主に問いかける。
「えぇ、もちろん」
女性店主はそう言うと、アイを試着室に連れていく。それから数分後、青のワンピースを纏ったアイが試着室のカーテンを開けて姿を見せた。
深い青色の生地が、アイの白い肌を際立たせており、これ以上ないくらいに似合っている。
本人も数回小さく頷き、お気に召したようだ。
「決まりだね」
リザのお墨付きも貰ったことだし、アイの着てきた服は袋に入れてもらい、ワンピース姿のままお店を出ることにした。
「ありがとうございました、マスター」
店を出てすぐに頭を深くさげるアイ。
「うん、いい服が見つかって良かったよ。それにしても、リザがこの系統の服屋さんを行きつけにしているのは意外だね」
「まぁな、ここの服の素材は特別性だし、全て特殊な加工がされているからな」
パッと見た感じでは可愛らしい普通のワンピースに見えるが。
「生地の繊維に竜の鱗を編み込んであるんだぜ? だからかなり丈夫だし、多少の汚れは弾くように出来てる」
なるほど、会計時には一瞬冷やっとしたが、そう言う仕掛けがあったのか、それなら納得だ。いや、むしろ安い位なのだろう。
「実用性重視のリザが愛用するわけだね」
「あぁ、魔物の返り血も弾くからな」
「それはとても便利ですね」
リザの発言に深く同意するアイ。
少女二人が服を選ぶ基準としては少々物騒ではあるものの、本人達が満足ならそれが一番なのだろう。
その後は、リザが訓練用に使っているという剣を数本買いに行き、僕は道中で通った店で、目にとまった気になる魔道具を数点買い、今日の買い物は終了した。
帰りの馬車の中で、リザが僕に大きな紙袋を手渡した。
「はい、これやるよ!」
リザが勢いよく僕に袋を押し付ける。
「え? これは?」
「開けてみろよ」
リザの言葉に従い、袋を開けるとそこには、アイのワンピースと同じ色の青いローブが折りたたまれていた。
「僕に?」
「フィロスがワンピースの支払いをしてる時に、アイがずっとこのローブを見つめててよ、聞いてみたら、マスターにこれを渡したいってさ。だからこれは俺ら二人からのプレゼントだ」
リザはニッと笑い。アイはこちらを真っ直ぐに見つめている。
「ありがとう」
僕はそう言って二人の気持ちがこもったローブに腕を通す。
暖かく感じるのは特殊な生地のおかげだけではないだろう。
「これで、マスターの生存率が上がります」
淡々と口にするアイ。
「それだけじゃねーだろ?」
リザが優しくアイに問いかけた。
「はい。これでマスターとお揃いです」
人間である僕にだってこんな笑顔が出来るだろうか? そんな疑問を感じさせる程に、アイの笑顔は豊かなものだった。情報の蓄積だけでこの表情を作り出せるものなのか。いや、流石に野暮な考えだろうか?
少なくとも今は、この温かさに心を満たされている自分がいた。




