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世界で唯一のフィロソファー  作者: 新月 望


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第二十九話『ヴェルメリオ王国』

 僕のヴェルメリオ王国への旅は、リザの帰国に合わせて動く運びとなった。


 あの、嵐のような王妃との出会いから数日が過ぎ、今日はいよいよ、出発の日だ。

 日本における僕も、海外旅行は経験がなく、ある意味これが、人生初の海外旅行である。まぁ、国どころか、異世界旅行をしている僕が、今更な気もするが……。


 なんにせよ、新しい場所や、新しい知識との出会いは、常に新鮮さを与えてくれるものだ。 

 現在僕は、宮殿内の自室で、まだ見ぬ新天地にソワソワしながら荷造りをしている所だ。旅とは言っても、本を書き上げる間だけの短いものを予定している。基礎的な哲学についての知識を短くまとめた本にする予定だし、書く内容はすでに、あちらの世界で考えてきている。そう時間はかからないはずだ。


 あれやこれやとせっせと動き、荷造りが終わったタイミングで丁度よく、部屋の扉がノックされた。


「フィロス様、リザ・ヴェルメリオ様がご到着されたご様子です。馬車を待機させております。宮殿の正面入り口に向かって下さい」


 声の主は宮殿に仕えているメイドだろう。僕は、連絡を伝えてくれた女性にお礼を言って、大きな荷物を背負い部屋を後にした。


 この世界にもキャリーバッグのような物があれば良いのになぁ、などと、背中の重みにうんざりとしつつも、これから目指す新天地への好奇心が僕の足を進ませた。



「よぉ! フィロス!」


 馬車の中から顔を覗かせ、リザが挨拶をしてきた。


「おはよう、リザ」


「その荷物、本人より、重いんじゃねーのか?」


 僕の背負っている荷物を指差し、豪快に笑うリザ。


「備えあれば憂いなしだよ?」


 僕がそう言うとリザは、キリッとした顔でこう答えた。


「俺は、こいつ一本で十分さ!」


 そう言って、背中の大剣を指差すリザ。


「その剣だけは、常に背負っているよね?」


「あぁ、こいつだけは手放せねーな」


 そう言って、愛おしそうに大剣をひと撫でするリザ。その眼差しは優しいもので、いかにその剣がリザにとって重要なものなのかが伺える。そして続け様に、リザが口を開いた。


「ヴェルメリオまでは、馬車で半日程かかるからな、話は出発してからにしよーぜ!」


 リザの言葉を合図に馬車へ乗り込む僕。馬車に手綱がついていないが、馬車を操縦する御者は精神魔法師なのだろう。手綱なしでも、見事に馬を操っている。馬の動きに無駄が生じないからだろうか、想像よりも速い速度で馬車は進む。宮殿の姿が少しづつ小さくなってきた頃合いに、僕は口を開いた。


「その大剣は魔導具なの?」


 前々から気になっていたことを聞いた。


「大剣自体は俺が倒した竜の牙から鍛冶屋が鍛えて、その剣を魔導具の専門家が仕上げたって感じだな」


 気になるワードが出過ぎてどこから聞くか悩んだが、まずはこの話題だろう。


「竜って、あの?」


 驚きすぎて、異様に短い質問になってしまった。人間は本当に驚くと、語彙力が低下して、シンプルな質問をするようだ。


「あぁ! 俺の仲間と三人でな! あれは最高にシビれたぜ!」


 楽しそうに記憶を遡るリザ。


「……」


 僕がスケールのデカさに絶句していると、リザが口を開いた。


「今はその話は置いとくか、今日フィロスに会わせたい奴がこの剣の仕上げを担当した魔導具発明家なんだよ」


 竜の討伐の話は物凄く気になる所だが、今は好奇心をグッと抑えよう。


「なるほど、本を作る為の魔導具がその方の物なんだね?」


「あぁ、そいつが、中々狂ったやつでよ。魔大陸の迷宮区に一人で乗り込んでは、文明崩壊前に使われていた設計図やら部品を集めてくる、イカれた発明家なんだよ」


 リザがイカれた認定をする程の人物とは、想像するだに恐ろしい。


「魔大陸の迷宮区って相当危険なんだよね? かなり腕の立つ方なの?」


「あぁ、やつ自身も相当な精神魔法師だが、それよりも、傀儡の存在がでかいな」


 傀儡とは、あの傀儡だろうか?


「えっと、操り人形のこと?」


 僕がそう言うと、苦笑しながらも、リザが答えた。


「そんな可愛いもんじゃねーよ。やつの傀儡は精神魔法で操る殺戮兵器さ。完全に戦うために作られている」


 なるほど、精神魔法師にもそんな戦い方があるのか。あれ? 気になる点があるな。


「でも、精神魔法は神経を通さないと使えないんじゃ?」


「そこら辺は、俺は詳しくねーが、代替え品で補ってると本人は言ってたぞ? 客の間では、本物の人間のそれを移植しているって噂が絶えないけどな……」


 どうか前者であってほしい。なんだか、会うのが恐ろしくなってきた。


 そんな話の途中で、突如馬車が急停止した。

慣性の法則に従って、僕の身体が勢いよく飛び出した。そして、前に座るリザに見事にキャッチされる形となった。


「大丈夫かフィロス?」


 そう言って、お姫様抱っこの形で僕を抱えながら問いかけてくるリザ。


「あぁ、ありがとう。特に怪我はないよ」


 僕の男としての尊厳は重症どころの騒ぎではないが、今は現状把握が先だ。

 リザに身体を降ろしてもらい、馬車の外へと顔を出す僕ら。


「おっ、リザードマンじゃねーか!」


 意気揚々とリザが言った。

 バールさんの図鑑で見たことがある、トカゲに似た人型の魔物だ。長い舌をちらつかせながら、こちらを睨みつけている。手に持った、無骨なナイフが光を反射している。


「はじめて遭遇したよ」


 僕が呑気にもそう言うと、リザは余裕のある表情でこう言った。


「まぁ、ノイラートは迷宮区にしか魔物は出ないからな。それにこいつは、ゴブリンよりは多少強いな。ヴェルメリオが近づいてきた証拠だ!」


 その台詞が終わるか終わらないかの瞬間に、馬車から身を乗り出したリザは、リザードマンを一刀のもとに両断していた。


「相変わらず、凄まじいね」


 僕が称賛の言葉をかけると、リザは何事もなかったかの様にこう言った。


「何がだ?」


 竜を狩る少女からすれば、リザードマンなどただのトカゲなわけだ……。


 それから、数分後、話題は哲学の話に移り、僕が軽い説明をしている際に、リザが、ふと気になることを言った。


「哲学ってさぁ、なんか精神魔法に使えそうな考え方だよな?」


 その発想は無かった。僕は心のどこかで、魔法学と哲学に対して、明確な境界線を引いていた。


「例えば?」


「なんか、哲学ってのはどれも、深いこと考えないとわかんねーことばっかだからよ、相手の考え方にフタしたり、逆に開けさせたりする事が出来るんじゃねぇか?」


 確かに、哲学の思想を精神魔法で流し込み、相手の精神を困惑させたり、思考の誘導や制限に使えるかも知れない。哲学に触れてこなかった人達に、なんの前触れもなく哲学の情報を流し込めば少なくとも混乱はするだろう。思想の力とは恐ろしく強大なものだ。それを自在に操れば、強力な武器となり得るだろう。しかし、この考え方もまた危険性をはらんでいる。


「確かに、言われて見ればそうだ。ありがとうリザ」


 この件に関しては、今度ゆっくりと検証しよう。


 

 リザとの会話はどれも刺激的であり、新たな発見が多く、時間を感じさせないものばかりだった。そのおかげか、あっと言う間に半日が過ぎ、ヴェルメリオ王国の姿が見えてきた。


「フィロス! あれがヴェルメリオだ!」


 リザの言葉に僕が視線を合わす。

 町からはここからでもわかる程の大量の煙が立ち上っている。


「あれ、大丈夫なの?」


「大丈夫だ、ヴェルメリオの町には鍛冶屋が多いからな、あの煙は工房から出てるもんなんだよ」


 リザが僕の問いに答えた。


「ノイラートとは雰囲気がまるっきり違うね」


「うちは武力で作られた国だからな。ノイラートと比べると少し無骨かもな?」


 笑いながら、この国の王女は言う。


「いや、これはこれで素敵な国だと思う。なんだか職人の町って感じもする」


 僕がそう言うと、今日一番の笑顔でリザが答えた。


「だろ? ヴェルメリオは良いとこだぜ!」


 その笑顔は、国を愛する王女の顔だった。時折、アンス王女もこのような笑顔をみせる。



 それから、数十分が過ぎ。馬車がゆっくりと停止した。


「さぁ、ついたぜフィロス! ここが俺の家だ!」


 そう言って、馬車から降りたリザが指さしたのは、凄まじい威圧感を誇る要塞だった。


「すごい……」


 ノイラートの宮殿も煌びやかでとても大きいが、この要塞は戦うための機能性を重視した外観をしており、正直、男心に火をつける格好良さだ。


「どうだ、カッケーだろ?」


 リザが誇らしげに言った。


「あの大砲は、実際に撃てるの?」


 要塞の至る所に設置されている砲台を指さし、リザに問いかけた。


「あぁ、もちろん!」


 

 その後も、あれやこれやとリザに質問を投げかけていたら、要塞から使いの人と思われる男性がこちらへとやってきた。その男性に導かれながら、要塞内へと入る僕ら。正面の門が開く様は圧巻の一言だった。だがしかし、これで驚くには、まだはやかったようだ……。


「おかえりなさいませ! リザ王女!」


 圧巻の光景だ。僕達を出迎えたのは百人近くのメイドだった。メイド達があけた中央の道を堂々と歩くリザ。リザが王女様なのは頭の中では理解していたが、今ここにきて、やっと実感し始めた。


「なんだか、要塞にメイドって不思議な組み合わせだね」


 何が何やらわからなくなってきた僕は、そんな的はずれな質問をした。


「あぁ見えても全員が一流の身体魔法師だぜ。この要塞にいるメイドだけでも、小国家は攻め落とせるな」


「……」


 今日は驚きの連続で言葉を失ってばかりの僕だった。


「どうしたフィロス? 今日はもう疲れたか?」


「あぁ、うん」


 疲れているのだろうか? 衝撃の連続でそれすらあやふやであった。


「じゃあ、部屋は用意出来てるみたいだから、もう遅いし寝るか」


 リザの一言で、近くのメイドが目にも止まらぬ速さで動き、僕を部屋までエスコートしてくれた。途中の廊下などには甲冑などが置いてあり、壁には西洋風の剣が飾られていたりもした。ヴェルメリオという国柄が何となく伝わってくる内装だった。


 僕が通された部屋は、とても広く、それでいてシンプルな作りだった。家具は木製の机や椅子の他に大きなベッドが一つあるだけだが、機能性を重視している感じがして、僕の好みであった。そうして僕は誘われるように、大きなベッドへと横たわった。


 石造りの部屋がもたらす静けさと、心地よい涼しさが、僕を眠りへと誘う。はじめて見る天井を見上げながら、僕はそっと目蓋を閉じた。


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