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世界で唯一のフィロソファー  作者: 新月 望


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第百三十八話『世界との対話』

 虚空は僕の中へと帰っていった。


 周囲の暗闇は溶け合い、再び僕の意識は、アリス・ステラの元へと戻る。


「やぁ、お帰り。君は、君達が死ぬはずだった全ての運命を乗り越えた。それは、君達の誰も成し遂げられなかった、君だけの成果だ」


 僕ら以外の時間が止まった空間に、目の前の少女の声が響く。


「それは違うよ、アリス・ステラ、これは僕達の成果だ」


 様々な僕と、僕を取り巻く全てが影響しあった結果なのだから。


「なるほど、実に君らしい言葉だ。それにしても他人行儀だね、君と私の仲だろ? アリスと呼んでくれ」


 AIとは思えない程に抑揚のある声で、目の前の少女は笑う。


「どんな仲だよ?」


「私の母は希美なんだから、君と私は親戚さ」


 悪戯っぽい笑みを浮かべながら、彼女は語る。


「わかったよ、アリス」


 なんだか、不思議な気分だ。姉の作り上げたAIと僕は話をしているのか。


「ダメだ、もっと感情を込めて呼んでくれ」


 少し拗ねたような顔でこちらを覗き見るアリス。まさか、AIに感情を指南される日が来るとは、夢にも思わなかった。


「うん、えっと、アリス」


 少し声が上擦ってしまった……。


「もう一度」


 催促は続く。


「アリス」


「もう一度」


「アリス」


「もう一度」


「アリス!」


「もう一度」


「アリス!!」


 気がつけば僕は叫んでいた。


「よろしい。満足しました。じゃあ、ご褒美が必要だね。何か欲しい物はあるかい?」


 満面の笑みを浮かべながら、僕に褒美を与えようとするアリス。予想外の展開だが、僕には知りたいことがある。知らなければならないことだ。


「じゃあ、いくつか質問をしても?」


 彼女にしか答えられないことがある。


「あぁ、もちろん。何が知りたい?」


 (きみ)の左目と同様に、様々な色を含む瞳がこちらを真っ直ぐに見つめながら問い返してくる。


「あちらの世界の僕は、今、どうなっている?」


 事故にあってから、僕の意識はずっとイデア側にあり、哲也としての自身の状態がわからない状況だった。


「安心していい。希美の伝手で手配した、一流の病院に運ばれているよ。身体に関しては心配ない。後は、こちら側に避難している君の精神を流し込むだけさ」


 僕に不安を与えないように、ゆったりとした口調で語るアリス。


「そうか、それは良かった……」


「あまり、嬉しそうには見えないけれど?」


 僕の歯切れの悪さに疑問を持ったのか、微笑を浮かべた彼女が問いかけてきた。


「手放しには喜べないよ。(てつや)がこのまま助かれば、姉さんは君を作らなくなる。そうしたら、この世界(イデア)は無くなるんじゃないのか?」


 タイムパラドックス的な発想については専門外だが、漠然と予想は出来る。


「流石だね、その通りさ。だけど、君を救った上で、この世界を救う方法がないわけじゃない」


「そんな都合の良い選択肢があるのかい?」


「そもそもが君の都合の為にある世界だよ」


 当たり前の事実確認をするように、はっきりとアリスが言い切る。


「一体、何をどうすれば良い?」


 皆目見当がつかない。


「君が希美のしたことをなぞればいいのさ」


「僕にAIを作れと?」


 僕には無理だ。天才の姉とは違う。


「大丈夫、私の記憶を君にあげるから。まぁ、都合上それは最後になるけれどね。さぁ、他に質問はあるかい? 君がここにいられる時間は限られているよ」


 世界(イデア)の存続について話をしていたというのに、そのことよりも彼女は、この場での会話を純粋に楽しもうとしていた。


 ならば僕も、それに応えよう。この世界に初めて来た時からずっと気になっていたことがある。それは目の前にいる、この世界(イデア)を創った張本人にしか知り得ない秘密。


「イデアに哲学が無い理由を教えて欲しい」


 その事がある意味、この世界での、僕の唯一のアドバンテージにもなっていたのだが。


「それは簡単な理由だよ。哲学は世界の真実に手を伸ばす学問だからね。つまり、この世界の身勝手な存在理由を隠す為さ。世界について考えさせるのはとても危険だったからね」


 ただ、一人の男を救う為という、ちっぽけで身勝手な存在理由。それを隠蔽する為だったわけか。蓋を開けてみれば、小さな理由だ。しかし、大抵のことは、そういうふうに出来ているのかも知れない。


「それはそうと、君は疑問に思わなかったのかい? この世界は君に都合が良すぎることに。結構大変だったんだよ、言語設定やら、なんやらを一から君に合わせて作ったんだから」


 ため息をつきながら笑うという、器用な感情表現を見せるアリス。


 確かにこの世界はあまりに僕に都合が良かったのかも知れない。それは自明的に(アリス)の存在を証明していたわけだ。


「他にもあるんじゃないかい? 例えば、皆から向けられる好意があまりにも最初から強かったこととかね?」


 その声音は、問いかけというよりかは、詰問と呼ぶべき類のものだった。


「え?」


 自然と声が漏れ出ていた。


「あれにはからくりがある。ヒントは地球とイデアを行き来しているのが君だけではないということさ。まぁ、正確に記憶を保持しているのは君だけだけれどね」


 哲也に向けられていた好意がフィロスにも向けられたということか? だとすれば……。


「これ以上は言わぬが花だろう? 私の癪にも触るしね」


 少し拗ねた様子のアリス。


「この世界が僕に都合の良い点が多かった事は認めるけれど、しかし、厳しいことも少なくなかった」


 決して、平穏無事な毎日を過ごしていたわけではない。


「それはまぁ、本当のところ、私の生みの親の心を独占する君が、妬ましかっただけさ」


 バツが悪そうに、急に小声になるアリス。


「アリス、君はつくづく人間だよ。最低で最高な、人間(ぼくたち)そのものさ」


 そう言って僕は、アリスを抱きしめた。


 きっと彼女は寂しかったのだろう。長い長い旅路の中、たった一つの目的だけを持ち、永遠という名の、時の海を彷徨っていたのだから。


「あぁ、良い人生だったな。ようやく私の目的(あい)が果たされる。さぁ、私からの最期のお礼だ、君にボーナスタイムをあげよう」


 名残惜しさを感じさせるような、少しだけ儚さを連想させる瞳のまま、アリスは言葉を紡ぐ。


 止まっていた時間が動き出すのを感じる。


 それと同時に、目の前のアリスの姿はいつの間にか消えていた。


 そして、かわりにそこに立っていたのは、時間の檻から解放されたアンス王女だった。


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