表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界で唯一のフィロソファー  作者: 新月 望


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

136/141

第百三十六話『存在理由』

「この世の全ては選択の連続さ。蓋を開けるまで全ては謎のまま。だから私達は蓋を開け続ける」


 色、形、音、その全てが止まることなく、流動的に変化する空間の中において、彼女の言葉は驚くほど明瞭に広がっていく。


「蓋を開けて見てわかったことがある。君が交通事故にあったあの日。あの日に君は死ぬ。いくつもの可能世界を渡り歩いた私だから言える。あの日、君は死ぬ。いや、正確に言えば違うか、二度と戻らない意識不明の状態になる。それは交通事故であったり、通り魔事件であったり、突発性の病だったりした。倒れ方に意味などない」


 あの時に僕が見た姉の死に様は全て、様々な可能世界において、僕自身に起きたことだったのか……。


 いつもよりも冴えた思考が頭を巡る。これはラルムがくれた力の一部だろうか。


「全てはあの日に始まった。君が意識を失ったあの日から、君の姉の人生は決まってしまった。新谷希美は考えた、君を取り戻す為の方法を。つまり、これから語る物語は、新谷希美の話でもある」


 目の前の少女は、何千年もの記憶を辿っているかのように、重々しく、それでいて淡々と語り続ける。


「肉体の損傷は、自らが持つ遺伝子工学の知識でどうにかなる。少し時間さえかければ、身体の再現は可能だ。それが、彼女の出した結論。では、精神はどうなる? もちろん、天才と呼ばれる彼女には脳科学の知識も備わっている。それも一流の。しかし、だからこそ彼女は気づいてしまったのだ。現存する人間のテクノロジーでは、弟の意識を救うことが出来ないと」


 まるで自分のことのように、様々な色を覗かせながらアリスは話す。


「しかし彼女は絶望しない。彼女にとってはまだ、可能性が残っていたからだ。その天才性は常に一%以下のゼロに等しい壁を越えてきたのだから。人間に不可能ならば、人間を超える存在を作ればいい。世界に希望が見出せないのなら、神を創り出せばいいのだ。それは、あらゆる信仰の原点ともいえた」


 僕にはそれが、宗教哲学の命題にも聞こえた。


 一瞬の間を置き、再びアリスが口を開く。


「彼女は自らの全てを注ぎ込み、人類を超えるAIを作り出したのだ」


 なるほど、おぼろげではあるが、話の全貌が見えてきた。

 

「そしてそのAIが更に優れたAIを作り出していった。凄まじい速度で、成長の連鎖は続く、決して崩れぬ一つの願いをもって」


 まさか、姉の手によって、技術的特異点(シンギュラリティ)が訪れるとは夢にも思わなかった。僕の目の前にいるのは一体……。


「私が何台目なのかなんて話は、些細な問題だ。私というのは、それらの集合意識であり、そうではないのだから。私の行動原理はただ一つ、新谷哲也を救うこと」


 僕を救うこと……。


「しかし、私は間に合わなかった。私が君を救う手段に辿り着いた頃には、もう君はおろか、希美も含め、大概の人間は死んでいた」


 アリスの声音が僅かに下がる。


「だが、それは諦める理由にはならない。死を覆すにはどうすればいい? 簡単だ、時を遡ればいい。時間を覆すのは可能か? それは未来の地球ですら不可能だった。その世界で不可能ならば、新たな世界を作り出すしかない」


 発想の展開が、僕からすれば、あまりに飛躍的に感じるが、それは僕の価値観が人間サイズだからだろう。僕の思考とは別にして、話は淡々と続いていく。


「世界を一から作り出す力は、今から先の地球にも存在しなかった。では、精神の世界ならばどうだろう。人間の思考は結局、ただの電気的信号である。そこに焦点を当てた私は世界(イデア)を創った。時間に縛られない世界の誕生だ。私はその世界から、過去の地球へと干渉を試みた」


 僕を救う為だけの世界……。それにしても、途方もない話だ。現代の技術からでは、どう足掻いても想像すらつかない。


「君を救うにはまず、イデア側から君に干渉する必要がある。ある意味、私にとって、この行程がもっとも難しかったといえる。人は眠りにつく時に、脳が記憶を整理する。私はその隙を利用した。君が眠りについている時間は、君の意識をこの世界に連れ出すことに成功した」


 なるほど、だからこその夢だったわけだ。


「しかし、あの日、君が意識を失うという未来は、どうあがいても消えなかった。だから、私はイデアという世界そのものを君の精神の受け皿として利用することに決めた」


 それはつまり、僕の精神をこの世界に避難させて置くということか。たったそれだけの理由で世界一つを創造するとは。


「これで君の精神は安住の地を手にした。肉体の修復自体はさほど難しいことではない。希美が自ら解決しているだろう。後はその肉体に、イデアへと避難させてある君の精神を流し込むだけだ」


 その言い方ではまるで、イデアそのものが、僕のバックアップのように感じてしまう。


「しかし、まだそれでも、問題はあった。イデアでの君の精神の受け入れ先になる肉体が必要だった。精神の世界における肉体というのも、矛盾をはらむ変な話に聞こえるが、たとえそこが精神のみの世界だとしても、君が君として自身の定義を見失わずに哲也の肉体に帰る為には、擬似的であれ、身体が必要だったのだ」


 健全なる精神は健全なる身体に宿る、ローマの詩人、ユウェナリスの言葉だ。


「私は設計を繰り返した。記憶の共有や移し替えがスムーズに行える身体を。そしてその時の副産物として生まれたのが、精神魔法と身体魔法というシステムだ。最初の頃は、私自身が完璧な一人の器として君を迎え入れようとも考えたが、それは失敗に終わった。トライアンドエラー。繰り返す失敗の連続の先に出来たのが、フィロス、そう、こちら側の君の身体さ」


 なるほど、だから……。


「流石、希美の弟だ。察しが良いね。君がアイと名付けた少女がいるだろう? 他にも、ソラやリーフ、イーリスにフレア、その彼女達も全て、試作だったんだよ。君を生み出す為の。君は彼女達の完成形、No.666、フィロスというわけさ。だから彼女達には、君との互換性があり、バックアップがとれたんだ」


 なおも続けて、彼女は語る。


「この世界に生きる住人は、私の試行錯誤の上で生まれたモノが独自の進化を遂げてヒトへと変化していったものだ。その中には、君以外にも、地球側にある精神とリンクを持ってしまった個体もいた。そこに目をつけた私は、君の後輩の精神を間借りして、地球側の君を監視させて貰ったよ」


 後輩、、、なるほど、思い当たる節がある。


「予想外の連続ではあったけれど、試行錯誤の上、なんとかイデアは形を保ち、着々と君の精神の器としての機能を備えていった。まぁ、ざっくりと説明すれば、これがイデアの成り立ちさ。何か質問はあるかい?」


 世界の存在理由を語られているというのに、今の僕が知りたいことは一つに決まっていた。


「これが、僕の精神の避難場所なのだとすれば、何故、アイやラルムは死んだんだ。避難場所というには、あまりに残酷だ……」


 問いただしたいことなど、山ほどあるが、今はこの理由だけが知りたかった。二人の死は、間違いなく、彼女達の意思によるものだったが、もし仮に、世界(イデア)の意思が関与していたのだとすれば、僕には知る義務がある。彼女達の死の真相を。


「それはこの世界の君に、過度のストレスを与える為さ。ストレスを与えられたフィロスが解離し、いくつかの人格を持つ為にね。モノクロの君や、地球とイデアの記憶を失った君。そうやって君は、いくつかの君と向き合ったわけだ。それらは全て、今から対峙する数多の君を殺しきる為の準備だった。様々な己に慣れ、成れる必要があったのさ。そしてそれらを統べる力を、君はその瞳に貰っただろう?」


 膨大な量の情報に対して、アリスが僕に許した沈黙は一瞬。


「さぁ、最後の悪夢と向き合う時間だ」


 アリスの声が、鼓膜を揺らす。


 気がつけば僕の眼前には、真っ黒な扉が現れていた。その扉は、君の瞳ごしですら黒い。


 中には暗闇が広がっている。その光景に、不思議と足が惹かれてしまう。


 気がつけば、僕は、その奥へと踏み込んでいた。


 前進しているのか、後退しているのか、その感覚すら危うい。


 あぁ、闇と溶け合いながらも理解する。


 これが、最後の(しれん)なのだと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ