表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界で唯一のフィロソファー  作者: 新月 望


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

133/141

第百三十三話『復元』

 白い部屋を支配している、重苦しい沈黙を破ったのは、シェイネさんの言葉だった。


「ごめんね、坊や達。私はここまでみたい。ちょっと急用が出来てね。それにここから先に、私の存在は不要よ。じゃあね」


 有無を言わせぬ早さで語り、一方的に別れを告げるシェイネさん。きっと、先程の最後の約束を守りに行くのだろう。


 彼女の背が半透明な扉を出るまで、僕達は呆然とその姿を見送る他になかった。


 僕達の進むべき道はその逆だ。


 振り返った先には、次のフロアへと通じる扉が一つ。


 僕らは無言で、その扉の前へと立つ。するとその扉は入り口同様に自動で開き、僕達を中へと向かい入れる。


 扉の中はとても狭い空間になっており、僕達が入ると再び扉は閉まった。そしてわずかな揺れとともに、一定の重力を感じさせながら、上昇を始めた。


「アンス、大丈夫?」


 この問いかけが正しいかどうかなど分からないが、今の僕には、この程度の言葉しか言えない。


「えぇ、大丈夫、大丈夫よ」


 僅かに残る動揺を、頬に伝っている涙とともに、自らの手で強く拭い去るアンス。


 狭い空間に伝わる揺れが徐々に弱まり、身体に伝わる負荷がなくなった。


 完全に部屋が停止したのと同時に、再び扉が開く。


 目の前に広がるのは、先程のフロアとは対照的な暗闇に包まれた、真っ黒な部屋だ。


 闇の中へと一歩踏み込んだ瞬間、部屋の中央に僅かな光が灯る。


 その小さな光が照らす先には一人の少女がいる。部屋の暗がりとは対照的な、色彩豊かな瞳を持つ少女。その姿は、あまりに幻想的で、近寄りがたい雰囲気さえ醸し出している。


「ラルム!!」


 僕の隣に並ぶアンスが目の前の少女に向かって叫ぶ。


「フィロス君の隣には、やっぱり、アンスちゃんなんだね……」


 ラルムと呼ばれた少女が静かな口調で反応を示す。


「ごめんね、フィロス君、今の貴方には死んでもらわないといけないの……」


 幻想的な瞳をした少女がそう言うと、部屋の暗がり全体に灯りが灯る。


 部屋の全貌が露わになった瞬間、僕らは自分達が置かれていた現状を把握する。


 部屋の四方にはそれぞれ一人ずつ、銀色の髪をした少女が立っている。


 同じ顔をした少女達四人に、僕らはすでに囲まれていた。僕はこの顔を知っている。まさにこの顔は、ノイラート宮殿で見た、あの首の少女のものと、同一のモノだった。


「アリスの名において命じる、ソラ、リーフ、イーリス、フレア、目の前の彼を殺して……」


 ラルムと呼ばれた少女の言葉に突き動かされ、四人の少女がこちらに向かって襲いかかる。


 僕とアンスは、すぐさま迎撃態勢を組む。


 アンスはその驚くべき速度で、三人を一度に相手どっている。


 そのおかげで、僕は目の前の少女に集中出来る。足技を中心とした敵の攻撃を、アンスに習ったステップでなんとか躱す。


 そうして、幾度かの攻防を繰り返す内に、ある異変に気づく。それは、この少女だけがなぜか、青い髪飾りで前髪を留めているということだ。この戦闘の最中に気にするべき点ではないのだが、どうしても、そのことが、僕の意識に触れる。


 敵が再び踏み込んでくる、僕は牽制の意味を込め、短刀を前にかざす。すると、目の前の少女は信じられないことに、その短刀に自らの身体を差し出すようにして、銀色の刃に胸元を貫かせたのだ。


「くっ、意識が……」


 まただ、リザ王女との戦闘の際に起きたことが、再び始まろうとしている。しかも、今度は、より頭への痛みが強い。


 だめだ、意識が飛ぶ……。


 * * *


 これは一体、誰の記憶だろうか……。


 床一面には赤い絨毯が敷かれ、広過ぎる部屋の中央には、巨大な階段がある。


 この場所には、見覚えがある、確かこれは、ノイラート宮殿の謁見の間だ……。


『よし、何でもやると言ったわね、ならば、私の従者になりなさい!』


 目の前には今よりも幼い、アンスらしき少女が立っている。


 おかしい、僕が短刀で刺したのは、銀色の髪の少女の筈だ……。それなのに何故、アンスが目の前にいる?


『なるほど、いいわね! 気に入った! 今日からあなたは、私に、()()()()、というものを教えなさい。かわりに私は、あなたにここでの生活を与えてあげるわ』


 あぁ、何故だろう、見知らぬ少女を刺した筈なのに、この記憶は鮮明に、僕に色を与えてくる。


 再び意識は暗転する。


 次に現れたのは、色鮮やかな瞳をもつ少女だ。


 フードを目深に被っていた彼女が、その殻をやぶり、少しずつ、前へと歩みだし、強くなっていく姿が見える。


 その少女の名前はラルム、僕は彼女を知っている。


 誰よりも恥ずかしがり屋で、誰よりも物静かで、誰よりも芯を持った、とても強い女の子、それがラルムだ。


 そこまでの記憶が蘇った所で、三度目の暗転が僕を襲う。


 それは真っ赤な鮮烈な記憶。


 直接対峙した際に流れてきた彼女自身の記憶では、僕自身は実感を得ることが出来なかったのだが、何故だろう、今ならそれが、はっきりと自分の事として理解出来る。


 リザ・ヴェルメリオ。ヴェルメリオの第三王女にして、僕達の頼れる最高の仲間。


 三人の少女達との記憶が脳内のメモリへと、一気に復元されていく。


『マスター!!』


 そして四人目の懐かしい声が僕の心を揺らす。


 なるほど、そういうことか……。


 僕の中に君はいて、君の中に僕はいたのか。


 理解が情報の濁流に追いつき、意識は現実へと戻る。


 * * *


 意識が回帰したその場にはすでに、戦闘の様子はない。そこには、動きを止めた、ソラ、リーフ、イーリス、フレアの四人の姿と、僕に視線を向ける、アンス王女とラルムの姿があった。


 第一声に相応しい言葉を考えてみたが、そんなものはどこにもない。だから、僕は自然と頭に浮かんだ言葉を口にする。


「ただいま戻りました、アンス王女。久しぶりだね、ラルム」


 僕の言葉に、一人の少女は、歓喜の表情を浮かべ、もう一人の少女は、少しだけ複雑な表情を浮かべた。


「なるほど、僕の意識を常に共有していた彼女達と、僕は再び繋がったんだ。この短刀をきっかけに」


 僕は、自身に言い聞かせるように呟く。言わば、彼女達が僕のバックアップの役割を果たしてくれたのだろう。


 だが、どうしてだ、まだ思い出せていない何かがある気がするのは……。もう一人の知らない自分がいるかのような、何かを覆い隠す、深く濃い靄が晴れないのだ。


「フィロス君、あなたはまだ、完全じゃない。アリスの一部を共有した私にはそれが分かってしまうの。だから、ごめんね、トレース……」


 ラルムがその瞳を僕に向ける。


 すると僕の身体は意思を失い、右手に持つ短刀を自らの腹部目がけて、思い切り突き刺す。


 不思議と痛みはない。


 またしても、頭に莫大な情報が流れ込んでくる、それは、ここではない、もう一つの世界の記憶。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ