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世界で唯一のフィロソファー  作者: 新月 望


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第百二十七話『超越』

「アリス・ステラ?」


 緊張感が漂う部屋の中で、僕の声はあからさまに場違いな間の抜け方をしていた。


「歴史上、最古の魔法師の名前よ……」


 僕の疑問にアンスが答える。


「その昔、全ての人間の精神を統一して、完璧な一人になろうとした人物だ」


 しゃがれた声でエルヴィラさんが説明を加える。


 話のスケールが大き過ぎて、違う世界の話をされているような感覚だ。しかし、ここで思考を放棄してはいけない。


 一人の中に複数の精神か……。なるほど、それはつまり、僕と少し似ているのかも知れない。今の僕は以前の僕を覚えてはいないが、それ故に、以前の僕は、今の僕とは別の人格の僕と言える。


 僕が知っているこの世界の常識は、魔法師というのは、誰にでも成れるものではなく、素質のあるものが、各々の適性によって、身体魔法か精神魔法のどちらか一つを扱えるようになるといったもので、一人に与えられる力は、必ずそのどちらかだけと考えられている。しかし、もし……。


「もし仮に一つの精神につき、一つの魔法の適性が与えられているのだとすれば、アリス・ステラが二種類の魔法が使えたことも、こうして僕が新たな適性を与えられたことにも説明がつくのではないでしょうか?」


 僕は思考の続きをエルヴィラさんへと語る。


「確かに、今のフィロス君の状況を考えると、そう言えなくもない」


 目を瞑り何か考え事をしながら、エルヴィラさんが答える。


「ま、まだ、フィロスが身体魔法を使えるか、決まったわけではないでしょ?」


 アンスが進み過ぎた話にブレーキをかける。


「確かに、私の精神魔法も絶対ではないからね。フィロス君の力が発現するまでは、確証はない」


「僕自身、実感もないし……。身体魔法の力に目覚めるには、きっかけとかってあるの?」


 身体魔法師であるアンスに話を振る。


「えっと、私の時は、自然に使えるようになったわ。あまり、意識していなかったから、これと言ったきっかけは無かったわね」


 記憶を手繰りながら、アンスがゆっくりと答えた。


「一般的に、身体魔法は精神魔法よりも感覚的と言われているからね。しかし、手がないわけではない。私に一つ考えがあるけれど、試してみるかい?」


 考え事が終わったのか、目を開いたエルヴィラさんが問いかけてくる。


 アンスがこちらに視線を向けている。どうやら、僕の返答次第のようだ。


「話を聞いてからでも?」


「ふふ、慎重だね」


 何かを懐しむかのように、顔を和らげたエルヴィラさんが言った。


「どんな話なの?」


 自身のことではないのに、僕よりも、アンスの方が話の内容を知りたがっているようだ。


「フィロス君に擬似的な方法で身体魔法を経験させるのさ」


 簡単なことを説明しているかのように、淡々と話すエルヴィラさん。


「擬似的? あぁ、そう言うことね。わかったわ、私も協力する」


 どうやら、アンスは今の短い会話で理解したようだ。僕にはまだ、話の流れが見えていない。


「そんなに難しい事ではないよ」


 エルヴィラさんのその言葉に、アンスも頷きこちらを見る。


「わかりました。ではお願いします」


 アンスが止めないと言うことは大丈夫なのだろう。小さな世界に住む今の僕にとって、基準となる物差しは、彼女だけなのだから。


 僕の返事を聞いたエルヴィラさんは、店の奥に入っていき、大きな壺を引っ張り出してきた。


「この壺の中には、私特製の香水がたっぷりと入っている。そしてこれを熱すれば、準備完了さ」


「熱する手段は?」


 この部屋には、香水が入った色とりどりの瓶や、怪しげで大きな壺の類い、その他には、壁一面に並んだ本棚しか見当たらないのだが。


「サラ、おいで」


 エルヴィラさんは優しげな声音で何者かを呼ぶ。しかし、この部屋には僕とアンスとエルヴィラさんの三人しかいないはずだが……。


 すると、エルヴィラさんは急に腰を落とし、かがみ始めた。


 その視線を追うとそこには、手のひらサイズの真っ赤なトカゲが彼女の足元へとすり寄っていた。


「とても小さいけれど、サラマンダーかしら?」


 アンスは、サラと呼ばれた小さなトカゲを目で追いながら、食い気味に問いかける。


「そうさ、この子はサラマンダーの赤子でね。でも、火力は中々のものだよ?」


「へぇ、こんなに可愛いのに」


 その小さなお腹辺りをアンスが指の先で優しくつつくと、その指を伝って、彼女の肩まで、もうスピードで登りつめるサラ。中々に行動派のようだ。


「サラが肩に乗るのは懐いている証拠さ」


 エルヴィラさんの言葉で興味が湧いた僕は、アンスの肩に乗るサラへとゆっくり指を伸ばす。


「ぎゅむぅ」


 その愛らしい音の響きとは裏腹に、僕の指先に激痛が走る。指先を確認すると、小さな歯形が残っており、わずかに血が滴っている。


「痛い……」


 アンスの肩に乗ったままのサラへと、思わず恨みがましい視線を送る。


「サラは男性には懐かないよ。絶対にね。炎を吐かれなかっただけマシさ」


 エルヴィラさんのその台詞を聞き、急いで視線をサラから外す僕。


 それにしても、女性にしか懐かないとか、こいつ可愛い名前に反してオスなのだろうか?


「さて、本題に入るとするかね。サラ」


 飼い主の声に従い、アンスの肩から降りたサラは、部屋の中央にある壺の方へと向かう。


「ちゃんと加減するんだよ? さぁ、ブレスを」


 その言葉が引き金となり、巨大な壺に向かって、サラが炎を吐く。


 その炎は、小さなトカゲであるサラの身体をゆうに超えた規模で壺の周りを加熱していく。


 しかし不思議なことにその炎が他の物に燃え移ることはない。


「部屋は大丈夫なんですか?」


「あの壺は魔道具の一種でね、周囲の炎を集め、中のものだけに熱を加えることが出来る」


 本と炎が共存する不思議な光景に目を奪われた僕はしばらく言葉を失くしていた。


 大量の熱が壺にのみ吸い寄せられる。その激しくも美しい光景は、サラの小さなゲップにより終わりを告げられた。


「さて、いい感じに香ってきたね」


 エルヴィラさんはそう言うが、いい感じと言うには、香り過ぎな程に、甘ったるい香りが部屋中を満たしていた。


 なんだか先程から、自分の心臓の音がやけにうるさい。壺の中から溢れ出る煙によって視界は桃色に染まり、心なしか平衡感覚が弱ってきたようにも思える。


 自分自身が薄れていく感覚の中、誰かの手が、僕の手を強く握る。


「エルヴィラ、お願い」


 僕の手を握る少女が煙の中、声をあげる。その声に答えるように、エルヴィラが小さく呟く。


「ナーブシェア……」


 香りの効果により強度を増した精神魔法が僕達を包みこむ。


 アンスと繋いだ手の先から、彼女の感覚が伝わってくる。この手に感じている感覚は一体、どちらのものなのだろうか。僕がアンスの手を握っている感覚なのか、それとも、アンスが僕の手を握っている感覚なのか。あるいは、僕が握られている感覚なのか、それともアンスが握られている感覚なのか。


 僕達の身体的な境界線は消えたようにさえ感じる。


 混じり、交ざって、雑じるのだ。美しい絵画に黒のインクを垂らすように。


 ぐちゃぐちゃに溶け合った世界に、爆発的な力が流れ込んでくる。


 それは不明瞭な全能感を連れて、彼女(ぼく)に力を与える。


 その奔流は明確な無力感を呑み込み(かのじょ)に力を与える。


 しかし、与えられた熱はすぐに冷めてしまう。その熱源の在り処だけを僕に刻みつけて。



 * * *


「フィロス、フィロス!」


 少女の声が僕を呼んでいる。


 その声に引き上げられて、僕の意識は浮上する。


 目をあけるとそこはまだ、先程の部屋だ。違うことと言えば、桃色の煙は消え去り、僕の意識もはっきりとしている事だ。


「あ、あの、僕は一体、何をされたのでしょうか?」


「あぁ、簡単に説明すれば、フィロス君とアンスちゃんの、身体的な感覚を一瞬だけ共有させたのさ。そしてその瞬間にアンスちゃんが身体魔法を使って身体能力を上げたんだよ。君に身体魔法の使い方を直接教えたわけさ、文字通り、身体を使ってね」


「エルヴィラは簡単に言うけれど、結構な荒療治よね」


 複雑な表情を浮かべてアンスが言う。


「まぁ、そうなるのかね。それよりも、身体の調子はどうだい? いけそうかい?」


 何を? と問うのは野暮だろう。


 刻み込まれた感覚が、その力の在り処を教えてくれる。


 僕は先程の感覚をなぞるようにして、全身へと力を溜める。膨らんでいく力を流れにのせると足元まで力が伝わったのが分かる。


 その力を解放する為に、僕は足の筋肉へと命令を送る。


 足をたたみ跳躍の為の姿勢をとる。


 イメージするのは普段よりも高く飛ぶ自分だ。


 三、二、一。


「いっけぇー!!」


 解放された力の奔流は、地を蹴るエネルギーへと変換され、重力を突き破る為の翼へと変わる。


 空気の殻を破り捨て、僕の身体は未体験な速度で地面を置き去りにする。


 何処までも高く、より上を目指す僕の身体は、まるで鳥のようだ。


 すると不意にズバゴン! と未だかつて聞いたことも無い激しい音が鼓膜を揺らした。それはきっと、人類が限界を突き破った時にだけ聞こえる音なのだろう。


 老朽化した天井を突き破り、僕の頭は青空に向かって顔を出す。


 無限に広がる、青い空。そして僕は、確かな手応えを前頭葉に感じながらも、再び意識を失うのだった。


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