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世界で唯一のフィロソファー  作者: 新月 望


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第百二十六話『適性』

 窓から射し込む朝陽が僕の意識を目覚めさせる。ぼんやりとした記憶しかないが、不思議な夢を見ていた気がする。それは、ここではない世界の話で、そこには魔法がなく、僕は、僕は、あれ、やっぱり思い出せない。


 やけに強い朝陽に顔をしかめながら、僕はその光源へと視線をやる。


「あぁ、カーテンを閉め忘れたのか」


 光を遮断する為の幕は昨日から全開のままだ。おそらくこの光景は、僕の心の動揺をそのままに表している。


 寝ぼけ眼をこすりながら、昨夜のことを思い出す。


 月明かりだけが照らす、幻想的な空間。その部屋には、僕とアンスの二人だけ。アンスは目を瞑りこちらへとほんの少しだけ顔を近づけてきた。彼女が望んでいるのは、僕であって僕ではない。そのことを知りながらも、僕は、僕の衝動に従い、ゆっくりと顔を近づけていった。


 数秒後に訪れた明確な拒絶。なんとなくだが予感はあった。それでもなお、踏み込んだ。その結果の拒絶反応。


 僕は愚かな操り人形だ。僕という人間には過程がない。結果が全てという言葉があるが、それは過程を感じることが出来る者の言い分だ。勉強した覚えのない知識を持っていたり、知り合った覚えのない少女から信頼を得ていたり……。僕が持つべき過程はどこへ行ってしまったのか。僕には、結果しか感じ取る事が出来ない。本当の意味で結果が全てなのだ。


 ヴェルメリオの法には権利や相続といったものがある。僕は以前の僕が残した、努力の成果を相続した。今のアンスが僕に抱く感情は、以前の僕がもたらした成果だ。僕は成果だけを掠め取ったのだ。努力という名の税を払わずして得た権利だ。この得体の知れぬ苦しみはそう、幸せを徴税されているのだろう。相続には財産と権利、そして義務が課せられる。その義務感が突き動かしたのだろう。今日も僕は僕を取り繕うのだ。


 * * *


 文化の街カルバン、その目抜き通りをアンスとともに並んで歩く。彼女の話では、僕がこの街を訪れるのはこれで数回目のようだが、この街並みには一切見覚えがない。


 昼時ということもあり、あたり一帯を人波が埋め尽くしている。それらが大きくうねる姿は、一匹の巨大な竜を連想させた。


 宮殿の敷地外へと出るのは久しぶりのことだ。僕達が外出するには、ヴェルメリオからの許可がいるのだ。まぁ、それも当然だ。もと敵国の王女とその従者の行動を自由にしておくのは、あちらからすれば危険に思うのだろう。だから僕達は宮殿内にて監視されているのだ。今日のような自由に外へと出られる日は、気分転換に時間を割くのがベストだ。まぁ、どこからかは監視されているのだろうが。


 ここ最近は宮殿内の書庫にある本で、精神魔法についてばかり学んでいたから、ここらで休憩がてら、息抜きが必要なのも確かだ。まぁ、いくら学んでも、精神魔法が使える気配すらないのは気になる所ではあるが……。


 人混みの中をゆらゆらと歩きながら、そんな事を考えていると、隣を歩いているアンスが口を開く。


「ねぇ、フィロスは行きたい所ある?」


「うーん、本屋に寄りたいかな」


「欲しい本でもあるの?」

 

 翡翠色の大きな瞳をこちらに向け、問いかけてくるアンス。


「特にこれといったものを探しているわけではないけれど、新しい本に出会いたくて」


 本当は精神魔法についての新しい本が欲しかったが、宮殿の書庫で僕がそればかり勉強している事を、アンスはあまり良く思っていない節がある。だから、なんとなく、抽象的な受け答えになってしまった。まぁ、別に、普通の本も好きなのだから、嘘ではない。本の世界へとのめり込んでいる時間は幸せだ。色々な事を忘れる事が出来る。いや、僕の場合は、忘れている事を忘れられるのか……。


「フィロスは本当に読書が好きね、、、変わらない……」


 優しい笑顔を浮かべてはいるものの、彼女の後半の言葉は消え入るようにか細いものだった。


「えっと、その、オススメのお店とかある?」


「えぇ、知り合いがやっている本屋があるわ。以前に私が行った時は、少し大変なことになっていたけれど、今は営業を再開したみたいだから」


 彼女はそう言って、僕の右隣から歩調を早めて、少し先を歩く。


 日光を浴びて煌めく、金糸のような髪を追いながら、僕は入り組んだ路地を歩く。


 メインストリートから外れたからか、この道には人波が流れていない。


 人を避ける労力が無くなった分、僕達の足取りは軽い。


 何度目かの角を曲がり、目的の店へとたどり着いたようだ。ある看板の前で彼女は足を止めた。


「ここがそのお店よ」


 年季を感じさせる、木製のこじんまりとしたお店を指差しアンスが言った。


 そのまま、彼女が立て付けの悪いドアを開き、店内へと入っていく。その背に続き僕も中へと入る。


 薄暗い店内の壁一面には、本棚が並んでいる。


「いらっしゃい」


 本棚に並ぶ本を整理しながら、店員らしき老婆が僕達に話しかける。


「久しぶりエルヴィラ」


「あぁ、久しぶりだね、アンスちゃん」


 エルヴィラと呼ばれた老婆は、柔らかな笑顔を浮かべて、アンスに返事をした。


「久々に外出の許可がおりたから、ちょっと顔を出そうと思って」


「それは、嬉しい限りだよ。近頃は張り合いが無くってね……」


「お互い、色々と失ったわね」


 アンスのその言葉に、一瞬、複雑な表情を浮かべたエルヴィラさんが口を開く。


「私はエルヴィラ、この古びた本屋で店主をやっている婆さんさ」


「フィロスといいます。えっと、よろしくお願いします」


 自己紹介をして気づいたことだが、今の僕には語るべき身分がない。


 向こうは僕の身に起きた複雑な事情を知っているのだろう。アンスの話によれば、過去の僕はこの店を何度か訪れていたらしく、おそらくこれは二度目の自己紹介のはずだ。


「フィロス君、唐突で悪いんだけれど、この瓶の香りを嗅いでくれるかい?」


 エルヴィラさんが緑色の液体が入った瓶を手に取り言った。


 得体の知れぬ瓶に警戒してしまい、思わずアンスの方へと視線を逸らしてしまった。


「大丈夫よフィロス、エルヴィラは信頼できるから」


「うん……」


 少しの恐怖を感じつつも、差し出された瓶の香りを嗅いでみる。


 それは柔らかく、心が包み込まれるような香りだ。警戒心や緊張感などが解きほぐされていくのが分かる。


 そうして、僕の心の防波堤が機能を失っていく中、エルヴィラさんが小さく呟く。


「ディテクト……」


 その小さな呟きが、静かな部屋へと染み渡る。


 数分間の静寂が流れ、再びエルヴィラさんが口を開く。


「これは、俄かには信じ難いねぇ……。でもやっぱりか。入ってきた時から、薄々とは感じていたけれど、今のフィロス君は精神魔法の適性を失っている」


 深刻な表情のエルヴィラさん。


「それは今の僕は魔法がまったく使えないと言うことですか?」


 僕は不安を押し殺して問いかける。


「それならまだ、分かることなんだけれどね……」


 エルヴィラさんの表情は険しい。


「どういうことよ?」


 アンスが話の続きを促す。


「フィロス君の今の適性は、、、紛れもなく、身体魔法師のそれだ……」


 エルヴィラさんが深刻な声音で語る。


「は? フィロスは精神魔法師だったのよ? そんなはずはないでしょ? 何かの間違いよ、それじゃあ、まるで……」


 混乱したアンスの言葉は、途中で行き場を無くした。


 その続きを繋いだのは、エルヴィラさんの言葉だ。


「そう、まるで、アリス・ステラさ。歴史上ただ一人の精神魔法と身体魔法を使い分けた魔法師」


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