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世界で唯一のフィロソファー  作者: 新月 望


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第百十七話『積み重なる謎』

「マスター、夜が明けました」


 アイ、ソラ、イーリス、リーフの綺麗に重なった四重奏(こえ)が僕の意識を覚ます。


「あぁ、おはよう」


 そう返事をして、アイが手渡してくれた水を飲み、部屋全体を見渡すと、すでにラルムも起床しており、準備は万端のようだ。


「みんな、作戦は頭に入っているかい?」


 これは愚問かも知れない。僕の頭に作戦内容が入っている以上、彼女達四人にもそれは共有されるのだから。ラルムについては言うまでもない、彼女の記憶力は僕のそれよりも数段上だ。

 

「マスター、私達の連携は完璧です!」


 僕の思考を読んだアイが自信満々に言った。


「そうですね、アイが足を引っ張らなければ、何も問題はないです」


 青色の髪留めで前髪を留めているソラが厳しい一言を述べる。


 まぁ、確かに、戦闘面での実力は、アイが他の三人に劣るのは事実だ。それは、作られた段階での彼女達に与えられた役割の違いらしいが……。


「ツンツンしているソラもまた可愛いです!」


 一連のやりとりを見ていたリーフが、頬を赤らめながら叫ぶ。


 ある意味この子は異質だな、ここまでわかりやすく感情表現が出来るのは、彼女達の中でもリーフだけだろう。喜怒哀楽の激しいアンス王女といることで、感情表現を学んだのだろうか。


「ソラ、愛しています!」


 なおも、リーフのアピールは続く。


「そうですか、ありがとうございます。距離が近いので離れて下さい」


 引っ付いてくるリーフの頭を落ち着いた所作で引っぺがすソラ。


「あぁ、今日もクールで理知的!!」


 そんな対応すら好きと言わんばかりに咆哮するリーフ。


「皆さん、少し落ち着くべきです」


 全体の流れを俯瞰していたイーリスが忠告した。


「落ち着きがないのはリーフだけです。一括りにしないで貰えますか?」


 冷静な表情でソラが言う。


「みんな、仲が良いね……」


 微笑を浮かべながら、小さな声でラルムが囁く。


 話を前に進める為にも、ここらで僕が口を挟むとしよう。


「僕達はここまで馬で向かって来たのだけれど、アイ達は?」


「はい、私達もここまで乗ってきた馬を預けています」


 僕の問いかけに、アイが代表して答えた。


「よし、じゃあ、行こうか」


 今から始まる戦いに向けて、みんなを鼓舞する様々な言葉を考えたが、僕の口から出たものは意外にも飾り気のないものだった。


「はい!!」


 先程までのまとまりのない姿が嘘のように、綺麗に揃ったアイ達の声が響く。それに合わせて、真剣な眼差しのラルムが小さく頷く。


 頭の中の情報を整理しつつ、僕達は再び、戦場にむけて足を踏み出す。



 * * *


 景色が次々と後ろへ流れていく。


 精神魔法でコントロールしている馬の脚が激しく大地を蹴る。


 目的地は明確、アンス王女が捕まっているであろう、ノイラートの監獄だ。


「前方に敵意の色が複数……」


 少し遠くを見つめているラルムが言った。


 なるべく戦闘の少ないルートを選んできたつもりだが、やはりこればかりは避けられないか。


 ラルムの忠告から二分後、僕の肉眼でも確認出来る位置に敵の姿が、あの異形の怪物は……。


「キマイラか……」


 獅子の顔に、山羊の胴体、その後ろには、蛇の尾が揺れている。あれは、アリス・ステラの迷宮区で出会ったキマイラの同種だろう。


「はい、ノイラート側に完全に操られている状態です」


 僕の呟きにアイが答える。


「なら、近くに敵の精神魔法師がいるのか?」


 それならば、そちらを先に倒すべきだ。


「精神魔法師の反応は感じられない……」


 怪訝な表情を浮かべながらラルムが言った。


 ラルムの眼にもうつらないと言うことは、相手は相当な使い手だが、前線にバールさんが出ているとは考えにくい。


「マスター、戦闘を開始します」


 ソラが短くそう言い放ったのと同時に、ソラ、リーフ、イーリスの三人は馬から飛び降り、近づいてくる三匹のキマイラと対峙する。

 少女達の右手にはそれぞれ短刀が握られており、素早い連携で一体のキマイラを取り囲む。


 残り二体の敵の動きは、僕とラルムの精神魔法でおさえている。


 ソラの短刀が敵の頭を狙って振り下ろされる。しかし、攻撃を読んでいたかのように、キマイラがそれを上体を傾けて躱す。だが、躱した先にはリーフとイーリスの斬撃が待ち構えている。


 舞い散る血飛沫。様々な動物とのツギハギによって生まれた彼らもまた、僕達と同じ、赤色の血を流すようだ。


 敵の血飛沫すら躱しきった彼女達は次の獲物へと狙いを変える。


 感情を得た彼女達が、本来の役目を全うしている姿は何故か、僕の心を不安にさせる。


 しかし、その不安とは裏腹に、危なげなく敵の処理を進める三人の少女達。


 戦闘に参加していないアイは、僕とラルムの護衛に徹している。


 そうして無事、三体の敵を倒した直後、目の前の何も存在しないはずの空間から不意に、何者かの声が発せられた。


「久しぶりね、フィロス君」


 金糸を編んだような金髪に、翡翠色の美しい瞳。その姿はアンス王女の未来を想像させる。絶世の美女と言う言葉は、この人の為にあるのかも知れない。


「お久しぶりです、フローラ王妃……」


 確か、一度だけ、ノイラートの宮殿内にてお会いしたことがある。


 しかしなぜ、ノイラートの王妃である彼女がここに? それにおそらくは、タイミングからみても、先程のキマイラをけしかけて来たのはフローラ王妃で間違いない。どれだけ思考しようと、疑問だけが、積み重なる。


「昔からの友人の頼みでね、フィロス君を完成させるのが私の役目のようなの。あぁ、アンスには恨まれてしまうかもね。でもこれは、この世界の為だから……」


 微笑を浮かべながら、抽象的な言葉を紡ぐフローラ王妃。


「一つだけ、いいですか? アンス王女は無事なのでしょうか?」


 わからないこと、聞きたいことは山ほどあるが、重要なことはその一点だけだ。


 この一連の流れに、フローラ王妃が絡んでいるのであれば、実の娘であるアンス王女は無事だと思うのだが……。


「それは、フィロス君がその目で確認する他にないはずよね? 君は何もかもが不透明な状況で、他者から与えられた情報を鵜呑みにするのかしら?」


 美しい笑顔の中にも、何かを測ろうとする思慮深さが見え隠れする表情だ。


「……」


 生憎と僕は、その問いに対して、返す言葉を持ち合わせていない。


「では、私はこの先で、君達を待つとするわ。またね、フィロス君」


 そう言って王妃は、アンス王女を彷彿とさせる笑顔を浮かべ、短い言葉を残し、いや、短い言葉だけを残し、それ以外の痕跡を全て消し去り、この場を後にした。


「完璧な認識阻害……」


 先程までフローラ王妃がいた空間を見つめながら、ラルムが小さく呟いた。


「あぁ、向こうから姿を見せなければ、絶対にわからなかっただろうね」


 ラルムですら感知出来ない程の精神魔法か……。そんな人物が敵にまわってしまったのは痛いが、アンス王女の実の母親である王妃がとったこの行動には、何か大きな理由があるはずだ。


 僕の完成がどうのと言っていたが、一体それは何をさすのか? 


 明らかに情報が不足している。

 彼女の言葉によれば、僕が何かの重要なパーツになっているのだろうか?


 

 わからないことを考え過ぎても仕方がない。今はどの道……。


『進むしかないです』


 僕の思考を引き継ぎ、決意を示すアイ達。


 その言葉に押されるようにして、僕達は再び、馬の背に乗り戦場を駆ける。


 後退という選択肢はすでに無く、前進のみを迫られるその様は、チェスにおけるポーンや、将棋における歩の動きを連想させた。


 この世界にとって、僕達が捨て駒で無いことを祈る。


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