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世界で唯一のフィロソファー  作者: 新月 望


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第百十四話『決定論』

 一人きりになった病室で、僕は思考する。

 

 自由という観念の源泉は不自由がないという事でしかない。僕達は普段、自由を感じることは少ない。むしろ逆に、自由でない時を意識することの方が多いだろう。風邪で高熱が出て身体が不自由になったり、直接羽交い締めにされて身動きが取れなくなるなど、自由を意識するのはいつも、不自由な時なのだ。いつもは気がつかない。ある時にはわからない。月並みだが、なくなってから気がつくと言うのは含蓄のある言葉だ。意識を失ってる間の時間は不自由さを感じることさえ出来ない。


 もしあの時、あぁしていれば。たらればを持ち出せばキリがない。一瞬一瞬の選択の連続が今を作り出している。今は過去の積み重ねであり、今の自分ならばこうしていたと言う仮定に意味を見出してはいけない。その時の自分はその選択をした。いや、それ以外を選ぶことは不可能だったのだ。


 朝にコーヒーを飲むことや、寝る前にシャワーを浴びること、それらは全て、その前に自分が積み重ねてきた行動により、その選択肢を選び抜く自分が形成されているのだ。今こうして思考の沼に浸かっている自分自身がまさにその事を証明している。朝は紅茶を飲むことだって出来るし、夜はシャワーを浴びなくたっていい。そこに自由は存在する。しかし、その時の自分はコーヒーを飲みシャワーを浴びる自分に仕上がっているのだ。


 栓の無い蛇口のように、僕の思考はただ流れ続ける。その水流を止めたのは、規則正しく鳴った扉をノックする音だ。僕はその音に、何も考えずに返事をする。


「はい」


 返事をしない可能性もあった。返事をしない自由もあった。しかし、今の僕は、このノックに対して返事をする僕として出来上がっているのだ。


 僕の返事を聞いて、真っ先に部屋へと入ってきたのは、青色の瞳に不安の色を重ねたラルムだった。その後ろにはイーリスもいる。


「フィロス君、具合は……」


 僕が腰かけているベッドに近寄り、こちらの瞳を覗き込むようにして問いかけてくるラルム。


「あぁ、大丈夫だよ」


 長い時間ベッドに横たわっていた所為か、倦怠感が身体全体を覆っているが、意識を失っていた期間を考えれば、まだマシな方だろう。今はそんなことよりも確認すべき事がある。


「イーリス、アンス王女は無事なのか?」


 ノイラートにいるはずのリーフと意識を共有しているイーリスにはそれがわかるはずだ。


「いえ、無事とは言えない状況です」


「それは、どう言う意味?」


 嫌な予感が頭を過ぎり、背中には冷や汗が流れる。


「現在、アンス王女はノイラートの牢獄に収監されているようです」


 静かな声で、冷静に報告をするイーリス。

 なるほど、おそらくノイラートは現在、バールさんの裏切りによって占拠されている可能性が高い。でなければ、王女が収監されるはずがない。


「リーフも一緒に捕まっているのか?」


「いえ、リーフは逃れたようです。それに、アイとソラは別行動をしていた為、無事です」


 その報告は、見方を変えれば不幸中の幸いとも言える。全員が捕まっているよりかは、助けやすい状況だ。しかし、アンス王女が一人で囚われているというのは、彼女の身を考えると最悪の状況とも言える。


「リザとフレアは?」


「二人は前線に出ています」


 やはり、リザはルサリィ王女の仇を討ちに出たのか……。フレアはおそらく、自分の意思で付いて行ったのだろう。


「では、僕達はまず、リーフ、アイ、ソラの三人と合流しよう。それから、アンス王女を救出する」


 僕が今後の方針を口にすると、少し遅れて部屋へと入ってきたシュタイン博士がこちらに向かって口を開く。


「それは、あまりオススメ出来ないな」


「私も同意見だ」


 シュタイン博士が連れてくると言っていた僕達の見張り役は、意外な人物であった。


「お久しぶりですね、フールさん」


 最後に部屋へと入ってきたのは、傷痕の街ネルベの領主、フール・グラオさんだ。僕の体感では、ルサリィ王女とあの街を訪れたのはつい最近のことであるが、意識を失っていた時間を加味すれば、久しぶりのはずだ。


「フィロス殿、貴方はいま、この国を出るべきではない。私は昔の戦争で、片腕と妻を失った。戦場での命は軽い。時の運や気まぐれ一つで吹き飛んでしまう。ルサリィ王女の良き理解者であった君がむざむざと死にに行くことは容認出来ない」


 いつかの記憶を辿るように、天井を見つめながら、フールさんが語る。


「それでも僕は彼女を助けに行かなくてはならない」


 この世界で、はじめて意識が目覚めた時、何も状況がわからない中、僕はノイラート宮殿にて囚われの身となった。その危機を救ってくれたのがアンス王女だ。彼女にとっては気まぐれだったのかも知れない。しかし、そうだとしても、あの一言が(フィロス)の命を救ったのに変わりはない。


 目を閉じれば昨日のことのように思い出せる。それ程までに鮮烈な記憶だ。


『よし、何でもやると言ったわね、ならば、私の従者になりなさい』


 あの時から(フィロス)はアンス王女の従者になった。従者が主人の危機に駆けつけるのは当然のことだ。騎士(ナイト)と言えないのが僕の情けない所ではあるが……。まぁ、従者だろうが、騎士だろうが関係ない、僕は単純に、アンス王女という一人の人間に笑っていて欲しいのだ。その為ならば、多少の無茶はいとわない。


「その瞳、フィロス殿の決意は固いようですね」


 僕の瞳を正面から見つめたフールさんが呟く。


「えぇ、この決断は揺るぎません」


「ならば仕方ありません。この隻腕のフール、途中までの護衛を請け負いましょう」


 それは、静けさの中に確かな力強さのこもった声音だった。


「ここから出れば命の保証は無いと聞いていたのですが?」


 意識が目覚めた直後、僕はシュタイン博士に釘を刺されていた。


「えぇ、それはもちろん保証しかねます。何せ外は戦場ですからね。私は最善を尽くしますが、あくまで、生存率が上がるだけであり、命の保証とは程遠いものです」


 フールさんのその言葉は、この場の誰よりも戦場を知っている者の、ありのままの言葉であった。だからこそ、その言葉は何よりも頼もしく感じる。


 僕はゆっくりとラルムの方に視線を向ける。


 この期に及んで彼女の意思を確認するのはもはや、無粋を通り越して、侮辱に当たるのだろう。だから、今必要な言葉は一言。


「行こう、アンス王女を助けに」


 僕の信頼に応えるように、ラルムは一度だけ、力強く首肯する。



 未来の僕を作り出すのは、今現在の僕だ。この選択がもたらす結果を覗き見ることは出来ない。しかし、わかりきっていることもある。今踏み出さねば、未来の僕は一生後悔するだろう。


 だからこの選択に間違いはない。いいや、選択ですら無い。僕にとっては一つの道しかないのだから。


 選ぶのではない、決まっているのだ。


 そういうふうに出来ている。

 

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