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世界で唯一のフィロソファー  作者: 新月 望


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第百十話『怒り』

 僕の頭はこんなにも役立たずだっただろうか。


 ルサリィ王女が殺された。そしてその犯人がバールさんだった。このシンプルな事実が僕の思考を停滞させる。


 先程まで式典を見守っていた人垣が割れ、その中央に突如として現れたバールさん。そして、自らがルサリィ王女を殺した犯人だと言っている。冗談にしては、あまりに笑えない。


「どうしてバールさんが……」


 目の前の光景が信じられない僕は、ただ小さく呟くことしか出来ない。


「貴様が娘を殺したのか?」


 憤怒の形相の国王が声を荒げて言った。


「いかにも、ワシがそこのルサリィ王女の精神を摘んだ犯人じゃよ」


 バールさんの返答が終わるか終わらないかのタイミングで、リザが背の大剣を両手に構えて飛び出す。勢いそのままに、炎を纏った大剣をバールさんの脳天目がけて振り下ろす。


 ーー舞い散る鮮血と舞い上がる炎。


 それらが混ざり合った朱色は紛れもなくリザの怒りを表している。そしてそれは、一人の命の終わりを告げていた。


「罪のない者を殺めるとは、どうやら貴女もワシと同類のようじゃな。命は皆、等しい。ルサリィ王女を殺したワシも、罪無き民を手にかけた貴女も、同じ人殺しじゃよ」


 柔和な笑顔のまま、ゆっくりとバールさんが語る。


 その言葉通り、リザの足元には、見知らぬ男の首が転がっている。人垣の中から、バールさんを庇うようにして、急に男が飛び出してきたのだ。おそらくは、バールさんの精神魔法による仕業だろう。


「言いたいことはそれだけか? お前を殺してもルサリィは戻らないし、誰も救われない。だから俺は、今から過ちを犯すことを選ぶ」


 リザはそう言うと、再び大剣を構え直し、瞬時に加速する。


「流石は噂に名高い煉獄姫、この程度では退かぬようじゃな」


 リザとの間に人の壁を作りながら、ギリギリのタイミングで攻撃を避けるバールさん。


 精神魔法により動きが読まれているとはいえ、リザの攻撃がここまで避けられるのは、彼女自身の精神的動揺が大きいのだろう。それに加えて、罪の無い一般人を盾に使われ明らかに動きが鈍くなっている。国王の精神魔法によるサポートもあるはずだが、戦況は明らかにこちらが不利。


 そんな状況の中、僕は動けずにいた。


 一体、どうすれば良いのか……。普通に考えるのならば、リザに加勢すべき状況なのだろうが、ここで僕が精神魔法を使いバールさんの動きを止めたとする。そうすれば、間違いなくバールさんはリザに殺されるだろう。その結果を真正面から受け止めきれる程、僕は強く無い。ルサリィ王女を殺したバールさんを許せない気持ちは大きいが、それ以上にバールさんを殺したリザを受け入れられる自信がない。


 思考だけが悪戯に加速し、僕の身体は完全に止まってしまっていた。隣で立ち尽くすラルムも同様の心境だろう。いや、彼女にとっては更に複雑な状況かも知れない。


 リザのお供をしていたフレアと、ラルムの隣に控えているイーリスにも僕の複雑な心境が流れ込んでしまったようで、二人の動きも完全に止まってしまっている。


 動揺しきった僕の頭にルサリィ王女の言葉が蘇る。


『小さな一歩かも知れないけれど、これを機にヴェルメリオは少しだけ変わるのね』


 自国を愛し、民を愛した彼女の笑顔を見ることはもう二度と叶わない。時は戻らない。死という結果は覆らない。


 心が軋む音がする。次第に色が消えていく。あぁ、これはあの時と同じだ。白と黒の世界。後は身を委ねるだけでいい。


「流石にそれはマズイのぅ」


 何かを察知し、僕に視線を移したバールさんが焦るように呟く。すると次の瞬間、僕の身体は意思を失い、リザとバールさんの間へと割り込む。


 ーー死をもたらす大剣の熱が眼前へと迫る。


 すんでの所でその動きが止まる。しかし、凄まじい斬撃の余波がその熱とともに僕の身体を激しく吹き飛ばす。


 背中を地面に打ちつけ、体内の空気が外へと吐き出される。息をするのも苦しく、視界がぼやける……。


「然しもの煉獄姫とて彼は斬れまい。では、そろそろ退くとしよう。ワシはこう見えて多忙なのでな」


 それは、薄れゆく意識の中で、僕の耳が最後に捉えたバールさんの言葉だった。


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