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世界で唯一のフィロソファー  作者: 新月 望


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第百八話『糸』

 ヴェルメリオ国王との話し合いから三日が過ぎた。綿密な打ち合わせを重ね、いよいよ今日、リザの演説後に心に傷を受けた精神魔法師に対して、勲章を授与する式典が行われる。新たな法律のお披露目式だ。


 演説が行われるのは、ヴェルメリオの王都にある中央広場と呼ばれる場所で、僕達は現在、その広場に向かって移動中だ。流石はヴェルメリオ製の馬車である。先程からほとんど揺れを感じさせない。


 車内には、僕とラルムとイーリスの三人だけが座っている。僕の正面にラルム、そしてその隣にイーリスといった構図だ。


 ルサリィ王女とリザは、国王と共に王家専用の馬車に乗っているようだ。第一王女のウェスタ王女は相変わらず魔大陸の調査を続けているらしく、今日も不在だ。エリス王妃も国外にいるらしく、またしてもお会いすることは出来ないようだ。


 王妃はあのウェスタ王女よりも強いらしいが、一体どのような女性なのだろうか? そんなことを考えていると、正面に座るラルムが、僕を気遣ってか、琥珀色の美しい両目で僕の顔を覗き込みながら口を開く。


「どうかしたの……」


「あ、いや、なんでもないよ」


「マスターはいま、ラルム様の瞳が綺麗だと仰っていましたよ」


 僕の思考と同調しているイーリスが淡々と述べた。


「えっと、その……」


 あちらこちらに視線を飛ばし、うろたえはじめるラルム。


「意識の共有はしょうがないけれど、告げ口は感心しないよ?」


 僕はイーリスへと詰問する。


「告げ口ではありません。ラルム様に吉報を届けただけです」


 よく分からない言い訳だな……。


「失礼を承知で申しますと、よく分かっていないのはマスターの落ち度でございます」


 またしても僕の心の声に言及するイーリス。

 彼女がここまで自分を出してくるのは珍しいことだ。


「よく分からないけれど、ごめん、僕が悪かったよ」


「マスターには、よく分かってもらう必要があります。ラルム様が一体どのようなき……」


 ヒートアップしたイーリスの口を塞いだのは、横から伸ばされたラルムの両手だった。


「やめて……」


 ラルムの真っ白な頰には薄っすらと朱色がさしており、桃色に染まった瞳がイーリスの瞳を見つめている。


「失礼しました。出過ぎた真似をお許しください」


 ラルムの両手から解放されたイーリスがすぐさま謝る。


「うん、大丈夫、ありがとう……」


 そう言って静かに礼を述べるラルム。


 奇妙な空気が流れる中、何とは無しに居心地の悪さを感じていると、丁度良いタイミングで馬車の動きが止まった。渡りに船とはこのことだ。僕は新鮮な空気を求め、足早に馬車の外へと出た。



 * * *


 馬車から出て、来賓席へと案内された僕達は、静かにその時を待つ。


 緊張感と期待感が混ざり合う空気の中、一人の少女が、広場の中央に設けられた演壇へと向かう。


 そして、その演壇の目の前で静止した彼女は背中の大剣に手を伸ばす。すると次の瞬間、彼女の目の前に屹立していた演壇が真っ二つに割れた。


 第三王女の見せた予想外な行動に皆が息を飲む。そして、この場にある全ての視線を根こそぎ集めた彼女は言う。


「壇上から語る言葉なんて、俺にはねーよ。俺は、みんなと同じ高さで話しをする」


 そこに立っているのは、紛れもなく、リザという一人の人間だった。内乱を治めた英雄でもなければ、ヴェルメリオの第三王女でもない。そこには剥き出しのリザがいた。だからこそ、彼女の言葉は届く。そんな確信さえ感じる。


「正直な話、俺には政治の話なんてわからねー。だけどよ、わかってる事もある。傷を負った仲間は助けるべきだ。ヴェルメリオに住んでる奴なら、三歳児だってわかる常識だ。傷ってのは、目に見えるものと、そうじゃないものがある。だが、それらは等しく傷だ。なぁ、そこの坊主、仲間(ダチ)が怪我したらどうする?」


 リザはそう言って、最前列で話を聞いていた少年に問いかける。


「助ける!」


 拳を突き上げ、堂々と答える少年。


「よく分かってるじゃねーか! 俺からの話は以上だ!!」


 予定の時間の十分の一で演説を終えたリザがスッキリとした表情で元いた場所へと戻っていく。


 何一つ予定になかった型破りな彼女の言葉が、(なかま)に届いたかどうかなど、確かめる必要すらないだろう。


 広場を埋め尽くす拍手と歓声の嵐。この光景が答えそのものだ。


 その熱気が失われることはなく、歓声の中、いよいよ、式典へと移る。リザが演壇を破壊した為、ルサリィ王女による精神魔法師への勲章授与式も平場で行われることとなった。流石に全員分をルサリィ王女が直接渡すわけにもいかないので、代表として受け取る数名が前に出てきていた。


 金糸で編まれた勲章を丁寧な所作で代表者の胸元につけていくルサリィ王女。中には、勲章を受け取り、涙する者までいる。


 ーー緊張感のある厳かな時間が流れた。


 いよいよ、最後の一人に勲章が授与されようとしていたその瞬間、何の前触れも無く、ルサリィ王女が目をつむり、糸の切れた操り人形のように倒れ伏した……。


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