第百六話『平等、公平、公正』
現在僕は、ネルベにて話し合いが行われた、精神魔法師に対する勲章授与についての件で、ヴェルメリオ国王にお伺いを立てにきていた。
「なるほど、確かに我が国は、直接的な武勇をもてはやす傾向にあるからね、精神魔法師に対してのケアが足りていないのは事実……」
しばらくの間、国王の私室に沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは、僕の隣りに立つルサリィ王女だ。
「お父様は自らが精神魔法師だからと言って、精神魔法師を贔屓しないようにしているのかも知れないけれど、それが逆に、身体魔法師と精神魔法師の間に待遇の差を生んでいるのではないかしら?」
ルサリィ王女の言う通り、一方に肩入れしないようにすることによって、結果的にもう一方に肩入れしてしまっているのが現状だ。
「その通りなのだが……」
国王もその事実については、はっきりと認識してはいるのだろう。
「平等を守ることよりも、公平を期すことの方が難しいですからね」
僕は状況を動かす一手にでる。
「どう言う意味かしら?」
首を傾げながら、ルサリィ王女が問いかけてくる。緩やかに巻かれた真紅の髪がふわりと揺れる。
「例えばですね、決まった額の代金で、食べ物が食べ放題のお店があったとします。その際のお金を、大人と子どもからも一律に同じ金額を徴収するのが平等です。しかし、通常は大人の方が子どもよりも食べる量が多いので、子どもは大人の料金の半額で良い、これが公平です」
「なるほどね、ただ数字を揃えるだけの平等に対して、様々な状況を加味した上で場を整えるのが公平ってことかしら?」
「はい、大枠はそんな考え方です」
ルサリィ王女は飲み込みが早く、話が進めやすい。
「でも、それじゃあ、結局、公平って言葉は主観であって、ある人にとっての公平は、他の人にとっての不公平ではなくて?」
当たり前の疑問ではあるが、哲学的な土壌の無いこの世界で、こうも簡単に本筋に近づくとは……。
「えぇ、だからこそ、国王様は悩んでおられるのです。時として、平等は不公平であり、公平は不平等だから」
平等と公平は混同されがちな言葉だが、それは大きな間違いである。
「どうすれば良いのだろうか……」
顎に手をやり、思案顔の国王。
僕はタイミングを見計らい、再び口を開く。
「現状はあまりにも、精神魔法師に不遇だと感じますよ。あくまでもこれは、僕の主観であり、僕の中での公平さですが」
「えぇ、私もそう思いますわ。これで、この場では私達の意見が多数、つまり、公平な意見になったと言うことね?」
不公平な理屈を数の力で押し付けようとするルサリィ王女。
公平とは所詮、より多くの主観による合意を集めただけの代物だ。
「結局の所、真の公平なんてものは、人の身である限りは実現出来ないのですから、それに、法律なんてものは公平ではなくとも、公正であれば良いのです」
「公平と公正はどう違うのかしら?」
ルサリィ王女が再び問いかけてくる。
「公正には正当性があれば良いのです。つまり、一般的に正しいと言えればよいだけなので、公平のように、その場に応じた、様々な情報を加味してバランスを取る必要はないのです。要するに、ズルをせず正しいことを行うのが公正ですかね」
そこに主観が混じろうとも、不正をせず、ただ、正しければ良いのだ。
「なるほど、それならば、精神魔法師が勲章を貰うことは公正を期していると言えるわけか。ズルはしていないし、正当な理由もあるわけだからね」
ゆっくりと首肯しながら、納得した様子の国王。
「はい、その通りです」
少々、言葉遊びが過ぎた気もするが、結果としては、良い方向へと向かったように思える。まぁ、その感覚も、僕の主観でしかないのだが。しかしそれは当たり前のことである。
『言葉』がどのようにして、世界を写し取っているのかを『言葉』では説明出来ないのと同じで、僕らは皆、自身と言う枠組の外に出ることは出来ないのだ。
「では、どのようにして民に伝えるのがベストだろうか?」
少しの間を空けて、国王が問いかけてくる。
「内乱鎮圧後に、リザ王女の口から発表するのが最善かと」
僕は当初の計画通り、自らの意見を提示する。
「なるほど、身体魔法師であり、十分な武勲のあるリザの口から発表するわけか、確かにそれは、効果的に思える」
僕の言葉の意味をすぐに理解した国王が頷く。そして、続けざまにこう言った。
「リザの方はすでに内乱を鎮めたようだし、日取りは三日後にするとしよう」
国王のこのすぐに行動に移す積極性は、彼の娘のリザの姿を彷彿とさせた。いや、リザが国王に似ているのか。
「大臣達へは、私が話をつけておきますわ」
「くれぐれも精神魔法は使わないようにね?」
国王が、実の娘に釘をさす。
「はい、あくまでも公正な話し合いで納得して貰いますわ」
そう言って、意味深な笑顔を浮かべるルサリィ王女。
「まぁ、この手の根回しは、ルサリィが一番上手くやるからね、穏便に頼むよ?」
重ねて念を押す国王。
「はい、任せてくださいな」
ルサリィ王女のその返事を最後に、今日の話し合いはお開きとなった。
* * *
先程の話し合いから一時間程が経過した。何やら、ルサリィ王女が僕に話があるようで、現在僕は、彼女の私室へとお呼ばれされている。
全体的に赤を基調とした部屋だ。そこには、ヴェルメリオの王女としての強い拘りを感じる。部屋の隅に置かれている本棚には、所狭しと本が並べられており、赤色のエネルギッシュな空間に沢山の本が並んでいる光景は、不思議なコントラストを生んでいた。
そうして、僕が部屋の中を眺めていると、ルサリィ王女が口を開いた。
「淑女の部屋をじろじろと見るのは褒められた行為ではないわよ?」
赤色のテーブル越しに座る王女が、微笑みながら言った。
「自分の事を淑女と呼ぶのは、褒められた行為なのですか?」
失礼かとも思ったが、何となく、今はジョークを求められている気がしたのだ。
「あら、私には、気品やお淑やかさが足りないと?」
薄っすらと笑いながらも、僕を詰問するルサリィ王女。
「それは、失礼しました」
僕がそう言って、降伏すると、彼女は満足そうな表情でこう言った。
「今日はありがとう」
「急にどうしたのですか?」
「私はこの国を愛していますが、身体魔法師と精神魔法師の待遇の違いには、実は前々から思う所がありましたの。しかし、ヴェルメリオの強さの根幹を支えているのは、お母様やお姉様、それにリザのような一騎当千の身体魔法師の力であることは間違いない。だから、仕方のない事だと目を瞑っていたのよ」
彼女の言葉だけが、広い部屋の中に響く。
「私自身がどこかで、劣等感を持ってしまっていたのかも知れない。でも、それは間違っていた。王女の中で唯一の精神魔法師である私が、先陣を切って声をあげるべきだったのに……」
絞り出されたその言葉は、対話と言うよりも、独白に近いものだ。
「僕は、背中を押しただけですよ。もとから、国王様とルサリィ王女の頭の中に、そのようなお考えがあったからこそ、実現するのです」
僕の言葉を聞き逃すまいとしてか、目をつむりゆっくりと首肯するルサリィ王女。
「小さな一歩かも知れないけれど、これを機にヴェルメリオは少しだけ変わるのね」
そう言って浮かべた彼女の笑顔は、実に公正さに欠けるものだった。そう思える程に、その面差しは意地らしく、可愛い笑顔だったのだ。




