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世界で唯一のフィロソファー  作者: 新月 望


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第百五話『それぞれの正義』

 内乱は嫌いだ……。自国の民を切らなきゃならねーからだ。間違った行いを間違った方法で正す。それが内乱だ。だからせめて、一秒でもはやく、この戦いを終わらせる為に、俺は相手を蹂躙する。実力の差を示し、相手の牙を抜く。


 後ろは見ない。俺の背中は、仲間に預けている。自分の意思で俺について来たフレアと、俺を小さな頃から支えてくれている専属メイドのサリア。彼女達が俺の背を護ってくれている。


 だから俺は、ただひたすらに前へと突き進む。切って切って、活路を開く。敵陣に穴をあけるのが俺の仕事だ。ヴェルメリオの将は、常に最前線に身を置くものだ。


 俺の正面には男が三人。敵ながら、良い動きをする。流石はヴェルメリオの兵士だ。首筋に迫る白刃を見て、ほんの少しだが誇らしくも思う。不思議と焦りはない。まるで時間が引き伸ばされたかのように、敵の動きが視える。この身体がオグル族との修行の成果をダイレクトに感じている。


 首、肩、腹を狙う三本の刃を大剣の一振りで叩き折る。 その余波で生まれた炎が、更に多くの(てき)を焼き払う。


 返り血が俺の髪を更に赤く染める。大地を焼く獄炎が戦場すらも、赤く、赤く、染める。


「煉獄姫か……」


 俺は小さく呟く。迷ってはいけない。迷うことは、俺が奪った命に対しての侮辱だ。


 しかし、この己の姿はあまり、フィロスには見せたくはないものだ。


 ほんの一瞬の意識の揺らぎを感じとったのか、新たに現れた目の前の屈強な兵士が裂帛の気合いをもって、激しい斬撃を繰り出してくる。


 俺はその斬撃を大剣で正面から受ける。激しい金属音が鼓膜を強く揺らす。鍔迫り合いになるも、こちらは炎を操っている。刃同士は拮抗しても、戦況は拮抗しない。刃が触れ合う度に、激しい炎が男の身体を焼く。


「お前が、敵将だな?」


 この身のこなしと面構え、他の兵士とは明らかに覚悟が違う。


「裏切り者の私を将と呼んで下さるのですね」


 男のその言葉は決して、皮肉の類いではなく、そこにあったのはむしろ、親愛にも似た、何かだった。


「己の背に兵を引き連れ、命を背負う覚悟がある奴は誰だろうと将だ。お前、名は?」


 俺はいつも、あまり敵の情報を聞かないことにしている。必要な情報は、メイドのサリアが押さえているからだ。不要な情報は剣を鈍らせる。しかし、こういう場合は別だ。この男の意思は怖ろしい程に強い。ならば、俺は、その意思(いのち)を奪い、背負って、更に強くなる。それは、ヴェルメリオの歴史そのものだ。


「ウィル・グリーズ」


 俺の問いかけに、その男は短く名乗る。そして、それを合図にして、俺達は再び、剣を重ね合う。


 ーー肉の焼ける匂いがする。


 その男は、自身の身体が炎に包まれていると言うのに、絶対に剣を離さないでいる。出来ることならば、その、地獄の炎にも溶かされることのない、鋼の意思を、この国の為に燃やして欲しかったものだ。いや、この男はこの男なりに、国の行く先を考えた末に起こした内乱なのだろう。あるのはいつも、互いの信じる、別々の正義のみだ。


 自分の正義を信じたければ、勝ち続けるしかない。勝って残ったものだけが、歴史を刻み、意味を持つ。


 男にはもう結末が見えているのだろう。それでもなお、信念を貫くことに意味を見出しているのだ。


 そして、数分の打ち合いの末、ウィル・グリーズは、一片の肉塊も残さず灰燼に帰した。決して最後まで離さなかった銀の大剣だけが、そのまま、真っ直ぐに地面へ落ちる……。


 残ったものは、地面にぶつかり鳴り響く、男の矜持がもたらした金属音のみだ。


 その音を聞き逃さぬよう、しっかりと耳をすます。そして、音が鳴り止むと同時に、俺は高らかと叫ぶ。


「ウィル・グリーズは討ち取った!! 皆、剣を納めろ!!」


 身体魔法により強化されている俺の声が、戦場の隅々まで響き渡る。


 自軍は歓喜し、敵兵達は膝をつく。


 おそらくこの戦いは、ヴェルメリオの史実に残されるのだろう。正義の王女と悪の敵将が戦った物語として。


 勝者が掲げた正義だけが、正義として名を残す。敗者が掲げた正義は、悪という名のレッテルを貼られ、全てを剥奪される。そこに、確かな正しさがあったとしてもだ。


 死者は語ることを許されず、生者は語り続ける。戦いが残す物など、ただそれだけの事実(うそ)だけだ。


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