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世界で唯一のフィロソファー  作者: 新月 望


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第百話『始動』

 不安に駆られながらも、僕はゆっくりと目蓋を開ける。そして、ゆっくりと上半身を起こす。あれ、何故、フィロスの上半身が自由に動くのだろうか? 僕の腹部は確か、クラーケンに貫かれたはずだ……。あれは、夢だったのか? いやいや、夢の中の夢など笑えない。あれ? 首飾りがない。それに、服装も見覚えのないものに変わっていた。病衣のような見た目だが、鮮やかな赤色の為か、あまり弱々しさは感じられない。


 状況を飲み込む為にも、僕は周囲を見渡す。視界に広がるのは石造りの無機質な部屋だ。なんだか少し、見覚えのある光景。確か、この部屋は……。


 僕が記憶を辿っていると、部屋の扉が静かに開いた。


「フィロス君、大丈夫? 私の所為で……」


 扉の隙間から、そっと顔を覗かせながら、こちらの様子を見つめるラルム。


「ラルムの所為なんかじゃないよ、気づいたら僕の身体が勝手に動いていただけさ」


 まだ状況が飲み込めないが、まずは、彼女の不安の色を拭いたかった。


「あ、ありがとう……」


「うん、ラルムが無事で良かったよ」


「三日も意識を失っていたから、本当に心配した……」


 なるほど、フィロスは三日も意識を失っていたのか……。ん? おかしい、クラーケンの攻撃をくらって意識を失い、哲也として過ごしたのは一日だけだ。それが、こちらでは三日も経過しているだと? 今までも、時間の経過がずれることはあったが、ここまで激しくずれた事は無かった。


「えっと、ここはヴェルメリオでいいんだよね? みんなはどこへ行ったの?」


 部屋の雰囲気から、ここがヴェルメリオであることはわかったが、他のみんなは何処にいるのだろう?


「それは私が説明します」


 ラルムの開けた扉から、そっと部屋に入ってきたイーリスが言った。


 * * *


「なるほど、そんな経緯があったのか。それで、みんなはどこへ?」


 クラーケンを操り、海賊船を手に入れるとは、驚きの展開だ。それに、僕の命を救ったのがあの首飾りだったとは……。あの時助けた村人達に、今度は僕が救われたようだ。なんだか、命の循環を感じる。


「リザ王女は、王族の公務に、アンス王女はノイラートへと向かいました」


 イーリスが淡々と報告する。


「アンス王女がノイラートへ!?」


「はい、アイとソラとリーフの三人は護衛の為、アンス王女に同行しております。フレアはリザ王女の補佐についています。それと、アンス王女達は無事、宮殿についたそうです。ただいま、マスターが意識を取り戻した事を報告した所、とても安心した様子でお喜びとのことです」


 彼女達のネットワークのおかげで、すぐさま情報が共有出来るのはでかい。


「じゃあ、僕達もすぐに向かおう」


「いいえ、それはまだ無理です」


 落ち着き払った声音でイーリスが言う。


「どうしてだい?」


 僕は前のめりに問いかける。


「現在ノイラートでは、マスターとラルム様はアンス王女を連れ去った大罪人とされています。その誤解をアンス王女が訴えている状態なのです。ヴェルメリオでの生活はリザ王女の口添えでどうにかなったようですが」


 だとすれば、あの時、あの場にいたアイも同じ大罪人扱いなのでは? そうなれば、見た目が同じ、ソラやリーフにも危険が及ぶのではないか?


「いえ、アンス王女の計らいによって、アイ達は王女を守る為の魔導具の一種として見なされたようです」


 イーリスが僕の思考を読み取って答える。


「僕もラルムも認識阻害が使えるし、僕は宮殿内にも詳しい、忍び込むのなんて簡単さ」


「忍び込んだ後はどうするのです? 認識阻害は長時間は使えませんし、宮殿内には多くの精神魔法師がいます」


 僕の迂闊な発言をたしなめるイーリス。


「な、なら、バールさんに頼めばいい」


「アンスちゃんもすでに、師匠に話はしたみたい……」


 ラルムが俯き気味に言った。


 今は待つしかないのか……。


「まだ時間はあります、落ち着いて考えましょう」


 確かに、イーリスの言う通り、いくら僕が三日間気を失っていたとはいえ、アリス・ステラの予言する戦争までは三ヶ月ある。しかし、ここで懸念すべき事が一つ。今回のように、何らかの衝撃でフィロスの身体に相当なダメージが加わり意識を失えば、地球とイデアでの過ぎる時間が大きく食い違う可能性がある。そうなれば次は、三日間で済む保障はないのだ。


 そんな僕の思考に首を傾げるイーリス。彼女達には、地球に関する思考だけは読めない為、怪訝な顔をしている。


 しかし今は、出来ることをやるしかない。アンス王女達と情報を共有しつつ、戦争の火種を見つけ、完全に消すしかない。考え方を変えれば、二手に分かれた事により、ノイラートとヴェルメリオでの調査が同時に行えるのだ。


 何としても僕らが、戦争が起きるのを食い止めねばならない。


 正直この世界の平和について、どうこう言うつもりはない。ただ僕は、大切な二人の王女に笑っていて欲しいだけなんだ。


 そうして僕が決意を新たにしていると、扉を叩く規則正しい音が鳴った。


「フィロス様、お目覚めでしょうか? 身体に支障が無ければ、少しお時間宜しいでしょうか。国王様がお呼びです」


 白と黒のメイド服に身を包んだ、ヴェルメリオ王家の使用人が、はっきりとした口調で問いかけてくる。


「は、はい、わかりました」


 僕はすぐに返事をして、立ち上がる。


「では、その前にこの服にお着替え下さい」


 僕は赤色のローブを受け取り、その場で着替えた。まあ、この身体は十歳程度の少年の見た目をしている為、使用人の女性に咎められることは無いだろう。


「フィロス君……」


 ラルムが顔を真っ赤にしているが、今は時間が惜しい。


 胸元には金色に輝くヴェルメリオの紋章エンブレムがつけられており、これが、ヴェルメリオ内での身分を保障してくれるようだ。しかし、前回来た時には、この服には着替えなかったのだが、以前とは状況が違うからだろうか? そんな疑問を抱きながらも、僕は一歩踏み出す。

 

 それにしても、国王からのお呼び出しとは、一体何だろうか……。


 突如として訪れた緊張感を纏い、僕はこの部屋を後にする。


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