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タイムリープも楽じゃない!  作者: らつもふ
6/6

EX1-2

 かなり視界がボヤけていて焦点が合わなかったが、それでも一つだけはっきりしているのは、この場所は初めて見る光景であることだ。

 あの不思議な感覚………。そう、間違いなくタイムリープをしたはずだ。

 しかし、いつもの丸い蛍光灯が見えず、それに代わって会社とかで見かける長細い蛍光灯が並んでいた。

 もう少し視線を動かしてみると、部屋の天井や壁は白で統一されているようだ。こうなってくると、完全にうちのボロアパートでは無いのは疑いようも無い。

 ちょっと首を周囲に巡らして───!?う、動かない!首が全く動かないぞ!?それどころか、眼球以外に体を動かせる部位が全くない!!!

 ───金縛り!?

 咄嗟にそう感じたのだが、そういえば何となく息苦しい。

 マスク……!?

 うーむ。どうやら俺はマスクで鼻と口を覆われているみたいだ。

 ここまでの情報を整理すると、俺はほぼ、間違いなく病院のベッドの上にいるのだろう。

 俺の視界の左端に点滴が吊るされているのが見えるので、これは確定と言って良いはずだ。

 すると、突如として不安な気持ちが俺の心臓を締め付けてきた。

 あの時──。俺と牡丹は、駅前の横断歩道の手前で並んで信号待ちをしていた。

 すると、突然俺は気を失った───。

 目が覚めると全く体は動かず、点滴を打たれ、マスクをした状態で病院のベッドに寝かされていた。

 ………ここから導かれる答えは───事故!?

 そうか!俺は何らかの事故に巻き込まれたのか!?これは………タイムリープではなかった………!?

 じゃあ、牡丹はどうなった!?

 俺はすぐにでもベッドから飛び出し、牡丹の安否を確認したかったが、手足がピクリとも動かないし、声も出すことが出来なかった。

 俺自身、これほどの重傷を負っているなら、俺に寄り添っていた牡丹はどうなっているんだ!?あいつは、やっと普通の女子高生としてスタートを切った矢先なんだ!もしも、あいつの身に何かあったら、神であっても只では済まさんぞ!!!

 俺は心の中で毒を吐くと、目尻から一筋の涙が流れ落ちた。

 すると、突然おれの右隣から老人の声が聞こえてきた。

 「おじいさん?………あたしの声が聞こえますか?」

 そう言いながら俺の顔を覗き込む老婆。

 だが、声の割には若々しく見える老婆で、白髪交じりのショートカットはくせ毛のようで、毛先がくるくると丸まっている。

 老婆はとても優しい目で俺を見つめると、両手で俺の右手を握る。

 「おじいさん、曾孫たちまでみんな来てくれましたよ?………わかりますか?」

 「おじいちゃん!」

 「元気出して!」

 小さな子供たちの声が俺の左側からやかましく聞こえてくる。

 すると、一人の子供が俺の点滴を吊り下げたの鉄柱にぶつかったようで、すぐに父親に叱られたが、これを見て別の子供がはやし立て、病室が一気に賑やかになった。

 そんな孫たちを、俺を見るのと同じように優しく見守る老婆。

 「あ……う………」

 俺は必死にしゃべろうとするが、全く言葉が出て来ない。

 「………ああ、おじいさん。わかりますよ?家族が勢揃いしてくれたことが嬉しいんですね?」

 そう言いながら老婆は俺の右手をポンポンと軽く叩く。

 「あたしもおじいさんと同じ気持ちですよ………いざとなったらすぐに駆けつけてくれる。本当に……本当にいい子たちですね………おじいさん………」

 老婆ばそう言って嬉しそうに笑う。

 俺はその顔を見て涙が止まらなかった。ただただ泣いた。

 すると老婆は顔を近づけて言った。

 「本当に……。本当にあたしは幸せな人生を送る事ができましたよ………。これも全部おじいさん………あなたのおかげです………今まで本当にありがとう………」

 そう言いながら大粒の涙をポロポロと流す老婆。

 「もう、最後は笑顔で見送るって言ったのに………おばあちゃんたら………」

 「ゴメンね………やっぱり寂しくてね………」

 そう言いながら、手渡されたハンカチで涙を拭う老婆。

 

 そうか………俺は牡丹を幸せにすることができたんだな……。


 ───全てを悟った。

 ここは数十年後の未来。

 おそらく牡丹と結ばれて幸せな家庭を作った未来。

 そして、俺はまさに天に召されるその直前にタイムリープして来たんだ。


 病院の一室を埋めるほど沢山の家族に囲まれて、俺は幸せを噛みしめながらその目をゆっくり閉じた。

 牡丹を幸せにすることが出来た。

 これほどの幸せがあるだろうか?

 俺はそれを実現するためにあの日、学校の屋上で牡丹を抱きしめたのだから………。


 もう牡丹の声や曾孫たちの声も聞こえない。

 静寂が俺を包む。


 こうして目を閉じると、走馬灯のようにこれまでの出来事が思い出される。

 高校生活の初日に、牡丹に缶コーヒーをぶつけられて流血したり、生徒会長に立候補したり、そして牡丹との初デート………。


 …………。


 ……おい。


 ちょっと待て。


 フラッシュバックするネタがあまりにも少なすぎて、あっという間に終わってしまったんだが!?別の意味で、めちゃくちゃ悲しいのだが!!!

 たぶん、牡丹を幸せにしたのは間違いないのかもしれんが、俺自身、その記憶がスッポリと抜け落ちている………って、そりゃそうだ。突然訳も分からぬままこんな何十年も後の死の直前にタイムリープしてきたんだからな。

 事象に対して俺の記憶が全く伴っていない!!!

 そんな俺の気持ちに反して、なんだか意識が徐々に遠退いてくる感覚がしてくる………。


 おい!!!ちょっと待て!!!俺は全然幸せを実感できんぞ!?


 「こんな人生、絶対おかしいだろ!!!!」


 俺は心の中で叫ぶと浮遊感と共に意識を失った。


 ◆



 目を開けると、見慣れた丸い形をした蛍光灯が見えた。

 反射的に飛び起きる。

 普通に体が動いたので一先ずホッとする。

 改めて自分の両手を見ると小さな子供の手だった。

 そうか───。

 俺は完全に事態を飲み込んだ。

 あの瞬間、俺は自分の人生に対して、強くネガティブな感情を抱いてしまったため、6歳の誕生日の朝へタイムリープしてしまったんだ。

 俺は視線を襖へ移す。

 あの襖を開けると、何度も体験した地獄が待っている。

 貧乏でやりたい事もできず、食べたいものも食べれない生活。そして、常にフラグを回収することだけを意識した生活。

 だが───。

 俺はパンと膝を叩いて勢いよく立ち上がると、ドカドカと歩いて行って襖に手を掛ける。

 ───未来は何も決まっていない。

 そうだ。牡丹ルートが示してくれたように、まだまだ俺の未来には可能性が残されている。

 これからの人生、何が起こるのか誰にもわからないのだ。

 俺はキッと前を睨むと、勢いよく襖を開けた。

 居間には例によって母と父がおり、二人とも俺に優しい視線を送ってくる。

 「………」

 え!?……父……だと!?

 「どうした?宏太?ハトが豆鉄砲を撃ったような顔をして?」

 ハトが撃つんじゃねぇよ、などというツッコミをしている場合ではない。

 どうして父がここにいるんだ!?

 「二人は………離婚したんじゃ……?」

 そんな俺の呟きが母にまで聞こえたようで、苦笑いしながら父と顔を見合わせながら口を開いた。

 「実は昨晩遅くまで話し合って、よりを戻すことにしたのよ」

 なんだと!?

 「まあ、お前のことを考えるとそれが一番ベストだと思ったんだ。俺も心を入れ替えて頑張って働くからよ!」

 そう言ってガッツポーズをする父。

 至極当たり前の事を言ってるだけなんだが、まさか、タイムリープの起点となる朝も改変される事があるとは驚きだ。

 この数百年で、両親が揃った状態でリスタートを切るのは初めてのことだった。

 俺はニヤリと笑うと呟いた。

 「誰にも未来はわからない………か………」

 よーし!やってやんよ!!

 初っ端から筋書きのないこのルートを、見事に完全攻略してやる!やってやる!!!

 「えい、えい、おーっ!!」

 俺は幼い手を力一杯握ると、叫びながら勢いよく突き上げた。



--END--


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