表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タイムリープも楽じゃない!  作者: らつもふ
2/6

この生徒会マジでヤバイんですけど!?

■この生徒会マジでヤバイんですけど!?


 昼休みを終えて、生徒会室から戻った俺は、午後の授業はいつものように、窓の外の景色をぼーっと眺めていると放課後となった。

 牡丹の席を見ると、すでにその姿は無かった。

 さて、部活に行く前の牡丹をつかまえて話しを聞かないとな。

 俺はテニス部の部室のそばでスマホをイジリながら牡丹を待った。

 しかし、一向に姿を現さない。

 どうしたんだろうと思い、テニスコートまで足を運ぶと、ちょうど乱打している部員に声をかける。

 「すみませーん!牡丹……1年の扇谷はどこにいますか!?」

 すると、乱打しながら一人の女性部員が答えてくれた。

 「あー、扇谷なら今日は来ないよー。金曜日は家庭の事情とかで部活に出れないんだって!」

 「そうなんですか。ありがとうございました!」

 そう言うと、俺はテニスコートを後にする。

 今日はすぐに帰っちゃったのか───。

 なんだか気になりだすと、ホント気になってしょうがなくなるんだよね。

 でも、牡丹の自宅がどこなのかも知らないし、そもそも自宅に押し掛けるのもどうかと思うし。

 とりあえず、このモヤモヤした気分を紛らわすためにも、ちょっと生徒会室を覗いて来よう。

 

 「………」

 

 そんな甘い考えでここに来た俺が馬鹿だった。

 何気なく生徒会室に行くと、そこには大量の雑務が俺を待ち構えていた。

 資料整理、ゴミ掃除、PC環境調査、学祭のクラス別の催し物と予算整理等々……。

 俺は、段ボールに詰め込まれている過去の資料を整理しながら山口に泣きついた。

 「ちょ!会長!俺一人でこの仕事量は無理っす!」

 すると、山口も教師から返却された報告書や指示書を確認しながら叫んだ。

 「わかってる!わかってるって!でも、周りを見てくれ!全員、手が離せないんだよ!」

 目を潤ませながらこちらを見る会長があまりにも哀れで、俺はこれ以上抗議ができなかった。

 周囲を見ると、秋田も各クラスから上がってきた要望書を精査中で、福島は学祭のビラをPCで作成していた。

 しかも、頻繁に各クラスの学級委員がやってきては、会議卓に資料を無造作に置いていくので、全然仕事が片付かない。

 これはさすがに本気で取り組まないとマズイ。

 

 そもそも生徒会と言っても、マンガやアニメのように、すごい権力を持った生徒会なんて、現実の公立高校にはほとんど存在しない。

 世間一般的な生徒会にはほとんど何の権限も無く、主に教師とPTAに全ての決定権があり、唯一、学園祭だけは生徒会と実行委員にてある程度の運営が任されるのが普通だろう。

 うちの学園もご多分に漏れずそんな感じだ。

 そう言った意味では、生徒会長を決める選挙だって何の意味も無いのだ。

 意気揚々と立候補して当選した所で、何の権限も持たない生徒会長なんて、学園生活の改善という理想を掲げても、実現は不可能に近いのだ。

 そもそも任期が1年しかないのだから、改善する暇なんて全くない。

 では、例えば俺が生徒会長に立候補すると仮定する。

 俺は1年生だから、もしも3年生まで生徒会長を継続させてもらえるのであれば、もう少しマシなルール作りも出来るだろう。

 だけど考えて欲しい。

 3年間を生徒会の活動に費やし、教師やPTAを説得し生徒からも理解を貰い、やっとの思いで何らかの改革が出来たとしよう。

 でも、その時には俺は生徒会を引退し、受験勉強に励むことになるだろう。

 そう──つまり、自分が頑張って改革した恩恵を、自分が受ける事はほとんどできないのだ。

 誰がそのような損な役回りを、自らやりたがるヤツがいると言うのか?

 はっきり言おう。

 生徒会は完全に破たんしているのだ。

 まぁ、それをわかっていて生徒会に入ったのだから、もちろん俺には考えがあったし、今まで何度となくこの学園の生徒会を立て直して来たと言う実績もある。

 たとえここが『初めて体験する世界』であっても、俺には何百年という経験がある。

 何とかなるだろう……。

 

 

 ───あれから3週間。

 「全っっっ然、何ともなんねぇえええ!」

 俺は地域住民や商店街に学園祭のビラを配りながら呻いていた。

 「いくら学園祭の準備でどこも忙しいからって、俺一人で1000枚ものビラ配りとか無理ゲーすぎる!」

 そもそも歴代でダントツのポンコツ生徒会どもなので、必然と俺の作業量が増え、自分の仕事を消化するだけで手一杯となり、改善やら改革やらに着手する暇が無いのだ。

 昼休みも、放課後も学園祭の準備に明け暮れている始末……。

 負のスパイラルとはこの事だ。

 駅前で掛け声とともに泣きながらビラ配りをしていると、俺に声をかけてくる声があった。

 「毎日忙しそうだね?桜田」

 振り返ると、そこには愛しのマドンナ、大西さんが立っていた。

 俺と目が合うとニコリと微笑む大西さん。

 ちくしょー!かわいい!かわいすぎる!かわいすぎまくるっ!!かわいすぎまくりやがるっっ!!!

 「ど、どうしたの?大西さん?」

 心の叫び声とは裏腹に、冷静を装う俺。

 すると、大西さんは少しモジモジしながら話し出す。

 「もし私で良ければ、桜田のお手伝いをしたいなと思って……」

 な……な……なんですとぉおおおー!?

 俺は舞い上がったが、すぐにハッとして正気に戻ると考え込んだ。

 な、何だ……この神展開は!?

 今まで何度も高校生をやってきたが、こんな神展開に突入したことは一度もなかったぞ……!?

 確変突入といっても、何の前兆も感じなかったが……?

 ちらりと大西さんを見てみると、手を後ろで組み俺の返事を待つ姿は、少し頬が赤らんでいるように見える。

 今まで見たことも無い大西さんのデレ姿に、俺は嬉しさと言うよりは、どうしてこうなったのかを考えていた。

 もしも明確なルート分岐があるのであれば、またうっかりタイムリープした時に役立つはずだ。

 だが、今は大西さんを待たせるわけにはいかない。

 「大西さん!助かるよ!一緒にこのチラシを配るの手伝ってもらえるかな?」

 「うん。いいよ!」

 大西さんはそう言うと、俺が持っていたチラシの約半分を取り上げ、道行く人に配り始めた。

 やっぱり俺が配っても誰も受け取ってくれないけど、マドンナが配ると拒否する人はいないな。

 そう考えながら大西さんの前を通ると「お待ちしています!」と言いながら俺にチラシを手渡してくれた。

 その時、若干、手と手が触れる。

 超うれしくて、何度も大西さんの前を通ってはチラシを受け取る俺。

 「ちょっと桜田、何をやってるの!?私のチラシが減っても、その分桜田のチラシが増えるとか、意味無いじゃない!」

 「ひえー!ごめん!」

 プッ! 二人で顔を見合わせて笑い出す。

 夕日でオレンジに染まる駅前で、大西さんと二人で笑いあう。

 俺は何百年という長い人生の中で、この時、初めて高校生活が楽しいと思えたのだった………。

 

 

 それからというもの、俺は学園祭の準備で大忙しだったが、大西さんは実行委員ということもあり、しばしば一緒に作業を行う機会に恵まれ、順調に大西さんの攻略を進めていた。

 今までの人生の中で、これほど順調だったことはあっただろうか?いや、ない!

 

 本来、大西さんとは社会人になってから親密になるのが今までのパターンだ。

 その時俺は、一流企業の係長で、課長補佐という立場だった。

 一流大学を卒業した俺は、一流企業に就職すると、すぐにその頭角を現し、過去に前例が無いほどのスピードで出世する。

 当前だ。

 未来の出来事を知っているのだから、世界情勢を読むなんて容易いのだ。

 ただし、ここで調子に乗って起業すると転落人生が待っている。

 いくら別ルートを模索しようが、どうしても最終的には失敗するのだ。

 ここは我慢して会社勤めに徹するのが正解のようだった。

 しかし、どうしても還暦を迎えるくらいになると、気持ち的に油断してしまうのか、いわゆる『事故って』しまうのである。

 それまでの人生、すでに敷かれているレールを踏み外さないよう、慎重に生きてきたのだ。

 充実した人生か?と問われると、決してそうとは言えなかっただろう。

 楽しい人生、幸せな人生、満足な人生………そのどれでもない人生。

 フラグを回収する人生。虚しい人生。縛られた人生………こんな人生だと、そりゃあ、もう嫌だと思いたくもなるさ。

 でも、そうすると気が付けば6歳だ。また何十年も同じ事を繰り返さなければならない。

 だが、今回は違う。

 大西さんのおかげで、俺の高校生活はこんなにも豊かで希望に満ちている……全く新しい世界なのだ。

 ポンコツ生徒会の3人組も、自分から積極的に意見しない分だけ、慣れてくるとコントロールし易い。

 「学園祭が無事に終わったら、俺、大西さんに告白するんだ」

 なんていう盛大なフラグも立てる気は無い。

 日々、気を付けて生きていけば、それでいいんだ。

 

 

 そして7月の学園祭当日。

 体育館ステージのバンド演奏で若干、タイムスケジュールがずれたり、各クラスの催し物で備品破損や、他校生との小競り合いがあったが、何とか無事に二日間を乗り切る事ができた。

 だが、生徒会にはまだ、装飾され学園祭一色だった校内を、元の学び舎に戻すという作業があった。

 実行委員や教職員の手伝いもあり、何とか元の校舎の姿に復旧することが出来たが、我々には更に、今年の学園祭の問題点や改善点の洗い出しや、来客人数の集計、露天の売上集計等々、祭りの後もやる事が満載だった。

 『生徒会は学園祭のためにある』とはよく言ったものだ。

 これがスポーツに力を入れている高校だったら、10月の体育祭も生徒会が取り仕切るのかもしれないけど、うちの高校は教職員とPTAがメインで進めるのでかなり楽ができるはずだ。

 

 そんなこんなで、夏休みまであと3日と迫ったある日の放課後。

 俺はぶらりと生徒会室に行ってみると、まだ誰も来ていなかった。

 この前までとは見違えるように綺麗になった生徒会室は、学園祭の後片付けのついでに、実行委員にも手伝ってもらい一斉に掃除したのだ。

 その時に、部屋の模様替えも行った。

 先ずは入口を入ってすぐにカウンターを設置した。

 そこには各種申請書別に棚を設け、受付BOXも用意して資料が煩雑にならないようにした。

 更に、カウンターの背後にキャスター付のホワイトボードを持ってくることで、簡易的なパーティションとしつつ、会議卓やホワイトボードの内容が入口から丸見えにならないように、セキュリティにも注意するようにした。

 また、今まで使っていたパソコンは職員室に返却し、新たにノートパソコンを借用した。

 これでPCの設置場所に困る事は無くなり、必要な情報の参照やデータの打ち込みは、場所を問わず適時行えるようになった。

 もちろん、ノートPCは大きな鍵付の棚で管理する事とし、使用時は台帳に持ち出し日時と返却日時を記入するようにした。

 それほど広くない生徒会室だが、見た目にも、機能的にもかなり良くなったはずだ

 

 物事が進化・成長しないのは、現状に満足しているからだ……と、俺は思う。

 この生徒会室だってそうだ。

 これまでの生徒会役員たちは、最初の状態で「こういうものか」と納得してしまったから、作業しにくいと感じていながら、改善出来なかった。

 効率的に何かを行うのであれば、常に向上しようとする意識が必要なのだ。

 

 そんな年寄じみた事を考えながらホワイトボードの奥にある会議スペースに向う。

 ロの字に配置した会議卓の中央には机を置き、必要であればそこにプロジェクターを置いて、ホワイトボードに投影することも出来るようにした。

 まぁ、プロジェクターなんて使う機会があるのかどうかはわからないが、将来的なことを考えてそうすることにした。

 俺は窓際まで歩くと外を眺めた。

 生徒会室は教室とは反対側に位置しているので、窓の外は校門ではなくグラウンドが広がり、野球部の練習風景が見えた。

 俺は校内から外を眺めるのが好きだ。

 こうしていると、高校生であることを実感できるからだ。

 長い人生の中では、高校生活なんて一瞬で終わる。だからこそ、その時間を実感し大切にしたいと思える。

 高校生活は俺にとっては特別な時間なのだ。

 ………そうやって自分がいつもぼーっとしていることを、自分なりに正当性を持たせた丁度その時、ドアが勢いよく開くと、元気な声が聞こえてきた。

 「うぃーす!」

 「お疲れー!」

 どうやら会長と副会長が揃ってお出ましのようだ。

 二人は夏休みが終わると、新体制への引き継ぎという最後の仕事が待っている。

 それが終るといよいよ引退だ。

 まだ少し先の事とはいえ、ちょっと寂しい気分になる。

 「珍しく早いな少年!」

 そう言いながら、副会長の秋田はカバンを会議卓の椅子に置くと、湯沸しポットを持って生徒会室を出ていく。

 それを見計らったように、山口会長が窓際までやって来ると、俺と一緒に窓の外を眺めながら話しかけてきた。

 「ちょっと桜田に話があるんだ」

 「はい。場の雰囲気的にそんな流れだと思いました」

 「そうか……だったらこっちも直球で話をしよう。実は今後の生徒会について相談したい。俺と副会長は受験勉強が本格化するため、夏休み後は今までのように生徒会室には来れない。そうなると、福島と桜田の二人で生徒会を運営しなければならん……」

 俺はふと、左隣にいる生徒会長の顔を見ると、真剣な表情でどことなく不安感が漂っているように見えた。

 会長は野球部のシートノックの様子を眺めながら話を続ける。

 「だが、正直、福島では生徒会長は荷が重いだろう。彼女はどちらかというと、サポート役の方が力を発揮するタイプだ。そこで、次期生徒会長は桜田、お前に頼みたい……もちろん、俺や秋田も出来る限りサポートする。どうだ?」

 「どうだと言わましても、何とも返答が難しいですね……」

 「大丈夫だ。既存のやり方を踏襲する必要なんてない。お前がこれからの生徒会を作るんだ。お前の好きなようにやればいい」

 そこまで言うと、生徒会長は俺に視線を移す。

 「桜田。新たな生徒会を作ってくれ。俺たちの……いや、後輩たちのために。頼む!」

 山口は俺に頭を下げる。

 「か、会長!止めて下さい!………わ、わかりましたから!」

 俺はつい了承してしまった。

 「顔を上げて下さい。会長………そこまで言われたらやるしかないでしょう……」

 「桜田……」

 山口は俺を見つめる。

 仕方ない……あえて会長の思惑に乗っかってやろう。

 「会長。俺は次期会長に立候補し、生徒会を立て直してみせます」

 その言葉を聞いた山口は、俺の手を握ると目に涙を浮かべながら叫んだ。

 「桜田!本当にありがとう!お前なら承知してくれると思っていた!」

 山口は俺の右手をぶんぶん振りながら「良かった。本当に良かった」と喜びを表現した。

 そこへ秋田がポットを持って帰ってきた。

 山口の喜ぶ姿を見て、全てを察したように軽く微笑むと、ポットを湯沸し状態にしてからこちらを振り向きながら口を開いた。

 「じゃあ、お湯が湧いたらコーヒーで乾杯しましょうか!?」

 コーヒーカップを持ちながら微笑む秋田。

 「ああ……ああ!そうしよう!ちょっと福島を呼んでくる!」

 そう言うと、山口は生徒会室を飛び出して行った。

 秋田はそれを笑いながら見送ると、ふと真剣な表情になり口を開いた。

 「彼……山口は、ああ見えてずっと悩んでいたの……『俺達が引退したら生徒会が無くなってしまうんじゃないか?』って……そして、その原因は自分にあるんだって、ずっと自分を責めていた……」

 秋田はポニーテールを揺らし、ゆっくり俺に近づきながら話を続ける。

 「そもそも生徒会なんて、誰もなりたくてなった人なんかいないじゃない?やってる時は本気で生徒会なんて無くなればいいのにって、思ってた………でも、それが現実のものとなり自分達の前に突き付けられると………怖かった………本当にこれでいいのか?自分達は本気で生徒会と向き合ったのかって、自問自答を繰り返した……」

 秋田は俺の隣りで立ち止まると、軽くグラウンドに視線を移しながら続けた。

 「山口もそうだけど、あたしも元々はバスケットボール部だった……でも、あたしは山口と違ってレギュラーなんて夢のまた夢。いつも雑用ばかりやっていたわ。みんなからはバカにされ、先生からも親からも部活を辞めるように勧められた」

 秋田は手が震えるほど強く握りしめながら話を続けた。

 「あたしはバスケが好きだった。でも好きという気持ちだけでは、どうにもならない事もあるんだって、その時痛感した」

 秋田は窓ガラスに映った自分の顔を見つめていた。

 「結局、バスケを辞めた。先生に負けた。親に負けた。そして、自分に負けた───そんな時、同じバスケをやっていたよしみで、山口の生徒会の仕事を手伝っていたら、いつの間にか副会長になってた。でも、このまま黙って生徒会が無くなるのを待っているだけじゃ、また昔の自分に逆戻り……」

 秋田は俺に向き直ると更に続けた。

 「でも、スポーツ馬鹿なあたし達では、現状を変える事は出来なかった……だから、桜田。後はお願い。生徒会を……生徒会を……頼みます……」

 そう言いながら頭を下げると、涙が床に零れた。

 まったく、会長といい、副会長といい、体育会系だけあって熱すぎる。

 だが、それがいい。

 「副会長。任せて下さい!二人が卒業するまでには生徒会を立て直して見せます。安心して受験に励んで下さい」

 「桜田……」

 ふと顔を上げて俺を見つめた秋田は、目を伏せて涙を拭うと、ニコリと笑って元の副会長に戻った。

 「よし!桜田!あんたに任せる!」

 秋田はそう言いながら俺の背中をバンと叩くと、コーヒーを淹れる準備に入る。

 そこに涙で目を潤ませた山口と福島が生徒会室に入ってくる。

 「い、今、福島を連れでぎだぞー」

 「お、おづがれざまですー」

 二人ともわかり易いな。多分、廊下で耳を澄ませて今のやり取りを聞いていたな。

 俺は再びグラウンドに視線を移し野球部の練習をぼーっと眺める。

 こうやって先輩から後輩へバトンが渡され歴史を紡いでいく……それは部活も生徒会も同じだ。

 これが青春なんだ。

 

 

 全員でコーヒーを飲みながら、9月に予定されている生徒会長の選挙について簡単に説明を受け、今日は帰りの途につく。

 校門を出ようと歩いていると、突然、牡丹のことを思い出す。

 そういえば、あの時から牡丹とはまともに話をしていなかったな。

 俺は何気なくテニスコートに足を向けてみる。

 どうやら練習はもう終わったようで、下級生たちが後片付けをしている。

 だが、牡丹の姿は見当たらない。

 考えてみれば今日は金曜日、牡丹が部活に出れない日だ。

 あいつどこに住んでいるんだろう?今度、名簿で確認してみようかな?

 などと、生徒会特権でストーカーっぽい事を考えていると、そういえば、今は全員帰宅したはずだから生徒会室には誰もいないはずと気付く。

 ちょっとどこに住んでいるか知りたいだけだし、知った所で別に何をするわけでもない。

 そう自分に言い聞かせながら生徒会室に戻ると、ノートパソコンを取り出しクラス名簿を確認する。

 すると、俺んちから完全に真逆の隣り町に住んでいるのがわかった。

 どうりで通学の時にも姿を見ないはずだ。

 俺はノートパソコンを棚に戻し施錠すると、今度こそ帰宅の途につく。

 夏休みに入る前に牡丹と話しをしておこう。と、考えながらいつもとは逆方向の電車に乗る。

 気が付けば牡丹が住む隣町に来てしまった……。

 すでに日は落ち、街灯の明かりを頼りに牡丹の家を探す。

 だが、この辺は坂道が多いため、探すのは時間がかかりそうだった。

 そこでスマホの地図アプリで場所を特定し、ナビゲーションしてもらったのだが、ひと気も無い小高い場所にある竹林に迷い込んでしまった。

 ほとんど街灯も無く、かなり怖い。

 スマホの地図アプリは目的に到着したと言っているが、周囲には家らしいものは見つからなかった。

 もうかれこれ1時間も彷徨っている。牡丹だっていきなり来られても困るだけだろう。

 俺は引き返そうと思ったが、今歩いてるこの細い道は竹林の中まで続いている。

 「と、とりあえず、この先に何があるのかだけ確認したら帰ろう」

 と、独り言をつぶやきながら先を急ぐ。

 小道の両脇の竹林が風に揺れ、ざわざわと不気味な音が聞こえる。

 どんなに人生を重ねたって、怖いものは怖いのだ。

 早足で先を急ぐと、古く大きな家が見えてきた。いや、家というよりは屋敷と言った方がいいだろう。

 その屋敷は古い木造だったが、どこかモダンな作りで、出窓やベランダがあった。

 玄関をみると、うっすらと門灯の明かりが大きな木製の2枚ドアを照らしており、その横に呼び鈴があった。

 表札を確認すると『扇谷』と書いてあった。

 間違いない。ここが牡丹の自宅だ。

 別に急ぎの用事は無いので、これで帰ろうと思ったが、これだけ苦労して来たのに、このまま帰るのも癪に障るのでちょっと会っておこう。

 俺は恐る恐る呼び鈴を押した。

 ピンポーン、ピンポーン──。

 1度しか押していないのに、何故か勝手に2回呼び鈴が鳴るタイプのようだ。

 しかし、誰も現れない。

 何気なくドアノブに手をかけると、古いドアはギギギと微かに擦れる音を立てながら開いた。

 「夜分遅くにすみませーん……」

 と言いながら玄関を覗いてみると、かなり広い作りとなっており、正面の棚の上には生け花が飾られていた。

 左側には2階へ続く階段があり、右側は廊下となっており突き当りに扉が見えた。

 さて、どうしようかと思ったその時、突然ガタンという大きな音が響いてきた。

 俺は驚いてビクンとして階段の方を見た。今の音は2階から響いてきた気がするが……。

 「もうイヤ──・・・」

 「!!!」

 小さいが確かに女性の声が聞こえた。発信源は多分、2階だ。

 牡丹の声に似ていたが、他人の家に勝手に入るのはさすがにヤバイだろう。

 だが、すでに玄関まで勝手に入っているのだから、犯罪という観点では不法侵入は成立している。

 勝手に上がろうか躊躇っていると、不意に大きな声を掛けられる。

 「そこに誰かいるのか!?」

 「!!」

 突然の男の声に、またもやビクンとする俺。

 「あ、いえ、えーと、牡丹さんのクラスメイトの桜田と申します。夜分遅くすみません。牡丹さんに生徒会からお知らせがあったので寄ってみたのですが……」

 「牡丹の?………ちょっと待ちたまえ」

 「は、はい」

 適当な言い訳をすると、ドキドキしながら玄関で待っていた。

 すると、階段から白のTシャツに黒のスウェットを履いた中年男が降りてきた。

 髪は白髪交じりのオールバックで体型は痩せ型。

 一見、仕事に疲れて家に帰ってきたサラリーマンに見えるが、その大きな目は鋭く俺を射抜いていた。

 だが、学生服姿の俺を見ると、先ほどの俺の発言が本当だと確信したのだろう。

 若干ではあるが、その目の鋭さは緩んだ気がした。

 「呼び鈴を押したのですが、誰もいらっしゃらないようなので玄関まで入ってしまい、申し訳ありませんでした。牡丹さんはご在宅でしょうか?」

 頭を軽く下げながら穏やかな声でゆっくりと話すように心がける。

 「私は牡丹の父だ。牡丹は今ちょっと手が離せない。大事な用事があるのなら私が代わりに聞いておくが?」

 「そうでしたか……では、牡丹さんに月曜日の昼休みに生徒会室に来るようにお伝え下さい」

 「わかった。伝えておこう」

 「ありがとうございます。では失礼します」

 俺は再び頭を下げると、足早に扇谷家を後にした。

 両脇の竹林を全速力で走り抜けると、両手を膝につき肩で息を切らす。

 俺はぜいぜいしながら思った。

 「あいつの家、めちゃくちゃ怖ぇええ!!」

 

 

 月曜日の昼休み──。

 俺は特に牡丹に用事らしい用事はなかったが、牡丹の父親に生徒会室に来るように託けを頼んだ手前、あいつが本当に来る来ないに関わらずこの場にいる必要があった。

 例によってぼーっとグラウンドを眺めていると、ふいにドアが開く音がしたので振り向くと、そこには牡丹が立っていた。

 その表情は怒っているように見えた。

 「一人?」

 牡丹が短く俺に聞いてくる。

 「ああ」

 俺も短く答える。

 牡丹はドアを閉めると、すぐに俺の隣りまで歩いてくる。

 「どういうつもり?」

 小さな声で怒りを抑えるように聞いてくる牡丹。

 「どうとは何だ?」

 俺も平静を装って聞き返す。

 すると牡丹は俺をキッと睨みながら叫んだ。

 「とぼけないで!どうしてあの晩、あたしの家に勝手に上り込んだの!?」

 「上がったって、玄関までだよ!それ以上は何も……!ただ、お前の父親と話しただけ、ただそれだけだ!別にそれ以外には何もなかった!」

 「……」

 牡丹は何かを考えながら俺を見つめている。

 俺は牡丹がそこまで怒る理由がわからなかった。

 確かにあんな時間に、勝手に家まで行った事は褒められることじゃない。

 自分を正当化していると言えばそうかもしれないが、玄関に入ったのだって、そうしたくてした訳じゃない。

 現にちゃんと呼び鈴だって押したし、玄関に入るときは声もかけた。

 だからと言って、そこまで怒ることなのだろうか?

 「他には何もなかった……のね?」

 牡丹は念を押すように聞いてきた。

 「ああ、無かった」

 俺は答えたが、正直、何が無かったのかさっぱりわからなかった。

 もしかすると、それこそが牡丹を怒らせる原因なのだろうが、女心だけは何百年費やしても理解なんてできやしないのだ。

 しばらく沈黙が流れると再び牡丹が口を開く。

 「あたしは金曜日の放課後は用事があるの。だからもう家には来ないで」

 「わかった……」

 俺は答える。

 それを聞いた牡丹はため息をつくと、いつもの明るい表情に戻り俺に聞いてきた。

 「で?このあたしを生徒会室に呼出して何の用なの?」

 「へ!?あ、ああ!そうそう。前に俺に話があるって言ってたろ?だから夏休みに入る前に聞いておこうと思ってさ」

 「それでわざわざ家まで来たの?」

 「あー、まあ……すまん」

 俺はバツが悪そうに答えると、牡丹は笑いながら言った。

 「ああ、話の件はもういいの。終わったことだから気にしないで」

 牡丹はそう言うと、手を振りながらドアに向って歩き出す。

 「そうか。わかった。悪かったな」

 俺も手を振って牡丹を見送る。

 牡丹はニコリと笑いながら「もう手遅れなの」とつぶやくと、生徒会室を出て行った。

 だが、俺には牡丹のそのつぶやきは聞こえなかった……。

 

 

 夏休み──。

 俺は夏休みが嫌いだ。どうして1ヶ月も休みがあるんだ?

 夏休みだからと言って、特にやる事が無い人はどうすればいいのだ?

 世間ではキャンプに行っただの、夏祭りに行っただのと浮かれているかもしれんが、そんなイベントの予定が無い者にとっては、夏なんてただ暑くて寝苦しいだけだ。

 ……という事で、俺は夏休みの間はイベント警備のバイトに勤しむことになる。

 これから約1ヶ月、冬休みまでの自分の小遣いを溜めなければならないのだ。

 そして冬休みになると、今度は夏休みまでの小遣いを溜めるためにバイトをするのだ。

 

 ちなみに俺には父親がいない。両親は俺が幼いころに離婚した……いわゆる母子家庭だ。

 別れた当初、母親は専業主婦だったので、俺を育てるために昼はOL、夜はホステスをしていた。

 それはもう必死に働いていた。別れた旦那を見返そういう気持ちがあったのかもしれない。

 だが、俺はそんな母親が嫌いだった。

 朝方に酔っぱらって帰宅する母親の姿を見ると、何だかとても悲しくなった………俺を一人にして家に帰らない母親が憎かった。

 それでも母は一生懸命働いた。それなのに、何故か俺たちの生活は貧しかった。

 後でわかったのだが、別れた旦那……つまり俺の父親に、別れた後もつきまとわれ、金を貪られていたようだった。

 それでも俺達は必死に生きた。

 このクソみたいな生活をいつか脱出できると信じて──。

 俺の原動力は全てにおいてここに集約される。だからこそ、人よりも幸せに渇望し、人よりも貪欲になれるのだ。

 はっきり言おう。

 両親が正式に別れたのは俺の6歳の誕生日だ。つまり、俺のタイムリープのスタート地点は、クソみたいな生活が始まるまさにその日なのだ。

 誰がそんな最悪な幼少期を何度も体験したいと思うだろうか。タイムリープする度に、俺は母親と二人で最悪な生活をしてきたのだ。

 もう、二度とゴメンだ───あんな生活に戻るのは!

 ホント、この世は……俺の人生はふざけている!───って、あぶないあぶない。

 ……また事故るところだった。

 油断するとまたあの頃に逆戻りだ。ホント、困った特殊能力もあったもんだ。

 

 俺は日中のイベント警備の仕事を終え、太陽もほとんど沈んだ頃に駅の改札を出て、ふと駅前のロータリーにあるバス乗り場を見ると、そこには書記の福島の姿があった。

 どうやらバスに乗り遅れたらしく、うなだれながら行ってしまったバスを見送っていた。

 俺は何も見なかった事にして、そそくさとこの場を離れようとしたその時──。

 「おーい桜田!どこに行くのですか!?桜田ー!?」

 体は小さいながら声は大きい福島は、叫びながらすごいスピードで走ってくる。

 面倒な所で面倒な人に会ってしまった。

 俺は人差し指を口元に当てながら話す。

 「ちょっと、福島先輩!公共の場で大きな声で個人情報を叫ぶの止めてもらっていいですか?」

 すると、福島も同じように人差し指を口元に当てる。

 「あっと、ゴメン桜田……」

 福島は素直に謝ると、黒縁メガネをかけ直して更に続ける。

 「ところで、私はたった今、バスに乗れず時間を持て余しています。つまり、あなたには次のバスが来るまで私に付き合ってもらいます」

 「えー!?」

 「あ。今、あからさまに嫌な顔をしましたね?」

 「いえ、そんなことは無きにしも非ずですが、では、そこの喫茶店で時間を潰すってことでいいですか?」

 「なんか釈然としない返答だったけど、まぁいいでしょう。そこに行きましょう」

 俺は大きなバッグを持っているので、あまり店には入りたくはなかったんだが、こうなっては仕方ない。

 喫茶店に入ると、外を眺めることが出来る窓際の席に座る。

 「先輩。すぐ出るのでアイスコーヒーでいいですよね?」

 「え!?ああ、構わないけど」

 「すみませーん。アイスコーヒー二つ」

 という事でささっと注文する。

 「なに?随分慌ただしいんじゃない?まあ……いいけど」

 俺の対面に座る福島が俺に聞いてくる。

 「次のバスが来るのって、15分から20分後くらいですよね?だから、あまりゆっくりも出来ないと思って」

 「そうですか。無理に誘って悪かったですね」

 福島はお冷に口をつけるとふーっと一息つく。

 「そういえば、先輩ってどうして生徒会に入ったんですか?」

 別にそんな話に興味はないが、とりあえず話題をふっておく。

 「そうだなー。あまりいい話じゃないけど……」

 「じゃあ聞かない事にしておきます」

 俺はすぐに答えたが、福島は全然聞いていないようだった。

 「……キミがそこまで言うのなら話さないでもないよ?」

 なんなんだ?話したいのか?話したくないのか?

 「それは1年前……」

 こちらにはお構いなしに語り始める福島。

 「実は私ってクラスでイジメられていて、いつも保健室にいたんだけど、たまたまその時に会長が膝の具合について、保健の先生と相談していたんだ」

 何だかすごいヘビーな話をさらっと言ってのける福島。

 「その時、会長が私に声をかけてくれて、それから私の居場所は保健室から生徒会室になったの。生徒会の仕事に打ち込んでいる内に、学校に行くのが苦にならなくなって、いつの間にかクラスのイジメも無くなっていた………後で聞いた話では、会長がうちのクラスに来て、イジメをしてるやつは許さないって言ってくれたみたい。本当に嬉しかった……」

 窓に映った自分をぼんやり見ながら話を続ける福島。

 「それから私は、会長の役に立ちたくて生徒会の書記として今まで頑張ってきた。だけど………」

 福島は軽く目を伏せると口をつぐむ。

 そんな福島の姿を見て、俺が後を引き継いで話す。

 「会長はもうすぐ引退する。だから生徒会における自分の目標を失いかけている……っていう感じでしょうか?」

 俺の言葉にはっとして顔を上げると、恥ずかしそうにまたうつむく福島。

 そこへウエイトレスがアイスコーヒーを運んでくる。

 俺はミルクだけを入れ、ストローでかき混ぜながら話を続ける。

 「先輩、俺は次の生徒会長に立候補しようと思ってます」

 「知ってます」

 福島はアイスコーヒーを見つめながら短く答える。

 俺はアイスコーヒーをゴクリと一口飲むと、続けて話す。

 「そして、山口会長や秋田副会長が不器用ながら必死に守ってきた生徒会を未来に残すために、俺は全力で頑張ろうと思っています。そのためには、福島先輩の力が絶対に必要です」

 俺は柄にもなく福島を見つめて更に続けた。

 「もう先輩は保健室にいたあの頃とは違います………あの時、先輩は立ち止まるのを止めて前に進んだはずです。そして、今度は先輩が明るい未来のために頑張る番です。山口会長が残した生徒会を守るために!」

 何だかよくわからん話の流れになってしまったが、福島は涙を浮かべて感動しているようだった。

 「そうですね……確かに桜田の言う通り、このまま塞ぎ込んだら前の私に逆戻りです!」

 福島はアイスコーヒーを一気飲みして、勢い良くコースターに置くと、濡れた手で俺の手を握って更に続けて話す。

 「本当に良く言ってくれました。桜田。キミが生徒会長になったら、私が全力でサポートさせてもいます!つまり、キミは私に全力でサポートされるってことです!」

 「あ、はい……ありがとうございます」

 福島の気迫に押される俺。

 「じゃあ、また新学期に生徒会室で会いましょう!」

 福島は左手を軽く上げながらそう言うと、早々と喫茶店を飛び出して行った。

 ふと外を見ると、ちょうどバスが停留所に停まるところだった。

 俺はこの時間は何だったんだろうと、一人残された喫茶店で伝票を見ながらため息をついた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ