第五章 決闘
「うぅ~ん、こうか? 違うなー、う~ん」
ごちゃごちゃとした部屋の中、朝から本と睨めっこ。
法陣を床に描いて試行錯誤。
霊力さえ確保できれば描く場所基本的にどこでもいい。
簡単な法陣なら天地にあふれる希薄な霊気でも事足りる、けど大型になると霊石で足りない分の霊力を補わないといけないし、門派丸ごと囲む護門法陣みたいな法陣群となれば霊脈のある場所じゃないと機能しない。
「あーあダメだ、これ以上小さく描くとまともに働かない」
法陣を乱暴に消す。
法陣は大きければ大きいほど効果が増す、もちろんその分消耗も増すが。
手前に置いてある銀海砂を掬い上げる。
さすがに貴重な天星砂を実験に使うわけないから、桂州の特産である銀海砂を持ってきた。
特性は堅固、地味だけど実用的で防具の材料としてはメジャーの部類だ。
「なんでこんな小さいのも正常の機能してんだ?これが自然の力ってやつか?」
砂一粒に法陣を刻み込むなんて、人の成せる業じゃないな。
その上特性を現すほどの効果を発揮させる。
「あぁ~わっかんねーよ」
砂を元に戻して、両手で頭をわしゃわしゃ掻きまくる。
まあ、そんな簡単に解決できる問題なら他の人がとっくに解決した。
俺が思い付くことなんてたかが知れている。
「実際どうなっているのか見れればいいのにな」
天然の法陣というのもただの比喩で、実際はただ霊力の流れが法陣のようになってるだけ。
霊力の流れなんて見れ……
「ん?」
見れるんじゃないか俺。
道術は霊識を重視しないから、すっかり忘れてた。
念話と違って、瞑想状態に入らないといけないからな。
集中して、己の内にある霊識の光の中に潜るようなイメージ。
深く、深くへ——
きらきらと、暗闇の中に光が現れる。
帳のような淡い光が周りを覆い、ぽわんと一際眩しい光玉が散乱している。
切り替えは成功したようだな。
たぶんここら辺の光玉が霊力を帯びた素材なんだろう。
しかし、光玉か。
顕微鏡なんて作れない……いやレンズだけならなんとかなるかもしれないが、物理的なものは意味ないし。
近くて見てみようと思って、無意識にまた掬い上げようと。
体が動く感覚がなく、変わりに光の線が一筋光玉へと伸ばす。
そういえば今霊識モードだったな。
やがて霊識の手?が光玉に接触した、その瞬間。
いままでぽわんとした光玉が、突然その正体を現した。
俺の霊識から伸ばした線は、既定の路線をなぞるように砂一粒一粒を通して、そこにあるすべての砂を結んだ。
描き出したそれはまさに天然の法陣。
一粒の中で完成した小さな法陣を結び付き、量を重ねることで効果を増幅する。
そしてそれらを結び付くキーは、霊識か。
確かに人間は霊識についてまだまだ知らないことが多い。
霊識は妖霊の専門分野だ、妖法も霊識で霊力を扱う。
人間の霊識は妖霊より遥かに弱い、故に体でそれを補う。
人体の霊脈を開通し霊力を煉化、手印で、霊器で、法陣で、さまざまの手段で霊力の応用を開発した。
それが道術の発展。
法陣も、霊力親和性の高い素材でできた墨を使って陣を描くのが普通。
霊識を使うという発想、人間にできるわけがない。
俺みたいな例外じゃない限り。
「くっくっく」
霊視モードから抜き出して、笑い声が抑えきれずこぼれ出す。
この世界に転生して15年、散々酷い目に遭ってきたが、やっと俺の時代キタコレ!
転生特典がないと言ったが、実はそうでもない。
前世の魂を持ってるせいか、俺の霊識普通の人間とはかけ離れている。
血脈の制限がなかったら、妖法を修める方がいいといわれるほど。
でも道術に置いてはなんの得にもならない、強いて言えば霊力に敏感なところくらい。
「陣法に手を出したのはただの気まぐれなんだが、まさかこんなところで役に立つとは」
これが主人公待遇だな! ありがとう神様!
これで修為にも役立てるなら万々歳だけどな。
「まあいっか、霊石もがっつり稼げたし、流光翼の問題を解決できれば、そろそろ冒険の旅に出てもいい頃だな」
この世界に来て15年、探索範囲はいまだに玉霊周辺。
人間が治める五州の中で一番小さい桂州ですら行ったことない場所の方が多い。
この天華はとにかく、広すぎる。
足がないと不便だ。
「今なら飛行妖獣くらい買えるが、世話するのとか面倒だし」
霊力消耗のことが解決できれば、霊器の方がいろいろ便利だ。
それにカッコいいし。
せっかくなんとかなる目処が立ったんだ、やり遂げてから気持ちよく旅に出たいね。
「ちょっと林晶、また部屋をこんなに散らして! ガラクタいじりは工房の方でしてくださいっていつも言ってますのに、また爆発しても知りませんからね!」
いきなり部屋に入ってきた鈴が、ぷんぷん怒りながら部屋を片付け始める。
……段々おかんを否定できなくなってきたのは気のせいよね?
「いや、今度はそんな物騒なもんじゃないから爆発なんてしないよ」
たぶん。
心の中で小さく呟いたのを見透かしたように、白い目を向けられる。
「林晶、知ってますか? あなたはいつも変なこと言いますけど、中でも爆発しないは一番信用になりません」
ハイ、ワカッテマス。
一回や二回三四五……数え出したら長編小説になりそうな実績を持つからしょうがない。
「そ、それよりなんの用だ? こんな朝から」
いそいそとあちこち掃除してる鈴に尋ねる。
そしたら不機嫌そうに振り向いて。
「用がなければ来てはいけませんか?」
え、地雷ってそこなの?
「いやっ、もちろんいつでも来ていいよ? でも最近一日入り浸りすることなくなってたから、てっきりそういう年頃かと」
じーっと睨まれる、思わずどもりながら宥める。
しゅんと気を抜いたように鈴はいきなり落ち込んで。
「だって、楊長老に毎日男の部屋にいるのははしたない、そんなことをしてる暇があればもっと修練に励めと言われましたから」
涙声で小さく呟く。
門派の中で唯一の女長老で、見るからにクールというかもう氷のようなお人なので、言いそうだ。
「そ、そうなのか、まあ確かにもうそういう年だし、あまりベタベタしすぎ……」
ゴゴゴゴゴ——の文字が鈴の後ろから漏れてる、というかなんか黒いオーラ出してるよ。
そんなプレシャーに押しつぶされて無言になる俺、怖いよママ。
プレシャーを発している張本人は黙々と掃除を続ける。
部屋が大分片付いた頃に。
「……さっき」
鈴がぽつりと口を開く。
「楊謹進師兄がわたしのところに来ました」
「楊謹進? なんの用だ?」
「決闘は明日で行われるからぜひ見に来てほしいって」
上目遣いで俺の様子を窺う。
決闘……そういえばそんなこと言ってたね。
マジで申し込んだのかあいつ。
というか本人もいないところで決定されたのかよおい。
大方了承は得ていると言い張ったんだろう。
確かにあの時は売り言葉に買い言葉で了承したけど。
「で真っ先に俺よりお前の方に報告してきたのかあいつ」
呆れてものも言えんわい。
俺なんて眼中ナッシングっすか。
「どうやらここ何年大人しすぎたせいで、誰がこの玉霊門四十七代弟子の中で一番……」
頭の中にとあるイケメンの顔がよぎる。
「……二番目怖いか、忘れられたようだな」
いや、そんな目で見るなよ、あんな化け物普通ノーカンだろう。
「林晶、いるか」
外からモブくんの声が聞こえる。
「ああ、入って来い」
入室を許可し、扉が開いてモブくんが入ってくる。
「決闘の件か」
「なんだ、もう知ってるのか?」
モブくんは少し驚いた様子で俺を見る。
「それにしては冷静だな、まあお前らしいけど」
「クッソ忙しい時に余計な手間をかけさせやがったこと以外は別になにも問題ない」
「本当ぶっ飛んでるなお前……でも今回はさすがに相手悪すぎないか?」
おっ、珍しく真面目な顔だなモブくん。
「楊謹進の野郎、性格はいけ好かないが実力は本物だ、そこら中の雑魚築基じゃないぞ。 いくらお前でも、さすがに煉気のままで築基剣修の相手は無理なんじゃない?」
「お前も鈴と同じか、やだ、俺の信用低すぎ!」
別にどうでもいいが、言ってみたかっただけだ。
「売り言葉に買い言葉とはいえ、俺が蛮勇に任せて突っ込むような考え無しに見えるか」
心外すぎる。
外来組のやつらならともかく、幼馴染のこいつらにまでそう思われてるなんて。
やっぱここ最近大人すぎたのがいけないのか。
「いや、むしろまったくの逆で、狡猾極まりないやつだと思ってるよ。 でもさすがに天剣殿前で試合場、長老の監視下で汚い手は使えないんだろ?」
「はん、素人が! やる気なら試合場上がる前に勝負がついてるよ」
能天気なひよっこ共、大人の怖さを知らないのもある意味幸せだね。
「まあ、腐っても同門兄弟だから、そういう手は使わないよ」
「どういう手か知りたいような知りたくないような……普通にやりあって勝てると?」
「なんだその疑いの目は、大師兄みたいな化け物ならともかく、あんなチンピラ程度、そうね、昨日までなら勝算は七割」
棚の上に片付けられた銀海砂を見る。
「今は控えめに言って九割九分ってとこか」
「馬鹿げた話でもお前が言うと不思議と説得力あるね」
モブくんは笑いながら言う。
「伝言ついてにどうする気か聞いてみるつもりだったが、やっぱ楽しみは明日にとっておくよ、期待してるぜ大将」
「うむ、まかせろ」
サムズアップかましておく。
こういうやりとりも懐かしいね。
「決闘の日時は明日辰時だ、確かに伝えたぞ」
それだけ言い残して、モブくんは去った。
さて、俺は二割九分の勝算を上げておくか。
そしてせっかく鈴が片付けた部屋が再び大惨事になった。
「逃げなかったことだけは……」
「お前に褒められても一霊石にもならない。 そしてお前には今からでも遅くないから、さっさと尻尾巻いた方がいいと忠告してやるよ、別に笑わないから」
ははははは——、と外野の反応は上々だ。
「……くっ」
ネットで鍛え上げた俺と口で喧嘩とかなかなか見上げた心意気だな、三十年早いけど。
「ふん、手も口ほど動けるといいね」
シィィィッン——!!
おうおう、気持ちいいくらい殺意全開だな。
修真の方法は主に霊気の吸収と煉化だが、それだけじゃ築基止まりだ。
金丹になるための鍵は、道心通明。
それが一体どういうことなのか、言っても分からないらしい。
言ってしまえば自分の道を探すようなものだ、他の人の真似をしても無意味。
夕日を眺めるだけで悟った人もいれば、万里の道を踏破してようやく悟った人もいる。
自分に一番相応しい道を明かすこと。
もちろん剣修にとって、戦闘こそが一番相応しい道だ。
だから剣修が主な人間修士の間では、こういう決闘はむしろ推奨されている。
さすがに門派の中で殺しはご法度だから、長老の監視付き。
「ふむ、準備はいいな?」
開始前の口論をまるでなかったように、爺さんは俺たちを見て宣言する。
「では、始め!」
シュッ、開始の合図と共に風を切る音が伝わってくる。
「やれやれ、そんなんじゃ当たらないよ、速度があっても狙いがみえみえなんだよ」
よっ、と。
避けると同時に、さっき居た場所に現る影が一つ。
「それと、足元には注意を払っておけ、転ぶぞ」
ボンッーーーンン!!
爆音と共に煙が噴出し、あたり一面を染まる。
俺は距離をとりながら特製メガネをかける。
「ほら、プレゼントだ」
後ろに一つ結晶を投げ、ちょうど煙の中から突き出す竜巻とぶつかる。
ピキッ——
「ああぁぁあぁあぁああああーーーッ!」
割れた白い結晶から光が爆発する。
簡単な手ほど使えるね、本当妖獣みたいにわかりやすいやつでよかった。
不意を付かれて目が逝った楊謹進そのまま試合場の壁に突っ込んだ。
本来ならここで追い討ちをかけて、袋叩きにするつもりだったが。
窮鼠猫を噛む、しくじったら俺の方がやられる。
余裕そうに見えるが、これでも紙一重の戦闘だ。
剣修の攻撃力は伊達じゃない、まともに受けたら即アウトだ。
俺はメガネを外し、昨日考えた路線を思い出しながら走り出す。
「切り裂け!」
さすがに懲りたか。
復帰した楊謹進は突っ込むのをやめて、飛剣で遠距離からの攻撃に切り替わった。
「まあ、予想通りだけど」
プシャぁああ——
噴射音と共に俺は急激な加速が始まり、飛剣はむなしく空を切る。
「手元がお留守だぞ、ほらお返しだ」
大きめな赤い結晶を相手の方に投げる。
「改良したばかりで俺も威力がどれくらいか知らないから、うまく避けろよ」
さっきの閃光結晶と違って、こっちは破壊重視の爆弾。
発動が少し遅いし、霊力の波動が大きいから気付かれやすい。
だがその分、威力は築基期修士にとっても脅威だ。
「くっ」
楊謹進は咄嗟に飛剣を呼び戻し、途中で結晶を切った。
バアアアァァッン!!
そのまま霊剣を前に立たせて衝撃波を防ぐ。
ナイスプレイ、少しは頭を使えるようになったな。
しかし結構いい霊剣を使ってるな、アレをくらってもびくともしないなんて、八品か?
突っ込んでも無駄、距離をとっても無駄。
さて、どうする気?
移動を続けながら、楊謹進の方を見る。
顔付きが変わったな、さすがに戦力差が分からないほど馬鹿じゃないか。
彼はもうすでに結構霊力を消耗した、軽傷もいくつ負っている。
対して俺は霊器をいくつ使っただけで無傷だ。
「……林師兄」
突然楊謹進が口を開く。
似合わないことを言ってるように聞こえたが。
なんだ、油断を誘う気か?
「あなたに不敬な態度を取ったこと、謝ります」
ズコ————————
き、効いたぜ、くそ! 危うく顔で床にキスしてしまったぞ。
え、なに? 本気なのか?
「修練があまりにも順調で、少し……いや、かなり調子に乗った」
顔を上げた彼の目は決意が満ちていた。
「ですがもうあなたを侮ることはありません、自分の今の全力を持ってお相手します」
そういった彼は。
飛んだ。
ええええええええ、なにそれ、飛行術まで使えるのかよ。
やっぱ格好いいな! 俺も早く飛びたいな!
最初から全力だったら少し危なかったかもしれない。
だがもう遅い、俺の勝利はもう決まった。
最後の一歩を踏み出し、最初位置に戻った俺はそっと霊石を地面に置く。
改心がもう少し早かったら、手加減もできたけどな。
上空に上がった楊謹進は剣を手にして、霊力を込める。
「では、参る! 玉霊剣第三式——玉蓮散華!」
声と共に、剣光が降り注ぐ。
その時——
「なっ!」
楊謹進師弟が突然驚く声を出す。
彼の剣式で巻き起こした風が試合場を覆う煙を全部払って。
「死にはしないが重傷になりたくないなら全力で防げよ」
そして俺の切り札がその姿を現す。
試合場を丸ごと使って描いた火霊陣、すでに輝きを放している。
火の柱が、剣光を飲み込んで、天に突く。
しかし師弟の目は諦めではなく逆に燃え上がっているように見えた。
残り僅かの霊力をすべて剣に注ぎ込む、防御に回った分まで。
「玉霊剣第五式——雲天一剣!」
そのまま火柱に突っ込んだ。
「剣意!」
火霊陣の起動すら沈黙を通した爺さんが突然興奮の声を上げる。
「いかん!」
その直後、興奮が緊迫に変わる。
やばいやばいやばいやばいやばい!
爺さんの様子を見なくても肌で分かる。
この圧力、尋常じゃない!
咄嗟に銀海砂を撒き散らし、霊識を限界いっぱいまで解き放つ。
しかし師弟の剣はすでに火柱を突き抜け、俺の前まで迫ってくる。
ズキィィィィィイイ——
「くはっ!」
頼りの綱である銀海砂の防御層さえも軽く切り裂いて、剣気は俺に届いた。
内臓が引き裂かれたと感じる。
ティンッ!
最後にギリギリで剣本体を弾いた爺さんを見て。
意識が暗転する。
戦闘シーンを書くのは難しいね……
考えてることを文字だけでどうやって表現する全然わからなくて、こういう時絵が描けたらなと思います。