第三章 玉霊門(一)
「おい、林晶……っと胡師妹、もしかしてお邪魔?」
門派に戻ると、待ち構えていたモブ男に捕まれちゃった。
「いいえ、私は任務を報告しに参りますので、お構いなく、高師兄」
とびっきりの笑顔、やっぱあの態度って俺だけなのか?
そっと手を離した鈴はくるりと身を翻し、俺とモブ男くんを残して去っていく。
思わず今日ずっと握っていた手を見る。
べ、別に寂しくなんてねーよ!
「それでモブ男、そんなに急いで何の用だ」
「もぶお? 何のことだ? お前たまにわけわかんないこと言うよな……いや、いつもか」
うるせーよ、この程度のユーモアも理解できないから立ち絵がないんだよお前は。
まあ、異世界文化なんて普通知らないけど。
こいつは高自盛、小さい頃から一緒に育ったガキの一人だ。
断じて一緒に遊んだわけじゃない、面倒を見てやっただけ。
中身ダンディなおじさんの俺がガキ大将みたいなことやるわけねーし。
「あっ、ふざけてる場合じゃなかった、王長老がお呼びだ」
「爺さんが? 何の用だ?」
「知らん、自分で聞け、どうせまたなんかやらかしたんだろ、骨くらいは拾っておくよ」
さわやかな笑顔を浮かべるモブ男。
他人事だと思ってこの野郎……
でも心当たりが多すぎるのも事実だ。
威力を間違ってあのブサイク彫像を吹っ飛んだことか?
それともこの前噴射実験したとき護門法陣にぶつかった件?
いや、隠蔽は完璧のはずだ、バレるわけない。
「ありがとう、何かあったらお前が共犯だと正直に言うから」
「ちょっ、それシャレにならないって、林晶この野郎、待てこら!」
ざまぁみろ。
俺は後ろで喚くモブ男を無視して、天剣殿へ向かう。
「長老、ただいま任務から戻りました、何か用でしょうか?」
拱手して一礼。
「……」
しかし当の爺さんはなんの反応もなく、瞑想を続けてる。
「……」
爺さんってなんかこういう格好付けしないといけない決まりがあるの?
雰囲気出さないといけないの?
用がないならさっさと帰らせろよ。
と思っているが、口に出す度胸はないから待つしかない。
しばらくして、爺さんはようやく目を開ける。
「……」
じーっと俺を見てだんまり。
「あの、長老? 何か用……」
「林晶」
その重い口がやっと開ける。
「はい」
「正式に党長老に師事する気はないか?」
「はぁ?」
いきなりどういうことだ?
「それは一体……」
「確かにお前はわしが拾ってきた、だがそんなことでわしに義理立てする必要はない」
爺さんは俺を無視し話しを続ける。
「わしは剣一筋だから、剣修になる気がないお前に教えられることなどなに一つない」
なる気がないじゃなくてなれないんだよ。
剣修というのはつまり霊剣を主な武器とする修士だ。
攻撃力が凄まじく俊敏で、剣一本があればどんな状況でも切り開ける。
人間修士の中では一番メジャーなタイプだ。
必要なのは剣に対する理解、情熱、信念、そしてそれを支える基盤となる修為。
煉気の壁も越えない俺はスタートラインすら立てない。
「党長老の方もお前を気に入ってる、どうするかはお前が決めろ」
俺の葛藤などお構いなく、爺さんは再び瞑想に入った。
党長老は玉器殿を管理する長老党恒信。
錬器の造詣は門内一で、この近辺でもちょっと名の通った人間だ。
温厚で寡黙なおっさん、錬器してる時の背中が一番印象に残る。
錬器を始めてからいろいろ世話になった人だ。
確かに俺にとっては美味しい話、悩む必要はないか。
俺はその場で膝をつき。
「命を救われた恩」
一叩首。
「育ってくれた恩」
二叩首。
「門派に引き入れてくれた恩」
三叩首。
「ありがとう、爺さん」
最大の礼を尽くす。
「よい、お前には確かな錬器の才があり、その方が門派のためにもなる」
「今の俺があるのは爺さんのおかげだ、あなたは師ではなかったが、親だと思っている」
「よいだと言っている、決めたならぐずぐずするな、いけ」
追い出された、爺さんらしいな。
いけと言われても、時間はもう遅い。
党長老のところは明日改めて伺う方がいいだろう。
俺は最後に玉霊殿に一礼して、家路に着く。
「用事終わりました?」
ぽんっと視界に入ってくる鈴。
「あぁ、待っていたのか」
「ええ、今日はあなたを待つことばかりです」
すぐ手を繋いでくる。
女ってこういう人肌の温もりを求めるくせがあるのかな?前世の姉と従妹を思い出す。
あいつらも、事あるごとに手を繋いだり腕を組んだりしてくる。
爺さんと鈴に触発されたのか、なんとなくノスタルジアみたいな気持ちが浮かんでくる。
今頃どうなっていたんだろうな、前世の家族たち。
穀潰しの俺を責めることなくよくしてくれた両親。
クールだけど何だかんだで俺に優しい姉。
隣の親切な叔父夫婦や、甘えん坊の従妹。
霊力が暴走して大怪我を負った時の泣きじゃくる鈴が頭によぎる。
前世の家族たちも、あんな風に俺の死を悲しんでいたんだろうか。
申し訳ないような、嬉しいような……
「いえ、今日もでした」
小さく呟く鈴の声が、前世の思い出に浸ってる俺を引き戻した。
今更だな、俺はこっちの世界で生きて行く、こっちの家族と一緒に。
「え? なんだって?」
お約束は外さない、異世界の文化を浸透させるんだ!
「なんでもありません!」
つねられた、地味に痛い。
「いいご身分だな、林晶」
今度はチンピラか、いい加減にしてくれよ。
なんで今日はどこに行っても絡まれるんだ?
「師兄を付けろ、礼儀も知らないのかお前」
やってやらぁこの野郎、温厚の俺でも今日ばかりは優しくないぞ!
「はっ、煉気の分際で師兄面とは、修為もその皮と同じくらい厚ければ仙人に成れるんじゃない?」
「お前みたいな不出来な師弟を躾けるくらい、煉気もあればで十分だ」
「なんだと」
「どうだ、この師兄が直々に礼儀を教えてやろうか?」
「それはいい、ぜひご教授願いたいね!」
シィィーーンッ!
チンピラは今にも切りかかって来そうな勢いで霊剣を抜く。
「やめてください楊謹進師兄、私闘は禁止されていますよ?」
それを見た鈴は俺たちの間に入ってくる。
「林晶、あなたも挑発しないでください!」
後ろに振り返ってキッっと俺を睨む。
「だって……」
「だってじゃありません、同じ師門の兄弟なのに、どうして仲良くできないんですか?」
え? 俺が悪いか今の?
絡んできたのはあっちだろ、俺悪くないよな?
「胡師妹どいて、今からこいつの皮剥がして、君の目を覚ますんだ」
けっ、余計なお世話だ。
そもそも鈴は俺の隅々まで知ってるからお前に剥がせてもらう必要なんてねーよ。
狐の頃は毎日朝からお風呂まで世話してやったんだぞ、お前とは年季が違げーだよ。
「いけません、楊謹進師兄、これ以上でしたら長老に報告しますよ」
「なっ……くっ、林晶、今日のところは見逃してやる」
テンプレートセリフありがとう、チンピラくん。
「だが正式な試合を申し込むから、今度は逃げないでよ師兄?」
「へいへい、仕方ないね、師弟がそんなに教えてほしいというなら、俺も師兄として一肌……」
「林晶! もういきますよ!」
堪忍袋が切れた鈴は俺の手を強く引っ張って、その場から離れていく。
ちらっと後ろの方を見てみる。
あーあ、うらやま……いや、恨めしそうに俺を睨んでるな。
俺の挑発なんかより、お前の行動の方がよっぽと恨みを買ってるよ鈴。
しかも恨まれるのは俺の方、なんて理不尽。
「林晶、もう子供じゃないんですから、少し落ち着きを覚えてください」
じゃその子供扱いな口調はやめろ。
っと言いたいが、睨んでくる鈴を見て尻込みしちゃう俺30+15歳。
「だってあいつが……」
「口答え禁止! 大体ああ見えて楊謹進師兄はれっきとした築基剣修ですよ? 私でも勝てるかどうか分かりませんのに、火蜥蜴一匹も倒せないあなたがどう戦うつもりですか」
やれやれと溜息を吐く鈴。
楊謹進、さっきのチンピラだ。
ここで育った俺たちと違って五年前くらい門派に入ってきた外来組。
最初の二年くらいは大人しかったが、煉気突破して築基になった後急に態度がでかくなって、特に剣を習い始めた頃にはもう収拾が付けられない。
年頃のガキはあれくらい当然だと思うけど。
それに資質も結構良くて、成長が早い。
純粋な戦力ならもう俺たちの代で二番目だろうな。
一番は規格外だから二番目でも結構すごい。
俺に絡む理由はまあ、見え見えだけど。
というかその理由で睨まれるのは別にあいつだけじゃない。
まあ、大半はモブ男くんみたいに事情を知ってるやつだから、ただの冷やかしだけど。
外来組からの嫉みはキツイ。
俺が煉気を突破できないのもそいつらを助長する要因になった。
当の理由本人はそんなこと全然知らないようだけど。
ちなみに鈴の方は化形してから正式入門扱いになったので、門派の中では序列が一番低い。
だから外来組でも師兄になる。
「あんなチンピラくらいどうってことないって」
「本当ですか? わたしに見栄を張っても無駄ですよ?」
「なにその疑わしい目は、俺が嘘を吐くと思うか?」
「ええ」
即答かー、そうですかー。
まあ、思い当たる節もなくは……たくさんあるけど。
「でも正式な試合なら怪我することもないですし、あなたにとってはいい薬にもなると思います」
ぷっ、面の皮が仙人レベルの俺がたかが試合程度で薬になるとか(笑い
とはいえ俺もいらん恥をかく気はない。
「まあ、見てろ」
自信満々の俺を、鈴は困惑した様子でじーっと見つめる。
「ふぅー」
部屋に入って即ベッドにダイブ。
今日はいろいろありすぎて、どっと疲れたわ。
もう動きたくない。
「まあ、さすがに今日はもう何も起きないだろ……」
コンコン――
「さて、お風呂にでも入ってすっきりするか」
このまま惰眠を貪ってもいいが、散々動き回ったから風呂に入らないとな。
本当は清身術だけで十分だけど、日本人の魂がそれを許せないんだよね。
だからでっかい風呂を自作した。
子狐だった鈴も一度入れてやったらくせになってしまって、毎日一緒に入るようになった。
さすがに化形した後は別々に住んで、一緒に入るわけにも行かなくなったから、あいつの部屋にも作ってあげた。
コンコンコン――
あーあー聞こえない、俺はなにも聞こえない。
このまま風呂に入って、その後惰眠を貪るわー。
コッコッコッコッコン!
「師弟! 林師弟! 僕だ、扉を開けてー」
うるせーよイケメン!
「今日はもう店締めだ! 他所いけこの野郎!」
「なに言ってるんだ? せっかく頼まれたモノ持ってきてあげたのに、ひどいな君は」
頼まれたモノ? 何のことだ?
仕方なく扉を開ける。
「なんだか荒れてるね師弟、なにかあったか?」
貴様もその原因の一端だこのイケメン野郎。
「いいからブツを渡してくれ」
さすがにもう何を頼んだかを思い出した。
「せっかちだな、遠路はるばる買って来てあげたのに、門前払いされるし、礼の一つもないなんて、師兄悲しいよ」
キモッ! なに女々しく泣いたふりなんかしてんだよ。
ホモじゃないよなこいつ?
……イケメンだからありそう。
「礼なら渡したんじゃない、さっさとブツをよこせ」
強引に師兄の手にある物を奪い取る。
「アァ~ン!」
……なんつー声を出すんだ。
締め出そう、いますぐ締め出そう。
「もう用事は済んだな、じゃおやすみ」
さっさと扉を閉めようとしたが。
「待て、ちょっと待て師弟」
止められた。
「まだなんかあるのか?」
「将棋の相手をしてくれよ、くれたのはいいが、一緒に指せる相手は林師弟しかいないよ」
「ルールは全部教えたんだから自分で探して教えろ、俺なんてルールをかじっただけの素人なのに、お前みたいな化け物になぶられるのはごめんだ」
今度こそ扉を閉める。
コンコンコン――
「師弟、林師弟、一回だけ、一回だけでいいから」
誰がやるか。
ネットでちょっと遊んでたのを思い出して、将棋を作った。
こっちの世界ではやらせて、一儲けできないかなと思って、まずこのイケメンを実験相手に選んだ。
それが一番の過ちだった。
ルールを教えただけで、こいつはいきなりプロ並みに本質を理解した。
戦術に通じるものがあるとかどうとか、俺が知るわけねーだろ。
ボッコボコにされた。
もう一生こいつとは指さない。
「飛車……いや、二枚落ちでいいから、一回だけな? な?」
うるせー、もう放置して風呂入るわ。
今回は弟子の方を書いてみました。
男ばかりなのは前にも言ってた通り、女弟子は少ない、田舎の極小門派だからねー
まったくないわけじゃないので、まあ次回あたり一人くらい出てくる。
更新はいつになるか分かりませんが、次回は玉霊門の管理層を書きます。