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第一章 霊狐

修真を知ってもらうという目的なので、説明文が多くなってしまった、申し訳ない。

こんにちは、森川三日です。

でも今は林晶(りんしょう)と名乗っています、爺さんが言うには赤ん坊の俺の所持品はこの名前が刺繍されてるハンカチと玉佩だけだそうです。


こちらの世界に来て五年、カルチャーショック満載だったが色々慣れてきました。

異世界語もマスターしました、異世界なのに全部漢字なのが一番の驚きだった、これはたぶん中国語です。

名前も、建物や服のデザインもなんとなく中国っぽいです、中国の地で死んで転生したからか?

しかしここは間違いなく、異世界です。


「ガァァッアアアアアーーーーーー!!」

後ろから吠え声が伝わってきます。


日本の皆様、お変わりなくお過ごしでしょうか?

俺は今再び命の危機に瀕し、全力疾走をしています。


「はぁっ、はぁっ」

後ろで追いかけてくるのは黒ずくめな獣。

虎のような形をしていて、虎より二周り大きいです。

一番の特徴は牙が口の外まで伸びていて、まるで剣のように鋭く、俺みたいな幼児ならざっくりと噛み千切れるでしょう。


「ゴォォアアアァァアアアーーーー!!」

異世界は危険がいっぱいのようで、平和な日本が恋しいです。

どうしてこうなってしまったんでしょう。




「クソジジイ、毎日毎日ガミガミガミガミうぜーよ、おかんか!」

そう言って門派(もんは)を飛び出し、もう半日くらい過ぎた。

すでに日も落ちて、森の中は真っ暗。

まあ、別に怒ってないけど、ちょっとは年相応の行動取らないとな。

あれから五年、体もそこそこ動けるようになって、そろそろ本だけじゃなくて自分の足でこの世界を探索してみたくなった。

探索って言っても近場だけだけどね、さすがに5歳で遠出する度胸ないわ、中身おっさんだとしても。

本から得た知識では、この世界には妖獣(ようじゅう)とかシャレにならない危険が多い。

ここらへんは我が玉霊門(ぎょくれいもん)の管理下にあるから、大型の高級妖獣はあらかた片付けられていた。

この日のためにいろいろ準備して、割りと万全体制で出てきたから、そこいらの低級妖獣くらいなら楽勝と思う。




……そんなこと考えていたさっきの自分をぶん殴りたい。

平和ボケしている地球人にはわからない、危険というものに対してどんなに準備していても万全にならない。

恐怖だけで人を潰せる。


「グゥゥ……」

影が唸り声を吐き出し、その紅い瞳は確実に俺を捉えてる。

いきなり現れたソレはまさに恐怖の権化。

むき出しの殺意が俺を覆い、頭が逃げろ逃げろといくら叫んでも、体はびくともしない。


「グァァ!」

鋭い牙がキラりと光を反射する。

参ったな、また死ぬのか俺。

走馬灯のように思い出すのは前世の死。

あの時は不意を食らって、即死だったからあまり分からなかったが。

死というのはこんなにも怖いものだったのか。

いいや、一度失った命、惜しいが仕方ない。


「くぅーん……」

その時、黒影とは別の弱々しい鳴き声が聞こえた。

動こうとした時全然動かなかった体が、諦めが付いたら不思議と軽くなった。

反射的にカバンに手を突っ込み、ソレを取り出し、霊力(れいりょく)を通す。

「爆!」

襲い掛かる黒影に目掛けてソレを投げ付ける。

雷符(らいふ)で強光を出し、瓶に詰め込まれた鉄屑を爆符(ばくふ)で爆散させる。

「ガアアァアアアアアアアーー!!」

5歳児でも使える、俺印の雷爆弾(らいばくだん)

夜行生物には効果抜群だな。

黒影はそのまま倒れて、激しくもがきながら痛ましい吠え声を出す。

「風行!」

すかさず足に風行符(ふうこうふ)を貼る。


呪符(じゅふ)

必要な霊力を通せば、そこに付けられてる術が発動する消耗品。

この手の低級呪符は製符の練習も兼ねて大量生産されるから、霊石(れいせき)一枚でそれなりの量が揃える。

それに一定の修為(レベル)があれば普通に習得できるので呪符としての価値はほとんどない。

俺みたいななにも学んでないガキや修為が極端に低いやつ以外にとってはただのゴミだ。


黒影の後ろの茂みにひっそりと臥せている小さな影に向かって走り出す。

そのまま胸に抱え、全速力で離脱。

「カァ、カァ、ガアァウウウウウウウウウウウ!!!!!!」

もう復活しやがったか、早すぎるよチクショウ!

目は完全に潰したと思うが、この手の夜行生物は目よりずっと頼れるモノを持っている。

鼻だ。

俺だけならそのロックから逃れるかもしれないが、胸の中に視線を向ける。

小さな子狐?

怪我をしていて、血が止まらない。

この匂いは消せない限り、追っ手からは逃げられない。

それ以前にこいつが持たない。

さっきの弱々しい鳴き声を思い出す。


「くそ、仕方ない、高いんだぞこれ、もってけ泥棒!」

カバンから瓶を取り出して開ける、そのまま反転、てのひらでその中身を受け取る。

回血丸(かいけつがん)、回復用の丹薬だ。

効果は怪我の回復だけで霊力の回復はしないので、低級丹薬に分類されるが、回復力はなかなかのもんだ。

その値段は霊石十枚。

大した金じゃないけど、5歳児の俺にとってはほぼ全財産、命に関わるから出し惜しみはしない。


俺は全財産を、子狐の口に入れる。

「べ、別にお前なんてどうでもいいが、このまま死なれたら後味が悪いんだけなんだからね!」

ふざけるのはこれくらいにして、さてどうしたもんか。

後ろを見てみる。

「ガァァアアアアアアーー!!」

黒い獣は依然食いついてくる、見逃す気はないのか?

ないんですよね目まで潰しておいて本当すみませんでした。

風行符の効力がそろそろ切るので、はっきり言って絶体絶命だ。


「コーン」

丹薬の効力が効いたか、子狐はみるみるうちに元気を取り戻す。

ぺろぺろと俺の手を舐めてる。

こいつはのんきでいいな、こんな状況なのに。


ぞっぞっぞっぞっぞ――

水の流れる声が聞こえた。

そして俺はふと前に見た『九州見聞録・桂』(きゅうしゅうけんぶんろく・けい)の記述を思い出す。


……桂州東ニ虎有リ、身黒、其ノ歯剣ノ如ク。林ノ夜ニ駆ケ、万獣ヲ降ス、夜ノ王。水性ヲ知ラズ……

               ――『九州見聞録・桂』より


水性を知らず。

つまり泳げないってことでいいんだよね?!

誰だか知らないが信じるからね作者さん!

俺は急いで声がする方に向かって走る。


暫くして見開いた場所に着き、そこには険しい滝がゴゴゴと下へと降り注ぐ。

え、飛び込んだら死ぬんじゃないかこれ?

「ガァァッアアアアアアーー!!」

すぐそこに迫ってきた黒い獣。

どうせ死ぬにしても獣の腹の中だけは勘弁だ。

「ええい、ままよ!アイ キャン フライ!」

そして俺は滝に飛び込んだ。


まあ、さすがに無策というわけでもない。

「漂浮」

すっと体が軽くなって、降下速度が一気に減る。

漂浮符(ひょうふふ)、漂浮術が付けてる呪符だ。

ふわふわと落下して、漂浮のおかげで衝撃もなくぽんっと水の中に落ちる。

そういえば俺って5歳児になってるよね、泳げるかなと思い出すのはその瞬間だった。

「がぁ、かかっ、ぐるるるるぅーー……」

意識が途切れる。




「コーン! コーウゥ!」

ぺろぺろと鼻をくすぐる冷たい感触。

意識が浮上する。

「ケッ、ケッ、カハッ」

喉に詰まっている水とかを吐き出す。

「はぁー、はぁー」

目を開いて、小さな影を映り込む。

子狐。

「コーン、コーン」

嬉しそうに俺の頬をぺろぺろする。

「はは、あははははは、生きてる! 生きてるぞ俺!」

安堵と喜びが湧き上がり、俺は子狐を抱きかかえてもみくちゃにする。

「こいつこいつ、お前も俺もなかなかしぶといなははは」

こいつがいなかったら、俺はあの時確実に噛み殺された。

あの弱々しい鳴き声は生への渇望が満ちていた。

はじめてこの世界に来た日の俺が爺さんに向かって叫びだした時のような。

だから諦めていた体が反射的に動いた。


「こっこぅ、んぅー」

子狐は苦しそうな鳴き声が漏れ出す。

でもなんとなく嫌じゃないニュアンスが伝わってくる、たぶん。

そう感じた俺はしばらくそのまま子狐を弄び、心を落ち着かせた。

「しかし俺もつくづく水と相性悪いな、前世では海の上に墜落して死に、今世で目を覚ましたらいきなり川に捨てられてるし、今日も下手したら溺死してたところだった」

ゆっくりと子狐を撫でて、愚痴を吐く。

「コン?」

子狐は頭を傾いて、じーっと俺を見つめる。

まあ、小動物に愚痴を言ってもな。


チリンチリンと声が聞こえる。

子狐の首に掛けてる鈴の音だ。

全力疾走してるの時は全然気付かなかった、そんな余裕もないしな。

「よし、今日からお前の名前は(りん)だ、こんなところにいてもどうせまた野垂れ死になるだけだから、俺について来い、面倒を見てやる」

子狐、鈴を持ち上げて、じーっと見つめ返す。

そして鈴はコンコンと鳴き、俺の頬を擦り寄ってくる。

了承したと思っていいんだな。




九死に一生を得て、門派に戻る俺。

「林師弟(してい)! 無事だったのか、よかった」

門をくぐった直後、一人の子供が慌てて俺の安否を確認し、声を掛ける。

子供と言っても今の俺より二つ年上だけどね。

名前は梁解乱(りょうかいらん)、この玉霊門で一緒に育った、兄弟のような者だ。

だから俺のことを師弟と呼ぶ、同じ師門の兄弟って意味だ。

中身おっさんの俺視点では兄弟って感じが全然しないがな。

「こんな遅くまで帰ってこないなんて、本当に心配したよ、長老に掛け合って捜索を出させるところだった」

いいやつだが、心配性というか、俺たちの代では一番年上だから子供ながら気苦労が絶えない。

まあ、苦労を掛けてるのは主に俺みたいなやつだけど。

「ああこんなに汚れてしまって、清身(せいしん)

全身ずぶ濡れで泥だらけの俺を見かねて、清身の術を掛けてくる。

すーっと風と水気が生み出し、汚れが消えていく。

年上だけあって、こいつは俺らの代で一番修為が高く、呪符を頼らなくても簡単な術を使える。

性格もこの通り優しく、顔はイケメン予備軍だ。

そう考えるとだんだん腹が立ってきた。

それ普通俺の役目じゃないのか?転生者特典掠め取られたんじゃないよな?な?


「ありがとう梁師兄(しけい)、心配させてごめん」

腹は立ったが、俺も7歳の子供、しかも真面目に心配してくれた相手に当てるほど狭量じゃないので、素直に礼を言う。

「いえいえそんな、大したことじゃないよ、君が無事ならそれでいい、でも王長老の方は……」

一瞬笑顔になった師兄はまたすぐ眉間にしわを寄せる。

俺が飛び出した時めちゃくちゃ言って爺さんを怒らせたからな、後が怖い。

「大丈夫大丈夫、ちゃんとあやまるから心配しないで」

「本当かい? やはり僕も付いていって一緒に謝ろう、王長老もきっと許してくれるよ」

「いやいや本当に大丈夫って、師兄を巻き込んだらそれこそ大目玉だよ、あの爺さんその辺マジ厳しいから」

俺は慌てて一緒について来ようとする師兄を止める。

「しかし……」

「まあ、罰は逃れないんだろけど、自業自得だ、どうせ雑用くらいだから甘んじて受けるよ」

「君がそう言うならば……あっ、雑用なら僕が手つっ、え? なんで逃げ出すの、師弟、林師弟ー」

ややこしいことになる前にさっさと退散することにした、あの人好しは妖獣よりしつこい。


向かう先は爺さんのいる玉剣殿(ぎょくけんでん)

爺さんは殿の真ん中で正門に背を向けて突っ立ている。

俺はそそくさと爺さんに近付き、膝を突く。

「ごめなさい、長老、おっ……僕が間違いました、反省します」

背を向けたまま声を出す爺さん。

「今日は自室で謹慎、そして殿内の掃除十日だ」

「はい」

「次はない」

「はい」

素直に頭を下げる。


子供のやんちゃだけど、勝手に門派を飛び出したから罰がないと示しがつかないんだろ。

もちろん今夜のことに関してはなんの報告もしてない。

どうせ門派周辺でうろちょろしてるだけと思ってるからこそこんな軽い罰で済む。

もし森の奥まで行ったと知れば、きっとこんなもんじゃ済まない。

ボロが出さないうちにさっさと戻ろう。


「待て」

大人しく自室謹慎に戻ろうとした俺を、爺さんは突然呼び止めた。

え、まさかなんかやっちゃった感じ?

恐々と爺さんの前まで戻って、様子を窺う。

爺さんの視線は俺と言うより俺の肩の部分に向けて……あっ!

「コーン」

俺はこの時ようやく鈴の存在を思い出した。

「ちょ、長老、こいつはですね、えっと森の中で怪我して……」

慌てて言い訳を探す。

しかし爺さんは俺のことなど眼中にないらしく、じーっと鈴を見詰める。

鈴もじーっと爺さんを見詰め返す。


「そうか、ふむ……いいだろ、好きにしろ」

え? どういうこと?

「この娘の面倒はお前が見ろ、いいな」

え? この娘? なに言って……

「えっ? まさか爺さんこいつと話せるのか?! ええええええ?」

「長老と言えこのたわけ!知らないで拾ってきたのかお前」

爺さんは白い目で俺を見る。


「この娘は妖霊(ようれい)、ワシ達人間と同じ知性を持つ種族だ」

「いや、妖霊も確か人形じゃ……」

「人形に化けてるだけだ、妖霊というのも元々妖獣であり、霊識(れいしき)が開き知性が宿ったから妖霊となった」

「ええええええ、じゃこいつ人に化けれるんですか?」

開いた口が塞がれないまま俺は鈴を見る。

しかし鈴は相変わらずコンと鳴き、頭を傾ける。

「この娘はまだ開霊(かいれい)したばかりだから化形(かけい)は無理だ」

爺さんは俺の問いを否定する。

「じ、いえ、長老はさっきこいつと話しましたよね? どうやって?」

ふと最初に疑問を思い出す。

念話(ねんわ)だ、お前も少し修練に精を出して霊識を放てるようになれば自ずと使える」

話が終わったというばかりに爺さんは再び背を向き、そのまま殿内に消える。


ようやく開いた口が塞いだ俺は神妙な顔をして鈴の足を掴み、本当にメスかどうか確認しようとして。

「コーーーン!!」

思いっきり引っ掻かれた。




「んしょ、んしょ」

真剣に床を拭いてる俺。

くそ、しつこいなこの汚れ。


「って違う!」

雑巾を床に叩く。

俺は掃除のために異世界まで来たわけじゃない!世界を救うために来たんだぞ!

なにが悲しくて掃除ばっかしてんだよ!


まあ、過程は予想外なことばかりで死に掛けたけど、この結果は概ね予想通りだ。

さすがに門派を飛び出して罰がないなんて甘い考えはない。

それでもちょっとこの世界を見てみたかった。

本当はもう少し歩き回って、近くの城まで行く予定だったが、あんな目に遭ったからさすがに大人しく戻るしかない。

どうも一回死んだせいか、考えが甘くなってた。

異世界でファンタジーな力を付けて、5歳と言っても前世の俺より全然強くなったし、魂は30+5歳で子供じゃないから世の中を舐めてた。


この世界は決して甘くない、平和な地球とは全然違うんだ。

あんな妖獣が森とは言え管理下の領地で放置されてるのは、門を出れる人にとって害にならないから。

もし害が及ぶなら放置するわけない。

俺みたいな子供が一人でそんなところまで行くのは想定してなかっただろう。

もし梁師兄だったら、きっと難なく倒せる。

霊力もないただの低級妖獣が修士(しゅうし)に敵うはずがない。

なにも習ってない俺ですら、あんな状態でどうにかなったし、冷静でいられたら撃退もできたかもしれない。


だからこそ断念した。

そんな低級妖獣一匹だけで、俺は瀕死に追い込まれた。

門派の地を出れば、本物の妖獣が出てくる、妖法(ようほう)を使う本物の妖獣。

書物で知ったときは敵わなくても全力で逃げればどうにかなると踏んだが、今夜を経験した俺にはわかる。

もし出会っていたら、俺は死んでた。

もっと力を付けないとな。


そう、力。

まだ最初の一歩を踏み出しただけの幼児の俺でも、地球で一番凶暴な獣よりずっと怖い猛獣と渡り合えるほどの、ファンタジーな力。


道術(どうじゅつ)

真を修め、やがて仙人に至ることを目的とする術。

天地にあふれる霊力を吸収し、体内で煉化(れんか)することにより、さまざまの効果を発揮させる。

修為は低いから高い順に煉気(れんき)築基(ちくき)金丹(きんたん)元嬰(げんえい)などで分ける、もっと上もあるが今の俺とっては完全に未知の領域だ。


俺を助けた爺さんは金丹に該当する。

その爺さんは自由に空を飛び回れて、剣を一振りすれば容易く大地を割る。

全力解放したらどうなるか全然想像が付かない。

俺のいる玉霊門とはこの天華(てんか)の地に数多く存在する修真(しゅうしん)門派の一つで、弟子を招き入れ、代々伝わる道術を教える、日本風に言えば道場みたいなところだ。

門派の長老である爺さんに拾われたから俺も当然のようにここで修練を始めた。

霊力を感知し、体に引き入れることで人体の霊脈(れいみゃく)を開き、煉化できるようにするのが煉気期。


俺は手を伸ばし、集中する。

感じるぞ、霊力バンバン感じるぞ。

開いたばかりの右手の霊脈で霊力を吸収し、煉化。

「水!」

チュルルル――

一筋の水が指から流れ出す。

指で放尿してるみたいでなかなかシュールな光景だ。

そしてさっき床に叩き付けた雑巾を拾い――

「んしょ、んしょ、水を漬けばこんな汚れすぐ取れるわ、俺ってば天才w」

再び掃除に精を出す。


「ってだから違うって言ってんだろ!大体おかしいんだよ、これどこに手で掃除する必要あるの?清身みたいな術でパパッとやればいいんじゃないか!」

まだ煉気駆け出しの俺にこれだけ大きい御殿を術で掃除するほどの霊力煉化できるわけないけどね、それを踏まえた上の罰なんだろ。


今日の分の掃除を終わらせて、蔵書閣(ぞうしょかく)によってから帰宅。

霊識に関する本を借りて来た、さっそく読んでみる。

「ふむふむなになに、天地万物から霊力を感じ取ると同じ要領で、自分の内側を感知するか」

試しにやってみる。

目を閉じて、精神を集中させる。

体の奥底へ潜るように、深く、深くへーー


「うわでかっ! 眩しい! びっくりした」

突然の強光に驚き、パッと目を開ける。

「あれが霊識か、意外と存在感あるな、むしろ存在感しかないわ、存在感の塊だわ」

コツは掴んだからもう一度やってみる。

ぽわっと太陽のような光の塊を感じる。


よし、続きを読むか。

「感じ取れるようになったら、今度は精神を中に溶け込む感じで一体化し……」

概ね分かって来た。

俺は再び瞑想の体制に入り、霊識を感じ取る。

精神を霊識の中に入り、徐々に肉体を手放して、霊識のコントロールに切り替わる。

それを発散するようにとイメージして……

「すげー、霊力がこんなにはっきり視える、ぱねぇっす」

そこかしこから霊力が溢れ出してるのを目視できる感じだ。

そして部屋の隅から一際大きい光を捉えた。


目を開けて確認。

まだ拗ねていて口を聞いてくれない子狐がそこで寝そべっている。

でもチラチラと俺の様子を窺っている。

ふふん、この天邪鬼め、さっそく念話とやらを試してみるか。

何度も繰り返したうちに、スムーズに霊識へと切り替えれるようになった。

霊識を鈴のところまで伸ばして、ぶつかる。


『きゃあああああ! 変態!』

「うわっ! なんだなんだ、俺なんか間違ったのか?」

頭の中に直接悲鳴が響いた。

……なかなかの萌え声だったな。

『し、信じられません! いい人だと思っていたのに、こんな変態だったなんて、もう、もう!』

「フシャー! フシャー!」

また頭の中から声が響く。

それにあわせて子狐が俺に向かって威嚇する。

か、かわいい!


『霊識を直接伸ばしてくるなんて非常識です! 攻撃行為と捉えられたって文句言えませんよ!』

鈴の霊識から霊波(れいは)?みたいな波紋が伝わってくる。

あー、なんか分かってきた。

『こうか、こうやるのか』

霊識で言葉を相手に伝わるように念じる。

『ふん! もうあなたなんて知りません!』

ぷいっと顔をそらす子狐。

か、かわいい!


『ごめんごめん、はじめてでまだこれ慣れてないから許してよ』

『昨日もわたしの、わたしの~~~~~~~~~~~』

鈴は顔を横に向いたまま悶絶する。

『いや、妖霊と接するのも初めてだからさ、どういう風にすればいいかわかんないんだよ、もう絶対しないから、誓うよ』

『あなたの言うことなんて信じられません、ふん!』


完全にへそを曲げちゃった、困ったな。

せっかくコミュニケーション取れるようになったのに。

なによりこの俺が、同じ知性持つ種族とは言え、獣の体をしてるこいつにセクハラすると思われるのが一番癪だ。

ケモミミ、そこまでなら萌える!

百歩譲って手足くらいなら獣化していてもまだ許せる。

じゃ下半身ならどうだ? ……想像してみると、悪くないかもしれない、ラミアとかケンタウロスとか漫画でもよく出てくるし。

それ以上だと、顔だけ人間? ……シュールだな、逆に興味持つかも。

だがこいつは全身獣、全身はなぁ……さすがになぁ……

まじまじと鈴を上から下まで観察する。

キリっと上を向いてピクピクと動く狐耳、目をぎゅって閉めて、ツンっと前に突き出す口。

しなやかな胴体に綺麗な色艶をした毛、そしてふわふわのしっぽ。

やべぇなんか俺いけない扉を開いちゃったかも……


『いやらしい目でわたしを見ないでくださいこの変態! お母様の言うとおりです、人間の男はみんな変態です!』

「フシャー! フシャー!」

あーあ、またそんな全身の毛を立たせて威嚇してくるなんて。

か、かわいい!


『そ、そんな目で見てないって、お前はその、なんだ、妹みたいなもんだろ』

獣を妹って言ったよ俺、大丈夫か俺?

いや妖霊は獣じゃないけど、地球常識で言えば獣みたいなもんだ。

『誰が妹ですかこの変態子供! わたしこう見えても、ってなに言わせる気ですか変態!』

勝手に怒り出す鈴。

『え? 今の完全に自爆だよね? しかも未遂、なんで俺が怒られるの?』

女ってみんなこんな理不尽なのか?


『と、とにかくあなたみたいな変態と一緒にいたくありません、出てってください』

『いやここ俺の部屋だけど』

『知りません、ふん』

また隅っこに戻って丸くなった。


やれやれ、異世界に来て初めて異性と二人っきりで接する機会なのにこんなんになっちゃって。

ってまさかこいつが俺のヒロインじゃないよな?

……いや待て、確か妖霊って人に化けるよな、将来を期待してもいいかもしれない。

獣のままでもなかなか魅力……っておい! しっかりしろよ俺!

30+5年飢えたからってさすがに獣はないよ! 戻れ俺!

なんか戦闘や掃除よりよっぽと疲れる、寝よう。





もふもふ、もふもふ。

なんだろ、暖かくて、ふわふわでーー


『きゃあああああああ! 変態! 変態! どこ触ってますか! 放しなさいこの変態!』

「くぅーんっ! ぐぅん!」

胸のなかで何かが動き始めた。

「うるせーな、もう少し寝かせてくれよ」

頭がもやもやする、まだ起きたくないな。

とりあいず胸で動いてる何かをかたく抱きしめて、もう少し寝ておこう。


『ちょ、ちょっと! そんなに押さないでください、息、息が~~~~~~』

「んぅー! んっ!!」

動きが一層激しくなった。

「なんなんだよもう」

目を開けて、布団の中を見てみる。

「あっ」

既に虫の息だった子狐がそこにいた。

「おい、しっかりしろ鈴! 誰だ! 誰にやられたんだ! チキショオオオオオオ!!」


「いってぇー、なにも噛まなくても……確かに俺が悪かったけどよ」

まだピリピリと痛む頬の噛み跡をそっと撫でる。

うちのお姫様のベーゼは非常に情熱的だ、キスマークがくっきりと残ってる。


「でもお前が布団の中にいるなんて思わなかったからさ、というかなんでいるの?」

俺はぷんぷん怒ってる子狐に問う。

『なにブツブツ言ってますか、何か話がありましたら念話で話してください! ふん、どうせロクでもないことです!』

キッっと俺を睨む鈴。


『え? もしかして言葉分からないのか?』

『当たり前です! わたしが人間の言葉を知る必要なんてありません、バカですか」

『でもほら、念話で普通に言ってるから俺はてっきり……』

『念話は言わば意思の伝達、伝えたいことを霊波に変換して直接霊識まで届きますから、自動的にあなたが理解できる言語になります、そんなことも知らないんですか?』

びっくり、念話すげーな念話、さすが異世界テクノロジーだ。


『念話自体だって昨日初めて使った俺が知るわけないよそんなの』

『バカですか?』

『こっちとらまだ5歳なんだよ! 5歳舐めんな! 知らなくてあたりめーだろ!』

キれるわ、キれてしまうわ。

中身30+5歳だけど、異世界テクノロジーに関することは幼児と同じレベルに決まってんだろ。


『そ、それもそうですね、ごめんなさい、あんまりにも変態ですのですっかり失念していましたわ。そういえばあなたまだ子供でしたね』

いや、申し訳なそうに言うのも見るのもやめろ、というか全然謝る気ないだろお前。

『まあそんなことどうでもいい。さっきは悪かった、言い訳になるけどお前が布団の中にいるなんて全然思ってなかったからさ。というかなんでいるの? 昨日は隅っこで寝たよね?』

俺はさっきの質問をもう一度念話でした。

『そそそそんなことは気にしなくていいんです! もういいですからこの話はこれでおしまいです!』

慌てまくりで話をそらす鈴。

『ははーん、さてはさびし……』

「がぶっ!」

「いってええぇっーーーー!!」

か、噛みやがったこいつ、また噛みやがった!


『なぁ、お前これからどうすんだよ』

『なんですか、もうわたしを捨てる気ですか! この鬼畜! 悪魔! 変態!』

『いや、そんなことは言ってねーよ、面倒を見るって言った……いや、あの時は念話じゃないからわかんないか』

こいつを拾った夜のことを思い出す。


『あの夜俺はお前の面倒を見ると言った、でもあれはお前がただの子狐だと思ったから……』

『ただの子狐じゃなくて生意気で反抗的な可愛くない妖霊と分かったからわたしを捨てる気ですね、この変態鬼畜大魔王!』

一生懸命涙を堪えて俺を罵る鈴。

か、かわいい!


『違うって言ってんだろ、話を最後まで聞け。というか変態は関係ないよね? ね?』

今にも逃げ出しそうだったから、俺は鈴を捕まえて、胸の中に抱え込む。

『は、放して!』

『まあ聞け、お前には自分の意思があると分かったから聞いてるんだよ俺は、昨日お母様とか言ったけど、家があるんだろ? 帰らなくていいのか?』

ジタバタしていた鈴がその言葉を聞いた途端急に動きが止まった。


『……もういません、お母様も、家も、わたしにはもうなにもありません、なにも……うぅ、お母様、おかぁさま……』

ぶつりぶつりと溢れ出す涙。

あんなところで死に掛けたからなにか訳ありとは思ったが、そうか。

『もう大丈夫だ、何かあったかは知らないが、戻る場所がないならここにいろ』

抱きしめて、鈴の頭を撫でる。

『はっ、はぁい……くすっ、ぐっ……そっ、そういえばまだお礼言ってませんね、助けてくれてありがとうございました』

『いや、俺の方こそ、あの時お前が呼びかけなかったら俺もきっと死んでいた、お前の声が俺を恐怖から引き離したんだよ』

『それでもありがとう、えっと、そういえばあなたの名前、まだ聞いていません』


『あー、そうやそうだったな、言ってなかったっけ』

一旦鈴を放して、こちらを向かせる。

『俺は林晶だ、よろしくな鈴……って違うか、お前も名前あるよな、なんて言うの?』

鈴はじーっと俺を見る。

『鈴でいいです、今日からわたしは、鈴です』

チリンチリンと、首に掛けている鈴を鳴らして。

本来回想という形でこの話を後にもっていくつもりだったが、主人公と一緒に最初からこの世界に馴染んでいこうと思って幼小期を先に書くことにした。

次の話は少し時間を飛ばします、5歳児の冒険ではないので。

まだ書き始めたばかりでいろいろ不慣れなので、更新は少しかかるかもしれません。

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