第七話.首都スフェイン1
「優亜、見て!」
馬車の荷台から顔を出した沙菜は嬉しそうに声を上げる。
「ああ、……これはすごい」
あったのは視界の限り続く巨大な壁だった。
王都スフェイン。
この世界には11の国家が存在している。北の大国にあった最大の軍事力を誇る国家レッドベリル帝国は魔王の攻撃によって滅びたらしいから、今は10。そのうちこの世界最大の発展をしているのがこのモルダバ王国だ。その首都スフェインは元々エルフや上位存在の侵入を阻むために巨大な壁を建設していたそうで軍事力はレッドベリルと双璧を成すほどだったという。
事実上この世界の最後の防御壁というわけだ。魔王や上位存在と戦うために。
「ここまで、ありがとうございます」
優亜は馬車から顔を出すと、行商人に頭を下げる
「いや、なに。どちらにせよサタザ村は王都との行商によって成り立っている村だからね。道すがら護衛を引き受けてくれるとあっては一石二鳥さ」
そう言うわけで優亜たちは村の行商人の馬車に同席させてもらっているのだ。基本的にこの世界の行商人は途中で魔物に襲われたら生き残れないというシビアなものだ。そのため行商品の価値は相当高く貴族ご用達の高級品となるわけだが。
と言うわけで道すがらの護衛を引き受けるという条件で馬車に同乗させてもらったのだ。
壁の前にたどり着くと、門番の男性に止められる。
屈強な体と強い視線が相当のつわものであるということを示していた。
「あなたがたは、騎士団の?」
「当然だ。門番には騎士団が交替で任につくからな」
だ、そうだ。門に立つ数人だけでなく、何人かはその場に駐屯しているようで意図しない魔物の襲撃などにも対応できるようになっているようである。
「ふむ。サタザ村からの行商だな。許可しよう。それで後ろの三人は?」
門番は疑うように優亜の顔をじろじろと見る。
「旅の方です。王都へ立ち寄りたいと申すので」
にっこりと行商人の男性が微笑んでみせる。しかし門番は表情を崩さない。
「また、女神さまの思し召しか?」
と、そう言ったのである。
「どういうことですか?」
「女神ラミア様の思し召しということだ」
女神ラミア……それはあの神のことか?
「異世界とやらから来たのだろう。そう言う事例があるとは聞いている」
この町にすでに地球人が来ているのか?
「俺たち以外にもこの町に異世界人がいるんですか?」
「いや、今はいない。もっとも最近で3年ほど前かな。魔王が現れてからたびたび女神が勇者をこの世界におよびくださる。とはいえ、この現状だがね。もはや勇者と言う存在には懐疑的、女神信仰も薄れようというもの」
優亜たちがこの世界に来てからまだ三日しか経っていない。ということは、今までも異世界人の拉致は行われていたということか。
「おい、バカレザー」
優亜は馬車の中で熱転がっているレザーに向かって声をかける。
「バカレザーとはなんだ!」
「お前の国で、国の要人、たとえば皇太子とかが誘拐されて行方不明になるみたいな事件がここ数年間のうちにあったか?」
「ん。いや、ぼくが覚えている限り聞き及んでいないが」
「だよな……」
さすがに小国とは言え国の要人が行方不明になればニュースにもなるだろう。当然レザーの国だけではなく、たとえばよく知っている日本で考えてもここ数年の皇族の行方不明の事例は、ない。
宗教関係者については定かではないが、優亜やフランチェスカクラスの人間が行方不明になればその話くらいは伝わるだろう。
と言うことは今までの召喚は無作為だった、のか?
世界の要人を集めた召喚は今回が最初なのだろう。
それはそうだ。いくらこの世界の難易度がいかれているとはいえ、ことこの代に至っては早々簡単に全滅なんてしないだろう。しかるべき準備と仲間たちの協力があれば、魔王も倒せるのではないかと踏んでいる。
そうすれば現状でも合点がいく。地球でも世界中で行方不明事件が確認されている。もちろん人間たちにより殺され樹海に眠っているという例も多分に含むだろうが、中には異世界に拉致された事案もあったのかもしれない。いわゆる神隠しだのという言葉に代表されるような。
と、そうしているときである。西方の空より耳をつんざくような叫び声のようなものがとどろいたのである。
「な……まずい」
と門番の男が声を震わせる。
「全員構えろ! 王国内の騎士団本部にも連絡を!」
そう言うと駐在所に待機していた騎士団員たちが武装してぞろぞろと現れる。
「何が……」
「悪いが門を開けている余裕はない。今すぐこの場から離れろ」
と、そう言った瞬間である。
「あ、優亜なにあれ」
西の空を、沙菜が指さす。
その先に映る、黒い物体。
それ、が認識してからものすごいスピードで大きく肥大していく。
どんなスピードだ? 音速にも匹敵する、それ。
ドンっとそれは地面に降り立つ。紅蓮の肌と漆黒の目。ばさばさと翼をはためかせると炎がじりじりと世界を焦がした。
「ドラゴン」
である。
「うあ、あああ。もう、おしまいだ」
と、行商人の男性が頭を抱える。
「おじさん、どうしたんですか?」
「どうしたって、ドラゴンだよ! 数ある魔物の中でももっとも強いと言われる。なぜこんなところに。強力な魔物は北の大陸にしか出ないはずだろ!」
「だけど騎士団も何人も駐屯してる」
どうやら現れた騎士団員は全部で30人ほど。一個師団あれば魔物に勝てるという話だから、苦戦こそすれドラゴンにだって勝てるのではないだろうか。
「それがどうした。低級な魔物だったらいざ知らず、ドラゴンなんてモルダバの騎士団が討伐したなんて話はきいたことがないっ!」
「黙らんか行商人! 我々は負けん。それに今応援を呼んでいる。モルダバ王国騎士団前線力を上げて奴を討伐する。この壁は」
と言った瞬間である。ドラゴンがその口を大きく開き、叫び声をあげた。
瞬間である。
後方、10メートルは超える壁に亀裂が走る。
「耳が……」
震えるように耳を抑えて沙菜はうずくまる。
まずい……。
「崩れるぞ、壁っ!」
優亜が叫び声をあげると同時である。
「全員、かかれっ!」
大国一と呼ばれるモルダバ王国騎士団がドラゴンに向かって駆ける。
――が。
「おい。玉依優亜、どうする?」
「どうするって、なにが……だ」
レザーの言葉に、優亜は考え込むように落とす。
「逃げるかい?」
そうだった。明らかに劣勢。
騎士団員は一人、また一人と崩れ落ちていく。
その体系はわからないが強力な魔法を剣にまとわせドラゴンに振るい、あるいはさまざまな遠隔攻撃をヒットさせているが、ドラゴンには聞いている様子すら見られない。
そして一人、また一人と。
「やるしかない」
「勝てるのかい?」
「さあな」
とは言えやるしかない。
先ほどのレベルアップポイントはすべて魔力に極振りする。
「くっ!」
躰を巡っていく力におもわずめまいがして立ちくらみを覚える。
これで優亜の魔力指数は608。地球にいたときの倍近い数値だ。
初回のポイントをHPに振ったがこれは事故死を防ぐためである。というのはつまり強力な術式を常に発動しているわけにもいかないから、平時の体力で後ろからナイフで刺されれば死ぬ、と言う事故死的な死を防ぐためである。とはいえHPを100倍にすることでこれはある程度防げると考えていい。
となれば次にあげるのは戦闘用のステータス。
で、あればすべて魔力でいい。
速い話体力や力などは魔法によって底上げできるのだ。魔力量が高ければすべてのステータスに応用がきくということ。
「スサノオ……」
まずは戦いの神スサノオを体内に卸す。これで力や速さ、対物といった戦闘向けのステータスがはるかに向上する。もちろんこのクラスの神を卸すのは常人では不可能で、6000を超える優亜のMPだからこそ可能な所業ではある。
そして魔力量が倍になり、その行使できる意味もそれだけ倍増する。
オリジナルの神に近づけるということ。
「ツクヨミ。タケミカヅチ、トキオカシ、ククリ、ミヅハノメ……」
無数に神の能力を体内に宿す。
「ばけものが……」
そんな様子をみて、レザーが落とす。
「うるさいな」
そうつぶやき、地面をける。
限界を超えるスピードで跳躍、ドラゴンの額に向かう。
ドラゴンもそれに気づいたようで周囲の騎士団員から標的を優亜に変える。
交差するっ!
戦闘開始だ!!