第一話.召喚の間1
目を覚ますと見覚えのある少女の顔だけが前面に映っていた。
「……っ」
ずきんと頭が痛む。いったいここは。
見るとそこは真っ白な空間だった。何もない無機質な。
そこに少年と少女は折り重なるようにして眠っていたのである。
さらに二人だけではなく、ぱらぱらと人が倒れているようだ。
「おい、沙菜、大丈夫か?」
そう言って少女をゆすると、少女は眠たそうに眼を開ける。
「あれ、優亜? どうして? ってきゃあっ」
と、沙菜はいきなり悲鳴を上げる。
「わ、あわ、わたしなんで優亜と寝てるの?」
「しらんけど、どいてもらっていいか?」
そう言うとかあっと頬を真っ赤に染め上げて優亜の上から沙菜はどく。
「こんな、いきなり。なんて……でも」
そしてちらっと見てくる。
「優亜が初めてで良かった」
「は?」
なにをのたまっているのだ、こいつは。
ちなみにだが、沙菜と優亜は幼馴染である。好意を向けてくれる可愛い幼馴染なんてどんなラブコメだよと思うかもしれないが実は全然そんなことないのである。
実は優亜の家は2000年以上続く由緒正しい神社の神主なのだ。地域周辺では観光地としても名前が上がるほど有名な神社だ。
そんなわけで、まあそれなりに裕福だ。
「式はいつにしよっか……?」
そう。金目当てなのである。
幼馴染だから彼女の夢も知っている。
彼女の幼稚園児の頃からの夢は、楽して生きること。
そう。それは大人になってより一層現実味を帯びてきた。つまり、玉の輿に乗って専業主婦で家事は家政婦にまかせっきりで悠々自適にすごすことである。
「というか、そんな状況じゃないだろ!」
天然なのか計算なのかわからないがいい加減にしてほしい。状況を見ればそんなラブコメしてられる場合ではないことくらいわかるだろう。
そこは地平線の彼方まで続く真っ白な空間。明らかに日常では考えられない異常だ。そこに優亜たちだけでなく無数に人間が倒れている。
数十人か、下手したら100くらいはいるか?
「優亜、ですか?」
と、周囲を見ながら考えていると不意に声をかけられる。
そこにいたのは長髪長身の金髪美女だった。年のころは優亜と同じくらいだろうか? しかし大人びた物腰がそれ以上、20歳前後にも思わせる。
「フランチェスカ……」
「だ、だれ!」
と、いきなり沙菜は優亜の腕に手をまわしてくる。
「この金髪おっぱいおばけ!」
「おっぱいおばけって」
たしかにフランチェスカのおっぱいはお化けクラスだ。明らかにサイズがあっていない制服を身にまとっている。そのせいで胸の部分はぎちぎちだ。
そのサイズはHともIとも言われる……。もはや意味が分からないレベルだ。
「フランチェスカ、この状況、把握できているか?」
「なんらかの超常的攻撃を受けていると見たほうがよいでしょう……。ただしこの規模の術式を発動できる人間がそうそういるとは思えませんけど」
「……だよな」
「ねえ、優亜。あたしのこと無視してる? かわいい幼馴染でいいなずけの私のことを無視してる?」
「……」
さて……。握りしめられる腕が壊死しそうなほどに痛いのですが。
「彼女はフランチェスカ・アルベルト・カッペラーニ。イタリア人だ。おれの高校に留学してる」
「フランチェスカです。よろしくお願いします。そういうあなたは、どこの組織の所属ですか?」
「はい? 組織って? バスケ部だけど……」
「こいつは普通の一般人だよ。そっちには一切のつながりがない」
「ああ。なるほど。フフ。あなたのことだから、てっきり、ね」
「ななななになになになに! 私にわからないように二人だけで楽しそうにして!」
「いや、楽しそうにしているわけではないけど」
言ったように優亜の実家は神社。しかも日本で有数の、というおまけつきだ。宮内庁とのつながりも強い。宗教的な世界観で生きるにあたって、世界の実情の根幹部に近いところにいるのだ。
「フランチェスカはイタリアのキリスト系でお偉いさんの家系の娘さん。教皇も輩出したことのある家系の出だ。大貴族様っていえばわかりやすいか?」
「大貴族!!!!」
ほら。目が輝き始めやがった。
「ご実家はなんへいべいですか?」
「へ? なんへい?」
「あー。無視してくれていい」
そう言って優亜は適当に沙菜をあしらう。
「最近優亜の扱いひどいっ!」
「昔からだと思うけど。とにかく……状況を整理しよう」
「そうですね」
そう言うわけで周囲の状況を改めて観察する。
そのころには倒れていた人たちも全員が起きだしている。人数はおよそ百人。その全員が優亜たちと同じくらいの年齢。15歳から20歳の若者だった。
倒れていたのは日本人だけではなく人種も国籍の様々だったのだ。日本人は若干多いとはいえ、優亜たち含めて6人。ほかはアメリカ人から中国人からもうさまざまだ。
というわけで外国人と思しき人にも話かけたのだが、言葉が通じるのだ。フランチェスカは日本語が話せるので当然だったが、全員が日本語を理解しているとは思えない。聞くと日本に来たこともなく、自国で普通に生活していたという。
そのすべてと言葉が通じるのである。
「ああああああああああああっ! あの人知ってる」
と、佐奈が指をさす。その先にいたのは赤い髪を揺らす少女だった。
「アシュリーさんだ。テレビで見たことある! 女子K-1最年少世界チャンピオンの人だよ」
世界チャンピオンね。この状況、わかっているのか……。
「玉依やないか……あんたもやっぱりいたんやな」
と、そうしていると話しかけてきたのはボーイッシュな短髪を揺らす少女だった。
「清月……。それで、やっぱりって」
「見知った顔が多いやん。これ、それぞれの宗派の最強が集められてるんや」
「えっと、宗派って? なに?」
清月の言葉に沙菜はきょとんと首をかしげる。はあと優亜はため息をつく。
「清月ひまりは浄土真宗のお寺の娘さんだ。日本が抱える仏教徒の中で最高の術者だ……。フランチェスカはこの年で教皇庁に聖人指定を受けてる」
「そして優亜は日本政府が自信満々におすすめできる史上最高の術者でしょう」
フランチェスカがそれを受けて茶化すように言う。
「えっと、つまりみなさんいろんな宗教のお偉いさんたちってこと?」
「まあ、そうだ。現状では地位自体はないけど、それぞれそのうち相当な地位に行くと思うよ。おれはあんまりその気はないけど」
「あたしもあんまりその気はないですが」
「うちも」
というわけらしい。とはいえ各宗教の次期首領級がそろい踏みなのだ。
「やあやあこれは美人さんたちがおそろいで」
と、そうしていると、現れたのは褐色の肌にニヒルな笑顔を浮かべるイケメンだった。中世的な甘いマスクに優しいまなざし。なんというか、うん。イケメン☆だ。
「えっと、あなたは」
たじろぎながらも沙菜が効く。
「ああ、申し遅れました、女神様。名乗るほどのものではございませんがしがない小さな国の皇太子をやっております。シーク・レザー・クドゥース・ジャラール・ワル=イクラームと申します」
「こ、う、たいし……」
人の目が金の形になるのを現実に見たのは初めてかもしれない。
「あ、あの、わたし、高屋沙菜と申します。そ、そのつくします。私! 結婚してください!」
「アハハ。これは愉快な女神さまだ。残念ながら僕の国は他宗教者との結婚を認めてなくてね。とはいえ……」
そういってシーク・レザーは沙菜の手を取って甲にキスをする。
「僕もあなたに魅せられてしまった。この想いを止めることはできない。この気持ちは我が主への裏切りになってしまうのだろうか?」
どうでもいいから、どこか見えないところでやってください。
「あの、優亜君……久しぶり。こんなところで、なんて、再開したくなかったけど」
「殿下……」
宮内庁の関係で、玉依家は皇室にもつながりを持っている。
「殿下なんてやめてよ。昔は一緒に遊んだ仲じゃん。慶子って呼んでよ」
彼女は皇太子の直系ではないが、現天皇の孫にあたる。慶子内親王である。優亜の一つ上で歳も近かったこともあり幼少時はよく交流があった。
「優亜君は今の状況把握してる?」
「いえ……でも、殿下はお守りします」
「だ、か、ら! 名前で呼んでって言ってんの」
そう言って慶子はいきなり優亜のほっぺを引っ張ってくる。
「いてて、わか、わかったから」
昔からこんな様子で彼女には頭が上がらないのだ。
そういうわけで、そこには世界有数の重役が集められているのだ。こうなってくると沙菜もなんかの王国の血を継いでいるのではとすら思ってしまう。
とはいえこれだけの人間を集めるような術者を優亜は知らないし、不可能だ。王クラスの人間もいるのだ。こんなことが可能なら、戦争でも侵略でも余裕で勝てる。
人為的な行為の範疇ではない。
「優亜、この状況、私が説明してあげようか?」
と、そうしていると自信満々に沙菜が言い始めた。
「は? なに言ってんだ、沙菜」
「これはね、異世界召喚だよっ!」
とか、言いだしたのである。
「はい?」
「だ、か、ら、異世界召喚! 異世界に行って勇者になって魔王倒すんだよ!」
「はあ」
「だってさ、今ここには世界中の、宗教の偉い人とか、王様とか世界チャンピオンとかそう言う人が集められてるんだよ。地球の強い人を集めて異世界のピンチを救うんだよ!」
「じゃあ沙菜は?」
「……」
優亜がそう言うと沙菜はフルフルと震えだす。
だが何かにひらめいたように顔を上げる。
「巻き込まれ系!」
「は?」
「だから、クラス全員とか、DQNの勇者の召喚に巻き込まれて召喚されたさえない一般人がユニークスキルでチートで異世界最強なんだよ」
なにがなんだかわからない。
が、理にも適っている。このレベルの行為は人間には行えない。だとしたら人間以上の何かがかかわっていることは必至。
つまり、神の意思を感じる。
『皆様、おめでとうございます』
その瞬間、どこからか声が聞こえた。