第六話
時々、若葉と手紙のやり取りをしつつ、海外での暮らしにも慣れてきた中河。理事長の話では一年ちょっとの研修だったが、実際は一年半の研修だった。
「もうミスターナカガワが来て半年が経つのねぇ。だいぶ慣れたかしら?」
「えぇ、おかげさまで。リーブラ学院は良い学校ですね。生徒は明るく元気な子が多く、教師も素晴らしい人たちばかりだ。それに、とても風通しが良い」
「うふふ、ありがとう。あなたも素晴らしい教師の一人だわ」
中河は、リーブラ学院を治めるキャサリン院長とラウンジでコーヒーを飲みつつ談笑している。白羊高校の校長と同じ年とは思えない程、院長は若々しく見えた。その実はとても強かな女性で、白羊高校と姉妹校契約を結び、経営も教育も高みへと導くカリスマの塊である。
「キャサリン院長、三月下旬に一度白羊高校に戻ってもよろしいでしょうか」
「何かあるの?」
「えぇ、卒業式に出席したいのです。顧問をしていたサークルの生徒たちが卒業を迎えるので顔を見せたいと思いまして」
院長は、中河の言葉に少し目を丸くしたあと、その目を輝かせて中河の手を握った。
「もちろんよ!きっとミスターナカガワの生徒も喜ぶわ!ちょうどこっちも春休みだから日程も問題ないわ!早く飛行機を予約しないとね!」
「あ、ありがとうございます、院長。…あの、手、痛いです」
「あら、失礼!ウフフ」
女性とは思えない程握力があるようで、中河の手は握られた箇所が真っ赤になっていた。
さっそく中河は飛行機の予約を済ませ、卒業式に顔を出すことを若葉に手紙で伝えた。
しかし、その手紙の返事は返って来なかった。
白羊高校卒業式当日、学校敷地に植えられている桜の木はどれも満開で、桜吹雪が舞っていた。
「中河先生!」
「先生!来てくれたんですね!」
「卒業おめでとう。君らの晴れ姿を見るために顔を出した」
「嬉しい!先生ありがとう!」
中河は空港からそのまま白羊高校に来た。すでに式は終了し、調理実習室の前にたむろしていた料理部の面々をみて彼らの晴れ姿を見ることができたことに中河はホッとした。女子生徒四名と堀之内の姿もある。
「先生が海外に行ったあと、後輩が入部してくれて料理部も存続できそうです!」
部活動として成り立つ最低限の人数しかいなかった料理部は、なんと10名以上部員が増えたという。内心今後の部活に不安を抱えていた部長は料理部安泰に非常にうれしそうである。
「ほう、それはよかった。また料理部や白羊高校に顔を出してくれ。いつでも歓迎する」
「はい!」
部員たちの晴れ姿を見るという目的を一つ達成した中河は、彼らに探し人を尋ねる。
「ところで、若葉先生は見なかったか?」
「若葉先生ですか?わからないです、すみません」
「俺もわからないです」
「私たち若葉先生のクラスじゃないので…」
「そうか。きっと敷地内のどこかにいるだろうから、そんなに気にしないでくれ。じゃあ、またいつか」
「はい!」
部員たちと別れた中河は、あちらこちらと若葉の姿を探し歩く。しかし、校舎内にはどこにもおらず、校舎裏にまで来てしまった。
「あれは…」
白石家が所有する丘へ通じる裏門の前に二人の男女が立っていた。お互いに顔を赤らめてもじもじしている。女の方は、三鷹小夜で間違いはなかった。しかし、男の方は若葉ではなく、同級生と思われる男子生徒であった。
中河は二人に気づかれないよう校舎の影に隠れて二人の様子を伺った。
「小夜ちゃん、君と出会って三年。同じクラスにはなれなかったけど、一緒に下校したり、休みの日に出かけたりして楽しかった。君から誕生日プレゼントやバレンタインのチョコを貰ったときは天にも昇りそうなくらいうれしかった」
「うん」
「僕は小夜ちゃんのことが好きです。高校を卒業してもこれからもずっと小夜ちゃんと一緒にいたい」
「…うん、わたしも!あなたのことが好き!一緒にいたい!」
これ以上見るのは野暮だと思い、中河は踵を返し、そこにいた人物を見て言葉を失った。
「久…!」
若葉は目の前にいる中河の姿など見えてはいない。彼の眼には、愛を誓い口づけをする若い男女の姿しか映っていなかった。
「三鷹さん…」
うわごとのようにぽつりとつぶやいた後、若葉はふらりとおぼつかない足で立ち去った。そんな若葉に声をかけることもできず、中河はただ立ち尽くしていた。
その日、中河は若葉の部屋を訪ねたが、若葉は帰っておらず、リーブラ学院に戻る日まで若葉は中河の前に姿を現すことはなかった。
「ハーイ、ミスターナカガワ。卒業式はどうでしたか?」
「ごきげんよう、キャサリン院長。無事、生徒たちの晴れ姿を見ることができました」
「それはよかったです。でも、顔色が優れませんね」
長時間飛行機に揺られ、休暇の最終日に中河はリーブラ学院に到着した。たまたまラウンジで出会った院長と再びコーヒーをお供に談笑をしている。
「きっと旅の疲れでしょう。あまり飛行機には慣れていないものですから」
「そうですか?それだけではないように思えますが…。まあ、いいでしょう。悩みならいつでも聞きますよ」
「お気遣い感謝します、キャサリン院長」
中河はカップに入ったコーヒーを流し込み、席を立った。
それから数か月後、交換留学及び研修を終えた中河は、生徒たちと共に無事に帰国した。生徒たちも新しいクラスに配属され、中河も二学期から白羊高校の教員に戻ることになった。
「研修ご苦労だったな、中河先生。どうだったかね、リーブラ学院は」
「えぇ、とてもすばらしい学校でした。自然に囲まれた広い構内で、生徒も教師も明るく朗らかな人たちが多かった印象を受けました」
「そうじゃろうな、ココも狭くはないが、リーブラ学院に比べたらウサギ小屋と変わらんのう」
一学期が終了した日、研修の報告書を提出するために校長室を訪れた中河。あの時と同じように校長室には理事長が応接用ソファに座っていた。校長に促されて、理事長と向かい合うように中河は座り、理事長の隣に校長が座る。
報告書を受け取った校長は、中身をぱらぱらめくり簡単に確認した後、テーブルの上に置いた。
「中河先生、君には二学期から三年生の副担任についてもらう。あの学年は君が初めて担任した学年だったね」
「はい、ありがとうございます。また彼らの学年を受け持つことができて嬉しいです。しかし…」
再び担任した生徒たちと一緒に歩めることは中河にとって嬉しい出来事であったが、彼にはそれ以上に気になる事があった。
「しかし?」
「なぜ、若葉先生が非常勤講師になっているのですか」




