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第四話

 その夜、中河は若葉の部屋を訪ねた。

「どうしたの、中ちゃん。すごく辛そうだけど」

 突然の訪問に驚きつつも若葉は中河を部屋に上げようとするが、中河は怒っているような今にも泣きそうな複雑な表情で俯いて玄関から動こうとしない。

「……」

「……」

 二人の間に沈黙が流れる。

「…とりあえずあがりなよ。何か話があるんだろ?」

「……ああ、悪い」

 机を挟んで向かい合うように座るが、また沈黙に包まれた。

 若葉は中河が話すまで待つことにし、机に置いてあった煙草をくわえてオイルライターで火をつける。中河の方に煙が行かないよう、そっぽを向いて煙を吐き出した。

 

 若葉のたばこが二本減った頃、重々しく中河は口を開いた。

「……妹さん、元気か?」

「妹?そういえば最近連絡とってないなあ。なんか大企業に就職が決まったとかでおふくろが喜んでたような。…話って妹のこと?もしかして紹介してほしいとか?やめといたほうがいいよ、あいつ外面は良いけど結構自堕落なところがあって…」

「別に紹介してもらいたいとかそういうわけではない。ただの世間話だ」

「そう?なんか変だよ、中ちゃん」

 今も俯いている中河の表情を見ようと若葉は身をかがめて覗こうとする。すると、中河は勢いよく顔を上げた。

「久!」

「は、はい!」

 中河の大きな声に驚いて思わず背筋を伸ばす若葉。中河はじっと若葉を見つめる。

「お前が前に言っていた想い人は、二年の三鷹小夜か?」

「え?!え、あ、なんで知って…あっつうう!!!!」

 若葉は取り乱して咥えていた煙草を太ももの上に落としてしまい、熱さでのたうち回る。中河は落ちた煙草を拾い上げて灰皿に押し付けた。

「今日、校門で見かけた。鼻の下を伸ばしてみっともない姿だったぞ」

「ほ、ほっといてくれよ!仕方がないだろう!?あの子から下校に誘われて嬉しかったんだよ!」

「お前は教師で、三鷹は生徒だ。それだけは忘れるな」

「わかってるよ…」

「頼むから、忘れないでくれ。お前のためにも、妹さんのためにも…」

 悲痛な声で懇願する中河の姿に若葉は胸が締め付けられる。しかし、三鷹小夜への想いは断ち切ることはできない。

「……俺は三鷹さんを好きだという気持ちは変えることはできないと思う。もちろん教師としての職務も全うするし、今は教師として一線を超えることはしない。それは誓う」

「あぁ…」

「だけど、彼女に話しかけられると年甲斐もなく嬉しくて舞い上がってしまうんだ。俺に無邪気にほほ笑む彼女を見ると教師としての立場を捨てて抱きしめてしまいたくなるくらい、彼女が好きなんだ!でも、それは絶対にしない。親友に迷惑をかけるわけにはいかないから」

 若葉は、金魚が彫られたオイルライターを中河の前に置いた。

「日に日に彼女への想いが積もり重なっていく。自分を忘れそうになることもあった。そんな時、ポケットにあるこれを握りしめて平常心を保っているんだ」

「これは、俺が土産で買ってきた…」

「中ちゃんのおかげだよ。きっと中ちゃんがいなかったら、今頃俺は教師を辞めていただろうね。それこそ前に中ちゃんが言っていた『変態教師、女子生徒にみだらな行為』とか新聞沙汰を起こしてね」

 若葉はそっとオイルライターを両手で握りしめる。

「これがある限り、中ちゃんがいる限り、俺は大丈夫。絶対に教師として道を踏み外さない。どんだけギリギリだったとしても、つま先一本でも踏ん張って道を歩むよ」

 若葉も若葉なりに苦悩していたことを知った中河は、改めて若葉を信じることにした。

「そうか…ありがとう。俺が近くにいるときはお前の首根っこをちゃんとつかんで元の道に戻そう」

「うん」

 中河は海外長期研修のことを話すことはできなかった。たとえ校長に口止めされていなかったとしても、話すことはできなかっただろう。

「俺がいつも近くにいるとは限らないから、そのお守りは大事にしろよ」

「もちろん!これは家宝にするよ」

「ふっ…それはちょっと重いな」

 


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