第三話
校長室にはすでに長い白髭を生やした和服姿の老年男性が応接用ソファに座っていた。中河は校長に促されて老年男性と向かい合うようにソファに座り、校長は老年男性の隣に座った。
「白石理事長…」
「ほっほっほ、君とこうして喋るのは面接の時以来かのう」
陽気に笑う老年男性は、白羊高校の創設者一族であり理事長の白石洋一郎である。式典以外は滅多に姿を現さず、ほとんどの教員は面接以外では言葉を交わすことがない。中河もその一人である。その理事長が目の前にいることに戸惑いつつも、中河は校長に疑問をぶつけた。
「校長先生、なぜあの時私を止めたのですか。それに邪魔をしてはならないと……教師と未成年である女子生徒の間に何かが起これば彼らも白羊高校もただでは済まないと思いますが」
校長はちらりと理事長の顔を伺い、中河の疑問に答える。
「彼女…三鷹小夜さんは今回の奇跡の子。彼女の邪魔をされては困るから君を止めたのだ」
「奇跡の子…?」
「それはワシから話そう。奇跡の子とは、白羊高校創立時から四年ごとに入学する不思議な能力を持つ女子生徒のことじゃ」
「は、はあ…」
奇跡の次は不思議な能力。随分とファンタジーな話だと中河は眉をひそめた。中河の様子を気にせずに理事長は話をつづけた。
理事長曰く、彼女たちの不思議な能力とは異性を魅了することである。しかし、無差別に異性を魅了するわけではなく、いくつかの条件が存在する。
容姿が良いこと、何らかの成績が優秀であること、または何かの技能に特化していることである。条件に当てはまる異性たちは、彼女によく思われるために互いをライバル視して切磋琢磨をする。そして、難関大学への進学や部活動で優秀な成績を収めるなど白羊高校にプラスになる結果となる。
「奇跡の子によって彼らの実績は実績を残し、そのおかげで入学志望者が増えたり、補助金が出たりなど学校経営にとって良い影響ばかりだ」
校長は棚から一冊のファイルを取り出し、中河に見せる。ファイルは白羊高校の卒業生の進路実績が記され、四年間隔で飛びぬけて高い実績を残していることが分かる。
中河は校長と理事長の話を妄言ととらえたかったが、目の前にある資料から納得せざるを得なかった。
「その様子だと納得してくれたかのう」
「……”奇跡の子”がいるということには一先ず納得します」
中河はしぶしぶと頷く。理事長は満足そうに目を細めた。
「では、なぜ若葉先生と奇跡の子の邪魔をするなと言ったことについて話そう」
校長の話がようやく本題に入り、中河は姿勢を改める。
「答えは簡単だ。若葉先生も奇跡の子に魅了されている上、奇跡の子も若葉先生に好意を抱いているからだ」
つまり、二人が両思いだから邪魔をするなという話である。生徒同士の恋愛ならいざ知らず、教師と生徒間の恋愛に好意的でない中河は不満である。
「卒業して数年後の生徒と教師が関係を持つならまだしも、在学中の生徒と教師の恋愛を止めないというのは如何なものかと思います」
「ほっほっほ、まっすぐでいいのう」
「理事長!」
中河が咎めるように声を上げるが、理事長の柔和な表情は変わらない。
「これは白羊高校が創立されてから起こる奇跡の連鎖。一介の若造に邪魔する権利はない」
理事長は微笑みを絶やさないまま、瞳は鋭く中河を睨みつけていた。中河はその気迫に押されて息を呑む。
「さて、例の研修には中河先生にお願いしようかのう。資料はあるかね?」
「はい」
理事長は校長に何かの資料を持ってこさせ、中河に渡す。
「正式な発表はまだしておらんが海外に白羊高校と姉妹校になる学校ができてのう。今冬から一年ちょっとの期間、交換留学をすることになった。生徒だけではなく教師もその対象じゃ。良い経験になると思うがどうかのう」
奇跡の子の邪魔をさせないための研修という名の左遷である。それに気づいた中河が抗議の声を上げようと口を開くが、すぐさま理事長の言葉に遮られた。
「そういえば、若葉先生にはさほど年が離れていない妹がおってのう、短大を卒業して無事に就職が決まって…たしか、白石商事の総務部だったかのう」
白石商事は国内有数の大企業である。名前の通り、白石家が所有する企業の一つである。
「君が事を荒立てて若葉先生を止めたとしたら、我々はそれなりに対処せねばなるまい。白石商事は清廉潔白をモットーにしておる。身内の不祥事に巻き込まれて彼女は大変な目にあうかもしれんのう…ほっほっほ」
中河は怒りで強く拳を握りしめた。関係のない若葉の妹にまで火の粉を被らせるわけにはいかない。
「わかり…ました。研修に…ぜひ行かせてください」
中河の答えに理事長と校長は満足げにほほ笑んだ。
「この研修はまだ非公式の話であるから、決して口外しないように」
校長の忠告に中河は静かに小さく頷いた。




