第二話
年度が替わり、再び忙しくなる。中河は初めてのクラス担任と門外漢な料理部の顧問ということもあり、四苦八苦していた。一方、若葉は同じ学年を継続して受け持ったため、比較的余裕が見受けられた。相変わらずユーモアあふれた授業で生徒からの人気を博し、昼も放課後も生徒からの質問や雑談の対応で忙しくしていた。
ある日、中河は料理部の部活動に参加する羽目になってしまった。顧問としての仕事は、通常は会計の部員から報告される部費の収支確認や入退部の把握、そして安全管理だけである。しかし、部員たちから中河に直接部活動を見学してほしいという熱い要望を受けたため、中河は応えることになった。
「なぜ急に見学してほしいと?」
中河は部長を務める女子生徒に訊ねる。
料理部は二年生の女子生徒4名と男子生徒1名というわずか5名の小さな部である。部として成り立たせるための最低限の人数しかいない。今日は、男子生徒は欠席らしく、女子生徒4名で活動をするようである。
「実は、中河先生に相談がありまして…」
「あまり大っぴらに話す内容でもないし、話すなら二年の先生たちじゃない方がいいってことになって…」
「二年の先生たちに話しづらいこと?何かあったのか?」
中河は様々なトラブルを想定する。生徒同士のトラブルなのか、教師たちに何か問題があったのか。
いろいろと可能性をめぐらしていると、部長が話し始めた。
「私たちの学年に三鷹小夜っていう女子生徒がいるんですが、その子ちょっと変なんです」
「その子本人というより、周りが変、みたいな?」
「変?」
首をかしげる中河。彼女たちの相談内容は同じ二年生である三鷹小夜という女子生徒に関することであった。
三鷹小夜は、入学当初は地味で同性の友人をほとんど作らない生徒だったらしく、同じクラスの女子生徒たちの間ではどう扱うべきか困っていた。
しかし、去年の文化祭を過ぎた頃から三鷹小夜を取り巻く状況が変わり始めた。彼女の周りには自然と格好いい男子生徒たちがよく集まるようになったのである。その男子生徒たちは何れも三鷹小夜に好意を抱いており、それを周りに隠すこともなかった。しかし、三鷹小夜本人には彼らの想いが通じていないようである。
「堀之内君も急に地味子…三鷹さんを好きになったみたいで、よくデートに誘おうとしているところを見かけて」
「今日、彼が欠席しているのも、三鷹さんと放課後デートするためとか」
中河は、堀之内が三鷹小夜に懸想していることはどうでもよかったが、放課後デートをするためだけに部活を欠席したことに対して怒りを覚えた。しかし、その怒りはすぐに沈み、代わりに疑問が浮かぶ。
「確か、堀之内は一番部活熱心だった記憶があるが?」
中河の疑問に同意する部長。堀之内彰彦は、部内で一番の料理上手で唯一の男子部員である。容姿は、目鼻立ちが整った顔立ちだが、分厚いメガネでその魅力は半減している。性格は、非常に温厚である。また、リーダシップがないため部長にはならなかったが、代わりに誰よりも熱心に部活に励んでいた。
「はい。恋より料理みたいな人だったんですけど、急に人が変わったように三鷹さんの事ばかり話すようになって」
「三鷹さんを前にするとすごくデレデレしてるよね。…料理にストイックな姿が格好良くて好きだったのに残念」
「ああいうのってなんていうんだっけ、ゾッコン?首ったけ?」
「言葉のセンス古すぎ!…それを言うなら、愛の虜じゃない?」
「貴女のセンスも十分古いわよ」
部員たちはそれぞれ堀之内の現状を言葉に表そうとする。彼女たちにとって堀之内が三鷹小夜に魅了されたことが相当意外だったようである。
「それで?俺は、堀之内に部活動に対する態度を改めるようにいえば良いのか?」
相談内容というより噂話を聞かされたと感じた中河は、話をまとめようとする。
「それもあります。ですけど、変なのは男子生徒だけじゃないんです」
「…どういうことだ?」
聞き返すと、部員たちは何かを言いづらそうに顔を見合わせる。そして部長が決心したように小さく頷き、答えた。
「三鷹さんの担任、若葉先生も他の男子生徒たちみたいに三鷹さんに虜にされたみたいなんです。もちろん、授業はいつも通りで分かりやすいですし、特にえこひいきもないんですけど……」
「よく二人で下校しているところを見かけたり、ね」
「うん。…他の男子たちはどうでもいいんです。でも、堀之内君と若葉先生だけは三鷹さんの誘惑の術から解放してほしいんです!」
「お願いします!中河先生!」
懇願する部員たち。中河は言葉を失った。以前、若葉が言っていた思い人とは、三鷹小夜の事だったのだ。そして、そのことは生徒たちに知れ渡っていた。
中河の脳裏に新聞の見出しが黒々と輝く。『変態教師、女子生徒にみだらな行為!』と。
翌日、中河は堀之内を生徒指導室に呼び出した。中河としては真っ先に若葉を問いただしたいところであったが、先に堀之内の部活欠席問題を片づけることにした。指導の他に、堀之内から三鷹小夜の情報を聞き出すことも目的である。
指導室に入ってきた堀之内を席につかせ、部活の欠席について諌める。堀之内も部活を欠席していたところに思うところがあったらしく、素直に謝罪をした。そして、若葉がそれとなく三鷹小夜への片想いについて聞くと、堀之内は少し恥ずかしながらも嬉しそうに語り始めた。
その内容は、以前、若葉が話していた内容とほぼ同じであった。地味な女子生徒であった三鷹小夜の前向きな努力の姿勢と成長ぶりに魅了されたのだという。さらに三鷹小夜について語る堀之内の姿は、片想いではなく、盲信や心酔に近いものだと中河は感じていた。
堀之内を帰し、中河は理科準備室へ向かった。しかし、そこに若葉はおらず、初老の理科教師が採点作業をしていた。彼に若葉の行方を尋ねると、今さっき帰ったと言われ、中河は踵を返した。
校門の前で女子生徒と話す若葉を見つけ、声をかけようとするが、若葉の表情を見て立ち止まる。
「まさか、あの女子生徒が…」
女子生徒と話す若葉の顔は仄かに赤く、女子生徒を見つめる目線は熱を帯びているように見えた。
若葉と話している女子生徒こそが三鷹小夜であると中河は確信する。
「おい、若葉…」
「中河先生、二人の邪魔をしてはいけない」
二人を引き留めようと再び歩を進めようとしたとき、背後から声をかけられる。振り向くとそこにはつるりと頭頂部が光る中年男性、白羊高校の校長がそこにいた。
「校長先生…?なぜ、止めるのですか」
「その話は、校長室で話そう。ついてきなさい」
校門に若葉たちの姿はなく、中河は校長の後をついていくしかなかった。




