要領のいい弟がうらやましい…
五月も中旬になると子ども達もすっかり新しいクラスに慣れてきた。三年生は三学級の九十八人。僕の受け持ちクラスは男子十七人、女子十五人の三二人のクラスである。
大抵の場合、臨時採用は3クラスの中では一番やりやすい学級を持たせてもらうことになる。逆に言えば、どんなに力があろうとも臨採には重要なポストは与えられないと言うことである。
この日は二組で一番やんちゃな女子である立野香が、気の弱い男子の大畑正元を殴って泣かせたため、放課後二人を残して話を聞く。その後、二人の件を学年主任の荒尾先生に報告した。荒尾先生は四十手前の独身である。俗に言うアラフォーである。
荒尾先生の話によれば、立野香と大畑正元は幼稚園が同じで、昔から立野が大畑にちょっかいを出していたとのこと。そのため、低学年の間は別々のクラスだった。
しかし、三年生のクラス替えで一緒のクラスになったため、最近また再発したようだ。それに触発されるようにクラス全体の落ち着きがなくなりつつあることが不安で仕方ない。
学級崩壊だけは絶対に避けなければいけない。学級崩壊は子ども達から交流と学びの場を奪う。また、私自信の評価も大きく下がる。
仕事がうまくいかなくなると、試験勉強は全くはかどらなくなる。まずい…。これではまた、これまでの失敗を繰り返してしまう。分かっているけど、やっぱり難しい。仕事しながら、勉強することは本当に難しい。
だからと言って、仕事もせずに勉強だけに専念するのは現場経験を積めないリスクが大きすぎる。また、勉強だけの生活だと気がめいるに違いない。
それに引き換え、秋人は実に要領がいい。これまで築き上げた日本人学校や青年海外協力隊の人脈をうまく利用して、効率よく勉強を進めている。
やはり、三月末から遅れて勉強を始めた不安があるからだろう。近くにいる協力隊の先輩とやらにピアノを無料に教えてもらったり、ネットを使って日本人学校の校長だった人に教職教養の解説や面接の練習を受けたりしている。
同じ双子でありながら、どうしてこんなにも違うのだろう…。
僕は秋人が外国に行っていた五年間でピアノ教室に通ったり、教員採用試験対策講座を受けたりした。しかし、それには多額の時間とお金をつぎ込んだ。お金をつぎ込んでも結果が出せてないし、そこで新しい人間関係を築くこともなかった。
秋人は人と知り合うたびに、どんどん人脈が広がると言うのに…。いやいや、こんなことを考える暇があるなら、少しでも勉強を進めないと…。俺の馬鹿野郎!
心では分かっているのに、頭が全く働かない。仕事での立野香と大畑正元のこと、秋人の心憎い才能のこと、三角美弥とのこれからについて、自分自身の将来について、…いろんなことがごちゃごちゃと何度も頭を駆け抜ける。ああ、もう! これでは勉強にならない。次の日も仕事だし、もう寝よう…。
布団に入ってからも、相変わらず、いろんなことが頭の中で暴れ回れる。どうにか逃げたくて、意味もなく何度も寝返りする。しかし、残念ながら寝返りぐらいでは逃れることはできなかった。結局、朝方まで眠れずじまいである。