祖母の一周忌(2)
ばあちゃんは僕らの違いを認めてくれた最初の人であった。ばあちゃんのおかげで僕らは割と早い段階から、双子によくありがちな双子の呪縛に縛られることなく、それぞれの道に進むことができたように思う。
双子だからこそ、いつも一緒でなければいけない。幼いながらに秋人も僕も思っていたほどだ。祖母がいなかったら、僕らはそれぞれの持っているモノを押し殺していたかもしれない。
祖母がいたからこそ、秋人は外に広がる広い世界へ飛び出すことができたし、僕も自らの内面の世界を深く掘り下げることができた。僕らに取って、祖母は本当に特別な存在である。
そんな祖母の死に際に立ち会えなかった秋人の無念はやはり理解に耐えない。
これまでずっと海外の大舞台で一旗揚げたいと言い続けてきた秋人。その秋人がこれまでの経験を生かして、鹿児島で教員をやると決めた背景には、祖母の死が少なからず関わっていると思う。
別に彼とそんな話をした訳ではないけど、二次試験に合格して、晴れて正規の教員になったことを喜ぶ秋人を見て、それは間違いと感じた。もちろん、誰よりも先に、まず祖母の墓前に報告したことは言うまでもない。
秋人が祖母の墓前で教員採用試験に無事に合格したことを報告している時、ふと空を見上げる。どこまでも澄み渡る秋空に、祖母の微笑んだ姿が浮かぶ。秋人、ばあちゃんが喜んでいるぞ!
「穂高、ばあちゃんがずっと応援しているからくじけちゃいかん…と言っていたぞ」
「そうか…。秋人、ばあちゃんが空から嬉しそうに微笑んでいたぞ。合格、おめでとう…ってな」
別に事前に打ち合わせした訳でもないのに、同じくばあちゃんのことを考える。まあ、祖母の墓前にいるから当たり前だろうと思うかもしれない…。しかし、二人とも教員採用試験のことを考えていて、しかもそれぞれの結果のことを報告しているなんて偶然はそう簡単に起こらない。
このような偶然は僕らが双子だから起こることである。それぞれ、根底にあるものは違う別の人間なのに、どこかでつながっていることを感じられる。それこそ、双子ならでは特別なつながりだと僕らは思っている。
かつて、秋人がリカルア共和国でデング熱にかかって、生死の境目をさまよった時、穂高も原因不明の熱で寝込んだことがある。この時、僕は秋人の身に何かあったことを感じていた…。
また逆も然りで、穂高が新型インフルエンザでぶっ倒れた時、秋人も原因不明の咳が止まらずに困ったそうだ。これも後に連絡を取り合って、ああやっぱりな…と思ったものである。




