第二章 3
「うっし、慣れた。もう熱くても問題ねぇ」
何事もなかったかのように、すっくと立ち上がる。総身を焼かれながら、だ。
よく見ると、炎に包まれた皮膚が再生、炭化を繰り返している。
あれが噂に聞く、彼女の能力であろう。狂犬、斬崎刀子の能力は、肉体再生。どのような傷であろうとも、すぐに治ってしまう。
それにしても、と加賀美は思う。
たとえ再生するにしても、痛みが遮断されているわけではない。あの炎は自分が消すと念じなければ消えないため、今でも身を焼かれる激痛を味わっているはずだ。
それなのに、あの女は苦悶を一切見せない。それどころか、嗤っている。
――狂犬どころではないな、化物め。
加賀美の額から汗が伝う。復讐を果たす前の試練としては、相当骨が折れそうだ。
奴を仕留めるには、命を捨てる覚悟が必要。彼はそう判断した。
――さて、どうしたものか。
考えつつも、油断なく刀子の動向を観察する。
と、彼女はこちらを向き、口を開いた。
「何ジロジロ見てやがんだてめぇ! どんだけ待ったところで服は燃えねぇぞ! 戦闘部隊の制服は特殊繊維製だ。オレの裸が見たきゃ殺してからひん剥くんだな、スケベ野郎!」
「別に貴様の裸体なぞ見たくは――」
「ちなみに! こっちの刀も特殊合金製だ! ……てめぇ今なんでもかんでも特殊なんとかって言えば問題ないと思ったら大間違いだ、みてぇなこと考えたろ? ぜってぇ考えたよなぁ? あぁすっげぇ腹立ってきた! つーわけで死ね! 今すぐ死ね!」
一人で勝手に激昂した刀子。彼女は顔を怒りで歪ませながら、地面を蹴った。
今度はさっきよりも疾い。瞬き一つの時間で、彼女は加賀美の眼前へと到達。斬撃のモーションに入った。
「くっ、狂人めが!」
袈裟懸けの一撃を紙一重で躱し、悪態をつくスキンヘッド。
「ひゃはははははは! 褒めてくれてありがとよ! お礼に殺してやるから死ね! さっさと死ね! 三秒以内に死ね!」
言いながら、刀子は追撃を次々に放ってくる。
逆袈裟、胴狙いの薙ぎ払い、突き、縦一文字。
ありとあらゆる角度から繰り出される剣閃を、加賀美はすんでのところで躱し続ける。
彼の身のこなしは、経験によるものだ。そこらの三下であったなら、そもそも最初の一撃でやられている。
しかし、このままではいずれ捕捉されるだろう。刀子の斬撃は、一振りごとに鋭さと速さを増している。
――回避不能となるまで、せいぜい二〇秒といったところか。不味いな……。
緊張と焦燥で、胃が痛み始める。
加賀美とて、何もただ避けているだけではない。炎を放つのは当然のこと、彼女の身を覆った炎を強めるなど、様々な攻撃を行っている。
それなのに、刀子は微塵も怯まない。常人であれば、痛みで発狂してもおかしくないはずだ。
彼女はそんな状態で嬉々としながら、こちらを殺しに来ている。
――ネオ・ヒューマンズ最強の狩人……噂以上の化物だ……!
時間が刻一刻と過ぎていく。それに比例して、刀子の猛烈な攻勢が狂暴さを強める。
――くっ、ここで終わってたまるか! なんとしても復讐を遂げねばならんのだ!
加賀美が吠える。熱量を限界まで引き上げ、凄まじい火力の炎を放つ。
全身全霊の一撃は、まさに超高熱の大津波。歩道、車道、店舗。射線上にあった物体がことごとく炎に飲まれ、熱で溶かされる。
それでも、駄目だった。
「ははははははははははははは!」
刀子は炎の勢いで少し吹っ飛び、大勢を崩しただけ。気勢は萎えるどころか、周囲を焼き尽くす火炎のごとく燃え立っているようだ。
再生は追いついておらず、その肉体はほとんど炭も同然。そんな状態でも、彼女は嗤う。嗤いながら、突進してくる。
呆然とする加賀美。その一瞬の隙が、致命的ミスだった。
「死ぃぃぃぃぃぃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――!」
絶叫を発しながら、刀子が得物を振り上げる。
加賀美はそのモーションに、僅かだが反応が遅れてしまった。
「くぅッ!」
彼は確信する。この一撃は避けられない。待っているのは死だけだ。
――畜生ッ!
心中で毒を吐く。しかし、何をやっても迫る凶器が止まることはない。
もはやこれまで。目を瞑る加賀美。
その刹那。
「なぁッ!?」
驚きの声が上がった。それを口に出したのは、刀子である。