第二章 2
――そのための力は手に入った。計画も万端だ。報いは必ず受けてもらうぞ……!
元親友と元思い人の顔を思い浮かべながら、加賀美は歩調を速める。
目的地は中央ブロック。静香と和哉の居場所はそこだ。
あの場所へ行き、“彼”と共に襲撃をかける。そのために、今日まで耐えてきたのだ。全ては復讐成就のため。そう思って、“彼”の言う“準備期間”を我慢し続けた。
そして、解放の時がついに来た。心中で滾る昏い情念を、もう抑える必要はない。
歩行速度が上がっていく。もはや駆け出すような勢いである。
周囲の人間は皆、加賀美に注目していた。
彼が日本国内で罪を犯し、追われている身であることは、この場にいる者全員が知っていよう。といっても、通報するような輩は一人もいない。
なぜなら、ここは完全な独立地帯だからだ。
電波の受信によって、水月の人々は日本のテレビ番組を見ている。だから、彼等は加賀美の犯行を知っている。
されど住民からしてみれば、「それがどうした」といった認識であろう。
ここはフリークスが支配する場所。ゆえに、日本で何をしていたとしても関係はない。
水月で粗相をしでかしたなら話は別。しかし、ここのルールを乱さなければ、住人達は能力者、非能力者に関わらず寛容だ。
この人工の島には能力者しか住んでいない。しかも、全員が元々犯罪者。さりとて、ここでの犯罪発生率は、東京都の一〇分の一以下。それは差別や偏見の目で見られることがなく、まっとうな職にありつける環境のおかげだろう。
水月には水月の掟があり、生活があり、住民達の絆がある。だからこそ、犯罪者だけを集めた場であっても、平穏が保たれているのである。
ここはまさに、フリークスによって生み出された国家だ。
――確かに、水月は能力者にとっての理想郷だ。しかし、その平穏を乱すことに躊躇いはない。復讐のためなら、ここを潰すことも辞さん。
早足で進みながら、瞳に決意の炎を灯す。
邪魔をする者には容赦しない。誰であろうと焼き尽くすのみ。
その覚悟が、試される時が来た。
「よう、クソハゲ」
背後から飛んできた声に、加賀美は立ち止まる。それだけで、一言も返さない。
沈黙を続けるスキンヘッドに反して、声の主は言葉を続ける。
「聞いてんのかハゲ。てめぇに言ってんだ、加賀美俊彦さんよ」
後ろを向く。そこにいたのは、黒ずくめの格好をした、やけに目つきの悪い女であった。
歩道のど真ん中に陣取った彼女の腰元。そこには一振りの刀が差してある。
「……ネオ・ヒューマンズの狂犬、か」
「おや、オレのこと知ってやがんのか。そいつは光栄だ――死ね」
唐突であった。
両者の闘争が、なんの前触れもなく開始される。
女が鍔に手をかけ、踏み込む。
疾い。彼我の距離一〇メートルを三歩で詰めてきた。
加賀美は回避ルートを思考する。
両サイドは不可。左側には店舗が並び、右側は車道。よって、背後以外に選択枝はなし。
判断と同時に後退。
刹那、今しがたまで加賀美が立っていた空間に、美しい半円の軌道が走る。
銀の閃き。日光を反射して煌くそれが、目に眩しい。
距離を取った後、加賀美は冷静さを崩すことなく言葉を発した。
「やれやれ、話に聞いた通りの狂犬ぶりだな。確か名前は斬崎刀子、だったか。名前通りの切り裂き魔め」
「ハハッ、名前まで知ってるとは嬉しいねぇ。ますますブチ殺したくなったぜ」
涼しげな美声に似つかわしくない台詞を吐きながら、刀子は口端を吊り上げる。
その顔は、笑顔などという優しいものではない。獣が牙を剥いているかの如くだ。
そして彼女は自身の牙たる刀を構え――再度、突貫。
「猪武者が……!」
彼女の駆動への対処。今回は退避ではなく衝突を選択した。
奴のようなタイプは、調子づかせると厄介だ。ここで反撃し、優位な状態を作らねばならない。
「燃えろ」
一言を発した途端、刀子の周囲に炎が発生。それが彼女の全身を覆い尽くす。
周囲にいた住民達は、最初の一合の時点で退散していた。車道を通る車の数も、少し前までに比べ少ない。さすが能力者だけが集まる島。誰もパニックを起こさず、避難が迅速だ。
とりあえず、これで心おきなく戦える。周囲一帯が動きやすい戦場となれば、奴との勝負は有利となるだろう。
そのように思索しつつ、加賀美は燃える刀子を睥睨する。
彼は、敵が死んでいないことを確信していた。だからこそ、これからの戦法を考慮しているのだ。
「まったくもって面倒だな。再生能力というのは」
スキンヘッドの視線の先には、炎で焼かれる刀子の姿がある。彼女はうずくまり、ピクリとも動かない。
だが次の瞬間。