第一章 3
「あひゃひゃひゃひゃ! ハゲだ! つるっぱげだ! 能力者っていうかお坊さんだよねぇこれ!」
「真っ先にツッコむとこがそれかよ。えーっとなになに……加賀美俊彦、年齢は三五歳、能力者。所有する力は火炎操作。一七の頃、フリークスに加入」
「フリークスって、あのフリークスですよねぇ……」
怯えた調子で呟く萌花。
その組織は、裏の人間ならば誰だって知っている。
誰が言ったか、世界の支配者。フリークスという組織は、まさにそれだ。
全世界に二百万人を超える構成員を持ち、その大半が能力者。それだけでも強大だというのに、“とある科学者”の存在によって、組織の科学力は世間よりも一〇〇年先を行っているという。
「で、この加賀美ちゃんを始末しろとか、そういう感じ?」
物騒なことを事も無げに尋ねた道無に、黒服は首肯した。
「お話が早くて助かります。私共がご依頼したいのは、この男の抹殺です。報酬は前金で二〇〇〇。成功後に三〇〇〇でいかがでしょう?」
「うーん、どうしよっか――」
「受けろ道無いいいいいいいいいいいいいい!」
「受けてくださああああああああああああい!」
雅、萌花が、少年の両サイドから彼を思い切り揺さぶる。
「金がねぇんだよ! もう笑っちゃうぐらい金がねぇんだよ! 主にお前のせいで!」
「道無さんが無駄なことにお金使うもんだから、うちはもう火の車なんですよぅ! このお仕事受けなきゃ、ご飯が食べれなくなっちゃいますぅ!」
「あばばばばば。わかった、わかったよ二人とも! 受けるから揺すらないで! さっき食べたお菓子が全部出ちゃうから!」
さすがの道無も、二人の攻撃には応えたらしい。
少年の言葉に、黒服の男がニヤリと笑う。
「商談成立、ということでよろしいでしょうか?」
「うん、オッケーオッケー。それで、他に情報とかはないのかな? 潜伏場所とかさぁ」
「もちろんございます。情報の全てはこのカバンの中に入っておりますので、ご確認ください。それでは、私はこの辺で失礼を……」
言い終えると、黒服は立ち上がり、早い足取りでドアへと向かう。
さっさとこの場から立ち去りたいという心情が、行動に出ている。
それを道無は許さなかった。
「あぁ、ちょっと待った」
「……何か?」
「君さぁ、なんで僕が道無だってわかったのかな? こんな子供が裏社会の凄腕だなんて、誰も思うわけがないよねぇ? なのに、君はなんの疑いも抱かなかった。まるで、僕のことをよく知ってるみたいな感じだ。そこだけ、ちょっと気になってさ」
「私はただ、主の命令に従っただけです」
口振りは平静そのものだったが、その心に発生した緊張を、道無は見逃さなかった。
が、少年はそれについて追求することなく、あっさりと彼を解放する。
「ふぅん。じゃあいいや。呼び止めちゃってごめんね。あ、でも最後にもう一つ。――裏切るなら死ぬ覚悟を決めてから。君の主にそう伝えておいて」
忠告の言葉を発する時も、道無の表情、声音には変わりがなかった。しかし、総身から発せられる空気は激変している。これは、裏社会の怪物のみが纏える空気だ。
ここに至り、黒服の男はようやく理解したらしい。
自分が会話しているのは、紛れもなく悪名高い外山道無なのだということを。
「……了解いたしました」
冷や汗を流しながら頷くと、黒服は事務所から去っていった。
足音が遠のいていく。そして完全に聞こえなくなったと同時に、雅が口を開いた。
「なぁ道無。さっきなんであんな質問したんだよ?」
「そうですよぅ、お客さん怖がっちゃったじゃないですかぁ」
「あひゃひゃひゃひゃ! 君達は揃いも揃って馬鹿だねぇ。バーカバーカ!」
道無は爆笑しながら、依頼人が置いていった資料を確認する。
「ふむふむ……うん、やっぱり。ほんっとバレバレ愉快にも程かあるよねぇ。もうちょっと工夫すればいいのに!」
「何がだよ?」
「あひゃひゃ。お馬鹿な雅ちゃんに問題です! 依頼をした人は何を思って、加賀美ちゃんをぶっ殺して欲しいと思ったのでしょうか?」
「動機ってことか? そうだな……美世号に乗ってた連中の遺族だとか友人だとかが、恨みを晴らすために頼んできたんじゃねぇの? なんせ死んだのは政治家だとか金持ちとかだろ? 金なんて有り余ってるだろうし、あたし達に依頼は可能だ」
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! ブッブー、はっずれー! 全然違うよ雅ちゃん、大外れにも程があるよバカ雅ちゃん! 君の脳みそは本当にチンパンジー以下――ぐほぉ!?」
黒髪の少女の拳が、道無のみぞおちを穿った。
「うぅ、酷いよ脳筋ゴリラちゃん……わかんないからって僕に八つ当たりだなんて……」
「誰が脳筋ゴリラだゴルァ! お前が失礼なこと言うからだろ! で、正解はなんだよ?」
「知りたい? 知りたいの? ふぅーん、知りたいんだぁー。でも教えてあーげない! 自分で考えなよ、バーバリアンちゃん!」
「もう一発行っとくか?」
「ぼ、暴力はだめですよぅ、雅さぁん」
道無の胸ぐらを掴む雅と、それを必死になだめる萌花。
白髪の少年はというと、ニヤニヤと笑いながら一枚の紙を指差した。