表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/52

第一章 2

 雅の投擲した湯呑が、道無の顔面へ飛来。そのまま彼の端正な顔に、吸い込まれるかの如く衝突した。

「う、うぅ……酷いや、雅ちゃん……僕は普通に励ましてあげただけなのに……」

 鼻を押さえ、涙目で言う道無。彼に向けて、雅の怒声が飛ぶ。

「どこが普通の励ましだ! 喧嘩売ってるようにしか聞こえないっつーの!」

「それはきっと、君が貧乳……ごめん間違えた。洗濯板であることを気にしてるからだよ。だからそんな風に解釈しちゃったのさ。でもね、気にすることなんてないよ雅ちゃん。君の胸がまさしく板そのものであることは、神様が決めたルール――」

「もう一発行くかゴラァ!」

「ちょっ、喧嘩はダメですよぅ、雅さぁん!」

「あひゃひゃひゃ! 言いたいことも言えないこんな世の中間違ってるよね! 本当、この世界はポイズンだらけだよ!」

 それから騒動が終結するまで、実に一〇分を要した。

 全員が落ち着いた後、道無は自らの席、事務所の窓際にある大きな執務机の椅子に座った。

 事務所内のスペースは大体一二疊分。内部にあるのは、室内の真ん中に備え付けられたテーブルと、それを挟むように設置された黒いソファー。部屋の隅っこに置かれた台に乗った三二インチの液晶テレビ。これだけだ。

 この探偵事務所に籍を置く者は、道無を含め三人。大人と思わしい人間は一人もいない。

 傍から見れば、子供のお遊戯ごとである。普通より金を持った少年少女が、安物件を買い取って秘密基地にしたかのような感じだ。そういう印象を抱かないほうがおかしい。

 しかしそう思った者は、見てくれに騙されている。

 ここが魔物達の巣であるなどとは、欠片も思わない。

 真実とはいつだって意外性を孕むもの。この三人の正体もまた、意外極まるものだ。

 全員の耳に届いた足音。それを響かせる主が、それを証明する。

 ドアが開いたのは、音の発生から二〇秒後だった。

 全員の視線が、訪問者に集中する。

 年齢は三〇前後。オールバック、一九〇近い長身、その身を包む黒服、いかつい顔にサングラス、右手には黒い鞄。ここまでいかにもな風体だと、怖さよりも滑稽さを感じてしまう。

 その姿を認めた瞬間、道無は彼を指差し、

「強盗キタ――――――――――――――――!」

 嬉しそうに叫んだ。

 これには訪問者も面食らったらしく、上半身をやや後方に引いて反論する。

「い、いや、私は強盗などでは……」

「えっ、違うの? その見た目で強盗じゃない? じゃあなんで君はそんな格好してるのさ?もう強盗するか恐喝するかのどちらかしかできないよね、その格好」

 首を傾げる白髪の少年に、雅と萌花のツッコミが入る。

「おい、失礼なこと言うなよ、馬鹿!」

「そうですよぅ! この方は多分、カモ……じゃなくて、お客さんですよぅ!」

 二人の発言に、黒服の男は同意する。

「その通りです。私は道無様に依頼があってやってまいりました」

「ふぅん。で、その依頼っていうのは、やっぱ“裏”のほう?」

「はい。“最高にして最悪の便利屋”にしか、こなせない依頼でございます」

 黒服の受け答えに、道無は口元に浮かべた笑いを一層深めた。

 最高にして最悪の便利屋。それが、外山道無の“裏社会”におけるあだ名だ。

 一般人は誰も信じない。この事務所に所属する者達が、全員怪物であるということなど。

 だが、それは真実だ。私立探偵のもう一つの顔は、裏社会の便利屋なのである。

「それじゃ、話を聞こうか。萌花ちゃんお茶出してー」

「はぁい」

「いえ、お構いなく」

「あっそう。じゃあ萌花ちゃん、出すはずだったお茶、その巨乳にぶちまけてー」

「はぁい……ってやりませんよぉ、そんなことぉ!」

 萌花のノリツッコミに笑いつつ、道無は黒服をソファーに座らせ、自分達も彼の対面に座る。

「さて、と。じゃ、依頼の詳細をどうぞー」

「はい。道無様は先日の美世号の件をご存知ですか?」

「いーや全然」

 即答する少年に、雅が呆れ顔を浮かべる。

「お前、ニュースぐらい見ろよ。すげぇ話題になってるぞ、豪華客船乗客皆殺し事件って」

「僕ニュースとか嫌いだしー。だって全然面白くないんだもん。あ、でもニュースになるようなことをするのは好きだよ? 例えば街一個吹っ飛ばすとかさ!」

「……話を元に戻してもよろしいでしょうか?」

 眉間に皺を寄せた黒服に、萌花が肯定の意を告げる。

「は、はい、どうぞぉ」

「今回の依頼は、美世号に関するものとなります。あの事件の犯人は報道されている通り、加賀美俊彦で間違いありません」

「そいつって能力者だったよな?」

「はい。詳細な情報をご用意しております。ご確認を」

 言って、黒服の男はカバンをテーブルへ置き、開いた。次いで、その中から一枚の紙を取り出し、三人に見せる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ