第四章 1
どれだけ入念に計画をチェックし、練り上げたとしても、想定外の事態というのはやってくる。
腹立たしいことだが、金嶋静香の人生において、そのようなことはしょっちゅうであった。
だからといって、そういった理不尽に慣れ親しむことはできない。
「はぁ……」
センタービル地下、モニタールーム。室内にあるのは机、大型モニター、椅子。中々広い空間だが、無駄がなさすぎて無機質な印象を受ける。
静香は椅子の背もたれに体重を預け、長い長いため息を吐き出した。
部下からの報告でノインの帰還を知ったときは、心底から安堵した。あの化物がいなければ、この計画は危機を迎えてしまう。
何事もなく帰ってきてくれて、本当に良かったと思う。
「けど、やったことについては許しがたいけどね。私をこんなにもヒヤヒヤさせるなんて、普通の部下だったら殺してるところよ……」
できることなら、あのイカれた少女の顔面を思い切り殴りたい。
「でも、そんなことをしたら私の拳が砕けるわね……。かといってニトロを与えないなんて罰を実行して、もし万一死んじゃったら終わりだし……。こんなにも不条理な目に遭ったのは久しぶりだわ」
ちなみに前回の不条理及びナンバーワン不条理を味わわせてくれたのは、外山道無である。
「ノインのせいで蓄積したストレスも、あいつにぶつけてやる……!」
肩を怒りで震わせる静香。
「おっといけないいけない。冷静さを忘れちゃ、成功するものも失敗してしまうわ。落ち着かないと……」
言い終えると、深呼吸を繰り返し冷静さを取り戻そうとする。
自分の感情が敗北の方向に向かっていると瞬時に気づける、危機察知能力の高さと、すぐさまニュートラルな状態に戻せる感情コントロールの上手さ。これもまた、彼女の長所だ。
三呼吸で彼女の胸中は普段通りとなる。それによって、部下に伝えられた別件を思い出した。
「そういえば死んじゃったみたいね、和哉。まぁ、だからといって別に何もないけど」
彼の死に関しては、極めて淡白だった。
あるとしたら、任務を果たせず死んだことに対する怒り程度。それもさほどのものではないので、特に思うことはない。
そもそも、彼は用済みの駒。もはや思考に値しない存在だった。
「あいつはきっと、私が自分をパートナーに選んだ、とかなんとか思ってたんでしょうね。実際はどっちも選んじゃいないってのに」
失笑が零れる。
静香が餌役に加賀美を選んだ理由は、一切ない。適当にくじ引きで決めたのだ。あの二人にはその程度の感情しか持っていなかった。
和哉は運によって餌を作る役になっただけ。パートナーに選んだから、などという明確な理由は存在しない。
「それなのにまるで天下を取ったように喜んじゃって……本当、馬鹿よねぇ」
彼が自分に向ける顔を思い出して、静香はクスクスと笑った。
「あぁ面白い。これはいいわ。感情のコントロールに最適ね。あいつも本望でしょうよ。私にずっと顔を覚えていてもらえるんだもの。私を笑わせる道化として、だけどね」
それから彼女は「ふぅー」、と息を吐くと、眼前に並んだモニター達を見据えた。
巨大なスクリーン状の画面に複数のウインドウが表示され、それぞれ別の映像が流れている。これは、このビル内に存在する監視カメラが映しているものだ。
計画終了まで、静香はここにいることになる。この場所で状況を確認しつつ、ノインや“もう一つの切り札”に指示を出す。やることはそれだけだ。
椅子に座り、机に乗ったパソコンのキーボードを叩く。そして、道無達の哀れな末路を見届ける。
「計画はもう最終段階。あとは奴がここに来るのを待つだけ」
報告によると、道無は少し前にようやく動き始めたらしい。彼は思惑通り中央ブロックへと向かってきている。
「道無以外の連中もこっちに来てるみたいだけど、まぁそれは十分想定の範疇。全員まとめて始末してやるわ。計画は派手なフィナーレを迎えそうね。それに見合ったパーティーの準備をしなくちゃ」
うきうきとした気分で、静香は来訪者達の到着を待つ。
舞台は佳境を迎えようとしていた。
◆◇◆
第三ブロック、某高級ホテル内。
無駄に広い部屋の中で、来栖萌花は一人テレビを眺めていた。
画面に流れているのは、ニュース番組。道無達が起こしたであろう事件が報道されており、レポーターが緊迫した様子で状況を伝えている。
「なんだかとんでもないことになってますねぇ……。いや、それはいつものことなんですけれど……」
あの白髪の少年が何かをする時、それは珍事となるか大事件となるかの二つのうち一つである。
今回起きた事件など、過去にしでかしたことにくらべれば、まだまだ生ぬるい部類だ。




