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第一章 1

 人間には一人一人に“ドラマ”がある。生まれてから死ぬまで、人間は人生という名のドラマを演じる役者だ。

 その内容に被りはない。全員がまったく違う人生を歩み、ドラマを形成する。

 そう考えると、人命とはなんと価値のあるものであろうか。

 そんな重い命が集まる場所の一つ、街。

 真昼の大通りは、それこそ人がゴミのような有様であった。

 その群衆の中には様々なタイプの人間がいる。

 お洒落な者、派手に髪を逆立てた者、根暗そうな者、没個性的な者。

 本当に多様であるが、その中でも一際異彩を放つ“存在”がいた。

 人の波の中を、てくてくと幼子のように歩くそいつは、まさに異色。

 年齢は一五歳前後であろうか。容姿だけで判断すれば、それぐらいだろうと思われる。

 身長は一六〇センチ。その身を包むのは黒一色。上はヨレヨレの黒Tシャツ、下はダブダブの黒いズボン。服装のみなら不審者とされ、通報されてもおかしくはない。

 そんな出で立ちなのに、顔だけ見れば相当な美形である。さりとて、その顔は普遍的美形ではなかった。

 まず頭髪。肩まで伸びたサラサラの髪は、一本残らず純白。それだけでも十分に奇妙だが、顔全体はさらに奇妙だ。

 どこをどのように見ても、性別が判断できないのである。

 パッチリとした黄金の瞳、白く透き通るような肌、常に薄ら笑いを浮かべている唇。

 と、このように説明したなら、美少女ではないかと思うだろう。確かに、それでも納得はできる。だがそれと同時に、美少年だと言われても納得ができてしまうのだ。

 中性的過ぎて性別がわからない。しかし、便宜上“少年”と呼ぶことにしよう。

 その白髪の少年は大通りを渡りきると、歩道を少し進み、止まった。

 視線の先にあるのは、一件の建物。

 一階部分は駐車場となっており、ボロく安そうな車が一台収納されている。

 そして二階。視線を向ければ、誰もが窓に注目するだろう。そこには、こう書かれていた。

外山道無探偵事務所とやまみちなしたんていじむしょ”、と。

 少年は階段を上り、二階へ。

 それから、入口のドアノブに手をかけると――一気に開け放った。

「強盗だああああ! 手を挙げろおおおおお!」

 室内に大声が響き渡る。しかし、彼の口から発せられた声はあまりにも可愛らしく、威圧感などまるでない。

 それでも、体を震わせ悲鳴を上げる者がいた。

「ひっ、ひいいいいい! ……って、道無さんじゃないですかぁ! 驚かせないでくださいよぉ!」

 少年、外山道無と同等レベルに愛らしい声で抗議したのは、二人の従業員の一人、来栖萌花くるすもえかであった。

 年齢は一六。しかし、外見はもっと幼く見える。桃色のツインテールと、メイド服姿、小柄な体躯に似合わぬ大きな胸が特徴的な、保護欲のそそる美少女だ。

 彼女はもう片方の従業員同様、ソファーに座って寛いでいたらしい。髪からお茶らしきものを滴らせているところを見ると、相当びっくりしたようだ。

「あひゃひゃひゃひゃ! 君はいつもいつも僕の期待を裏切らないねぇ。時に滑稽で、時に馬鹿で、時にウザい! さすが萌花ちゃんだよ。驚いたあまり自分の頭にお茶をぶっかけるなんて、世界中探しても君だけじゃないかな、水も滴るロリ美少女の萌花ちゃん! いろいろぶっかけたくなる巨乳の萌花ちゃん!」

「セ、セクハラですよぅ、それぇ……」

 言い返しつつ、彼女は琥珀色の大きな瞳に涙を浮かべる。

 追い討ちをかけようと口を開こうとする道無。それよりも先に、別の者の声が走った。

「いい加減、くだらない悪戯はやめろよな。あと萌花にセクハラすんな」

 そう言ってきたのは、もう一人の従業員、高嶺雅たかねみやび

 彼女の容姿を一言で表すなら、ボーイッシュという言葉がもっとも相応しい。

 漆黒のショートヘアーに切れ長の瞳というだけでも少年的だというのに、その一六〇センチの華奢な体に着用しているのは、迷彩カラーのTシャツに、ベージュ色の半ズボン。そんな服装も相まって、彼女の性別を一目で見抜けるものは少ない。

 そんな少女に睨まれても、道無は怯まない。それどころか、構ってもらえて嬉しがる、悪戯小僧のような態度を見せた。

「んー? 僕が萌花ちゃんにセクハラをして、君が損をするのかなぁ? あ、一応することはするね。主に精神面でさ! なんせ君の胸はちっちゃいもの。一五歳のくせして、男の子と同じぐらいペッタンコだからねぇ。だから僕が萌花ちゃんにセクハラすることで、君は自分のコンプレックスが刺激されちゃうってわけだ! でも仕方ないことだと思うよ? 胸の発育なんて人それぞれなんだからさぁ。それに君みたいなまな板でも好きだって言ってくれる人はいるんじゃないかな。それなりに需要はあるしね! だから君はもっとそのつるつるな板切れ胸を誇るべきだと――」

「そぉいッ!」

「べふぁっ!?」

 雅の投擲した湯呑が、道無の顔面へ飛来。そのまま彼の端正な顔に、吸い込まれるかの如く衝突した。

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